アグスタウェストランド AW101
アグスタウェストランド AW101
アグスタウェストランド AW101(AgustaWestland AW101)は、イギリスのウエストランド社とイタリアのアグスタ社が共同開発した汎用ヘリコプターである。両社は2000年に合併し、現在はアグスタウェストランド社が販売と製造を請け負っている。
イギリスにおける愛称は、コチョウゲンボウを意味するマーリン(Merlin)[1]。ポルトガルとデンマークでもこの愛称が採用されている。
年表
[編集]- イギリス国防省はウエストランドでライセンス生産されていたシーキングに代わる新型対潜ヘリコプターの研究が開始された。この候補としてウエストランドはWG.34を提案した。一方、イタリアでもアグスタでライセンス生産されていたシーキングの代替機を構想しており、イギリス国防省が国際協同開発の可能性を考慮して委員会を設けた。
- イギリス、イタリアの2か国で開発協定が締結された。
- イギリス海軍とイタリア海軍の次期対潜哨戒ヘリコプターとして提案すべく、ウエストランド、アグスタ両社の出資によってEHインダストリーズ(EH Industries、EHI。ユーロ・ヘリコプター・インダストリー(Euro Helicopter Industries)とも)が設立された。
- 9機の試作機製造が発注された。EHIでは、WG.34という土台があったため開発は進んでいたが、イギリスとイタリアが望む能力を保持しつつ多用途で運用できる可能性が認められ、旅客輸送や兵員輸送能力を満たす大型汎用ヘリコプターの開発に軌道修正された。
- パリ航空ショーではモックアップが公開された。
- ウエストランドで製造された試作機が初飛行した。同年の11月26日にはアグスタで製造された試作機も初飛行を行った。
- 民間向けの試作機が初飛行した。
- ウエストランドとアグスタが合併してアグスタウェストランドとなる。
- EHインダストリーズがアグスタウェストランドに吸収合併された。
設計
[編集]大量の機材と長大な航続距離を求めた結果、3発のエンジンと巨大な床下燃料タンクを搭載する大型機となったが、オプションのテールブーム及びメインローター折り畳み機構によって艦載機としての運用を可能としている。またシーキングの後継機として開発されたため、機体の寸法・重量はシーキングに合わせて設計され、胴体は大型化しながらもメインローターも含めた全長はシーキングと同じ22m級に納まっている。
巨大な機内空間は左舷にステップ付きドア、右舷にスライド式カーゴドアを備え、民間輸送型で30人、軍用輸送型で兵員24人分の座席を備える。後部にランプ・ドアを装備することも可能であり、ランプ・ドア搭載機は後部胴体の形状が異なるため対潜型とは容易に識別できる。5枚のメインローターはウエストランド社がリンクスで取り組んだBERPブレードを採用し、特徴的な外見を備えている。エンジンはイギリス向けの機体はロールス・ロイス/チュルボメカ RTM322を搭載するが、イタリア向けではゼネラル・エレクトリック T700-T6A1が搭載される。
対潜型は対潜魚雷の他、対艦ミサイルの搭載も可能である。輸送型は3,050kgまでの貨物を機内に搭載することができ、5,440kgまでの貨物を吊り下げ輸送することもできる。
派生型
[編集]- EH101
- 原型、民間販売用もこの名称。
- マーリン MK.1
- イギリス海軍向け対潜哨戒機。
- マーリン MK.2
- マーリン MK.1の電子機器を改良した型で2014年に就役した[4]。
- マーリン Mk.2 クロウズネスト
- マーリン Mk.2に強力な対空監視レーダーを搭載した早期警戒機。シーキング ASaC.7の後継となる早期警戒型は早期警戒システム「クロウズネスト」を搭載し、2020年のIOC(初度作戦能力)獲得を目指し試験されていたが[5]、2021年3月25日から正式に部隊での運用が始まった[6]。対空監視レーダーを収めたバッグと呼ばれる黒いレドームが特徴でレーダー稼働時は胴体下面へ移動し高度2400mから警戒監視と航空管制を行う[7]。通常、英空母クイーン・エリザベス級航空母艦には3機が搭載される。
- マーリン HC.3/HC.3A
- イギリス空軍向け輸送型。
- EH101 ASW
- イタリア海軍向け対潜哨戒機。現在の名称はSH-101A。
- EH101 AEW
- イタリア海軍向け早期警戒機。現在の名称はEH-101A。
- UH-101A
- イタリア海軍向けの汎用輸送機。
- HH-101A
- イタリア空軍向けの戦闘捜索救難(CSAR)機。
- CH-148 ペトレル
- カナダ軍が発注した当初の名称。後に中止。
- CH-149 コルモラント
- カナダ空軍向け捜索救難機。
- →詳細は「CH-149 コルモラント」を参照
- MCH-101
- 海上自衛隊の掃海・輸送用機。当初11機導入予定、後に10機に変更。2017年3月末現在10機納入済。
- CH-101
- 日本の南極観測船(砕氷艦)「二代目しらせ」の艦載機。3機導入。2017年3月末現在3機納入済。
- VH-71 ケストレル
各国での採用
[編集]イギリス
[編集]哨戒ヘリコプターとしてイギリス海軍で44機が発注された。当初は、マーリン HAS.1と命名されたが、すぐマーリン HM.1(Merlin HM Mk.1)に変更された。1997年5月17日にイギリス海軍へ納入され、2000年6月2日に運用が開始された。コーンウォールのRNAS カルドローズに4個飛行隊が編成された。23型フリゲートやインヴィンシブル級軽空母を始め、イギリス海軍の艦艇で作戦行動に従事した。
2004年にテール・ローターの破損で事故を起こし、運用が中止された。その後、テール・ローターハブに製造欠陥が確認され、翌年に運用が再開された。カリブ海では、麻薬取締やハリケーンの救済活動を行い、テリック作戦(イラク戦争)に揚陸ヘリ空母「オーシャン」ともに参加した。
輸送機としてイギリス空軍も1995年に22機を発注した[8]。マーリン HC.3と命名され、2001年1月に部隊編成が行われた。Mk.2との違いは、空中給油機構の装備、燃料タンクの拡張、複列車輪が採用されていることである。
HC.3の初任務は、平和安定化部隊の支援であった。その後、Mk.2同様にテリック作戦にも参加した。2007年にデンマークへ引き渡される予定であった6機を購入した[9]。マーリン HC.3Aとして追加導入し、空軍参謀総長のグレン・トーピー大将はアフガニスタンやイラクでの運用を加速できると発言した[10]。
2014年から空軍のマーリンは全機海軍のコマンドヘリコプター軍へと移管されている。同年からマーリンMk.1のうち30機が改修されマーリンMk.2とされた[4]。
日本
[編集]海上自衛隊では、AW101を掃海・輸送ヘリコプターMCH-101と呼称し、掃海機および輸送機として運用する。2023年3月末時点のMCH-101の保有機数は10機[11]、機体単価は約73億円。
ローターと尾部に自動折り畳み機能を持ち、艦載機としての運用性を持たせている[12]。また、自動飛行制御装置(AFCS)、能動制振装置(ACSR)といった電子機器を搭載しており、飛行性の向上と機体への負担を軽減している[13]。2012年にはノースロップ・グラマンが開発したポッド式LIDAR装置である空中レーザー機雷探知システム(AN/AES-1 ALMDS)を導入すると発表された。ALMDSはアメリカ海軍ではMH-60Sで運用される予定で、低率初期生産が開始されたばかりである[14][15]。
海上自衛隊では、MH-53E掃海ヘリコプターの減勢にともなう後継機として、護衛艦へ発着可能で掃海具の小型化に対応した新型ヘリコプターを必要とし、2003年(平成15年)予算で新掃海・輸送ヘリコプターとして初めて1機が取得された[16]。MCH-101の初号機は完成品輸入として2006年(平成18年)に納入された[12]。2号機は川崎重工業によりノックダウン生産、3号機以降はライセンス生産が行われる[12]。2003年の防衛力整備では、MH-53Eの事故による損耗分を含めた11機の取得が必要だと予算要求された[17]。MCH-101の最終的な調達数は10機で、2017年3月29日に最終号機が納入された[18]とされていたが、中期防衛力整備計画 (2019)期間中に1機を追加調達することとされ、2022年度(令和4年度)予算に計上された[19]。さらに2023年度(令和5年度)予算に2機の追加調達予算が計上された[20]。
MCH-101は平成16年度防衛白書において、ひゅうが型ヘリコプター護衛艦に輸送ヘリとして搭載、運用することが示唆されている[21]。
また、三代目南極観測船「初代しらせ」艦載機のS-61A-1の後継として、四代目南極観測船「二代目しらせ」用にCH-101が文部科学省予算で調達され、海上自衛隊によって運用されている。CH-101はその任務上極寒冷地対応とされており、所定の追加装備が施されているが、外観上の変化はわずかである。平成16年度と平成17年度に各1機、平成24年度補正予算で1機の計3機が調達された。
2007年5月にCH-101初号機がライセンス生産により川崎重工業から「しらせ飛行科」へ納入され、岩国基地の第111航空隊支援の下で試験と訓練を経て、2009年10月に「二代目しらせ」に搭載された[22]。しらせ配備機は、効率的な航空機整備を考慮して今後も第31整備補給隊、第111航空隊の支援を受ける。
2017年8月17日14時20分頃、岩国基地でCH-101 1機(8193号機)がホバリング中にバランスを崩し横転したまま墜落した。事故で機体の一部が損傷したほか、乗員8人のうち4人が負傷した。機体は、岩国基地の飛行艇用スロープ地区でドラム缶の機外吊り下げ訓練中だった[23]。同年9月22日海上自衛隊は事故原因は飛行中機体振動発生時の機長の処置判断不適切等の人的要因と推定し、器材上の要因ではなかったと発表[24]。
予算計上年度 | 調達数 |
---|---|
平成15年度(2003年) | 1機 |
平成16年度(2004年) | 1機 |
平成20年度(2008年) | 3機 |
平成23年度(2011年) | 2機 |
平成24年度(2012年) | 1+2機[25] |
令和4年度(2022年) | 1機 |
令和5年度(2023年) | 2機 |
合計 | 13機 |
警視庁では世界で最初の民間型EH101(機体番号:JA01MP)を1999年より導入、「おおぞら」の愛称で運用していたが航空の用に供さないとの理由で2018年6月に登録を抹消した[26]。
その他の運用国
[編集]イタリア空軍は2015年よりHH-101A CAESAR(シーザー)を運用。特殊作戦支援・捜索救難仕様に改装し、赤外線対策(LAIRCM)、直接接続ストレージ(DAS)、指向性赤外線対策(DIRCM)等の自己防御システムやM134ミニガン用マウント、空中給油プローブ、レーダー等を装備している。
各仕様と装備品
[編集]- 早期警戒 AEW
- 対潜哨戒 ASW/ASuW
- 捜索救難 SAR
- 自衛機材、防御火器
- 空中掃海 AMCM
- 掃海器具、AMCM
- 要人輸送 VIP
- 振動緩和システム、追加装備(厨房、トイレなど)
- 警察型
- サーチライト、画像伝送装置、暗視装置
性能・主要諸元
[編集]出典: AW101 - DETAIL - Leonardo - Aerospace, Defence and Security
- 主回転翼直径:18.6m
- 尾部回転翼直径:4.0m
- 胴体長:19.5m
- 胴体幅:4.6m(テールフィン除)
- 全長:22.83m(テールローター含、メインローター除)
- 全高:6.66m(テールローター含)
- 空虚重量:10.5t
- 有効積載量:5.443t
- 最大離陸重量:15.6t
- 発動機(民間用):GE CT7-6A(2,000軸馬力(shp)ターボシャフト3基
- 発動機(軍用):GE T700-T6A1(2,145軸馬力(shp)またはR&R/チュルボメカ RTM322(2,263軸馬力(shp)ターボシャフト3基
- 超過禁止速度:311km/h
- 巡航速度:278km/h=M0.23
- 乗員2名+乗客30
- ホバリングIGE : 3307m
- 航続距離 : 740km
登場作品
[編集]- 小説
- 『日本国召喚』
- 海上自衛隊のMCH-101が登場。クワ・トイネ公国から派遣された観戦武官を護衛艦「いずも」に輸送する。また、漫画版では海上に漂流する敵兵の救助にも使用される。
- 映画
- 『007 スカイフォール』
- 主人公ジェームズ・ボンドが搭乗するヘリコプターとして出演した。[27]
出典
[編集]- ^ “RAF - Merlin”. Royal Air Force. 2011年3月9日閲覧。
- ^ AGUSTAWESTLAND Archived 2008年12月23日, at the Wayback Machine.
- ^ “Rotorcraft Report: AgustaWestland” (英語). Rotor & Wing. Access Intelligence, LLC (Released on 1 August 2007). 2007年8月11日閲覧。 “The company re-branded its medium-lift EH101 transport the AW101 to reflect...the full integration of its Agusta and Westland...”[リンク切れ]
- ^ a b マーリンMK2イギリス海軍 公式サイト
- ^ 早期警戒機型AW-101、飛行試験を開始
- ^ “Navy’s new ‘eyes in the sky’ enter service ready for carrier mission” (英語). www.royalnavy.mod.uk. 2021年7月5日閲覧。
- ^ “イギリス空母クイーン・エリザベス アジアへの航海を前に「空の目」が到着”. おたくま経済新聞 (2021年4月29日). 2021年7月5日閲覧。
- ^ “Merlin HC Helicopter Mk3” (英語). Fact Sheets. Ministry of Defence (Updated on 16 July 07). 2008年12月16日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “More Merlins boost helicopter force” (英語). Defence News. Ministry of Defence (Released on 25 January 2008). 2008年12月16日閲覧。[リンク切れ]
- ^ Ministry of Defence (2007年6月29日). “Arrival of Danish Merlin helicopters increases UK fleet”. European Archive. 2011年3月9日閲覧。
- ^ “令和5年度防衛白書 P.107 資料11 主要航空機の保有数・性能諸元”. 防衛省. 2023年7月29日閲覧。
- ^ a b c “海上自衛隊向けMCH-101掃海・輸送ヘリコプターの初号機を納入”. KHI 川崎重工業株式会社 (2006年3月3日). 2010年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月11日閲覧。
- ^ “ヘリコプター”. 丸紅エアロスペース株式会社. 2012年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ^ “最新レーザー装置 海自掃海ヘリに導入 上空から機雷を探知”. 朝雲ニュース. (2012年4月5日). オリジナルの2012年7月18日時点におけるアーカイブ。
- ^ “Navy's laser-based Airborne Laser Mine Detection System enters final development before full-scale production” (英語). Military Aerospace Electronics. (2012年4月9日)
- ^ “平成15年度 防衛力整備と予算の概要 防衛庁” (PDF). 防衛省. 2020年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年5月13日閲覧。
- ^ “2 次期掃海・輸送ヘリコプター. 平成14年度 事前の事業評価” (PDF). 防衛省. 2010年8月4日閲覧。
- ^ “川崎重工、海自向けMCH/CH-101最終号機を納入 第51航空隊「8660」”. FlyTeam ニュース. (2017年3月29日)
- ^ 我が国の防衛と予算~防衛力強化加速パッケージ~ -令和4年度予算(令和3年度補正を含む)の概要-2022年3月24日、防衛省
- ^ 我が国の防衛と予算-防衛力抜本的強化「元年」予算- 令和5年度予算の概要2023年3月28日、防衛省
- ^ "平成16年度防衛白書". 2章3節.
- ^ 「南極観測隊砕氷艦搭載ヘリ2機 海自岩国で訓練終え出発」『』山口新聞、2009年10月7日。2010年2月11日閲覧。
- ^ 「航空最新ニュース CH-101輸送ヘリ、岩国基地で訓練中に横転接地」 『航空ファン』2017年11月号(通巻779号) 文林堂 P.132
- ^ “海自CH-101ヘリの接地横転事故、振動発生時の処置判断不適切などが要因”. Fly Team ニュース. (2017年9月25日)
- ^ +は補正予算分
- ^ “警視庁、日本で唯一のEH101「JA01MP」を抹消 6月8日付け”. FlyTeam ニュース. (2018年7月17日)
- ^ “AW101 stars in latest James Bond movie “Skyfall”” (英語). 2023年11月9日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- AW101 Leonardocompany.com
- 海上自衛隊 - MCH-101 - CH-101
- 丸紅エアロスペース - 回転翼機
- 川崎重工業 航空宇宙システムカンパニー - MCH-101型 ヘリコプター