黒田清子

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紀宮清子内親王
Sayako Princess Nori 001 detail.jpg
2005年8月3日
愛知万博長久手会場の三井・東芝館にて
続柄 今上天皇第一皇女
称号 紀宮(のりのみや)
身位 内親王降嫁
敬称 殿下 → 降嫁
お印 未草
出生 1969年4月18日(45歳)
日本の旗 東京都千代田区宮内庁病院
配偶者 黒田慶樹
父親 今上天皇
母親 皇后美智子
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黒田 清子(くろだ さやこ、1969年昭和44年)4月18日 - )は、日本の元皇族今上天皇の第一皇女。母は皇后美智子勲等勲一等学位学士(国文学)学習院大学1992年)。伊勢神宮臨時神宮祭主。皇族時代の身位内親王敬称殿下という。旧名は紀宮清子内親王(さやこないしんのう)。

略歴[編集]

内親王時代[編集]

1969年(昭和44年)4月18日、皇太子夫妻(当時)の第三子(第一女子)として誕生。体重2,250グラム、身長45.2センチで未熟児だったが、健康状態は良好だった。夫妻にとって唯一の内親王(女子)であり、また「いずれは嫁ぎ皇籍から離れる身」という想定で教育された。特に1977年(昭和52年)から1987年(昭和62年)にかけて、毎年母娘2人で小旅行(皇室ゆかりの社寺・陵墓への訪問を含む)を行なっていた。

1973年(昭和48年)、柿の木坂幼稚園に入園、年少の1年間のみ通う。翌年からは学習院幼稚園に入園し、初等科から大学まで学習院に通った。1989年(昭和64年)に成人を迎え、祝賀行事も予定されていたが、祖父:昭和天皇の崩御により、翌1990年平成2年)3月に延期された。

1992年(平成4年)、学習院大学文学部国文学科(現・日本語日本文学科)卒業。山階鳥類研究所非常勤研究助手になり、労働対価による給与を得た史上初の内親王となった。公務の傍ら研究活動を継続し、1998年(平成10年)から2005年(平成17年)まで山階鳥類研究所非常勤研究員。赤坂御用地皇居の鳥類の研究を手がけ、その成果を元に平凡社より出版された『日本動物大百科』のカワセミの項目の執筆を担当した。また、盲導犬関連の公務に積極的に携わっていた。

1994年(平成6年)頃には、結婚報道が過熱し、記者会見で「報道された男性に迷惑がかかるため自粛して欲しい」と自ら要請した。

2003年(平成15年)1月頃に、次兄の秋篠宮文仁親王の友人で幼少時から面識のあった東京都職員(現・東京都建設局第5建設事務所用地課長)の黒田慶樹と再会。2004年(平成16年)1月に求婚を受け承諾。同年2月に天皇・皇后に紹介した。12月30日に婚約を発表。当初11月に予定された婚約内定は新潟県中越地震に配慮して一度延期され、さらに大叔母に当たる宣仁親王妃喜久子の薨去に伴って再延期された。

2005年(平成17年)3月19日納采の儀。また、同年10月21日警視庁府中運転免許試験場にて運転免許試験を受け、普通免許(AT車限定)を取得。10月28日に内親王として最後の園遊会に出席した。

結婚、及びそれに伴う皇籍離脱[編集]

結婚後[編集]

清子内親王は長く内廷皇族として天皇皇后の傍らにあって良き相談相手であり、特に美智子皇后は内親王の存在を心の支えにしていたとの趣旨の言(内親王降嫁前の皇后記者会見)が伝わる。殊に平成期に入って以降は両親および兄たちの良き支えである。次兄・秋篠宮文仁親王も「頼りない自分たちを許してほしい」との趣旨の内親王への言葉を寄せている(書籍「秋篠宮さま」)。

2008年(平成20年)4月には、天皇・皇后の結婚記念日を黒田邸で祝った。また、2009年(平成21年)12月には、夫と共に天皇一家のこどもの国訪問に参加するなど、結婚以後も天皇・皇后および東宮家・秋篠宮家などと親密な交流がある。

2012年(平成24年)4月26日、伊勢神宮臨時祭主に就任した[1]。伯母である池田厚子祭主を補佐し、2013年(平成25年)10月に行われた第62回神宮式年遷宮などの神事を司る。

年譜[編集]

逸話など[編集]

  • 皇室典範制定後初の両親の元で育った内親王である(それまでの内親王は姉妹と共に親元を離れて養育されていた)。
  • 天皇の皇女(娘)としては皇室典範制定後初めて皇族華族出身者ではない男性と結婚した(なお内親王で初めて皇族・華族出身者以外の男性と結婚したのは父の従妹にあたる千容子)。
  • 結婚前は内親王として国際親善、外国訪問、社会福祉、慈善事業など各分野で積極的に公務に従事し、宮内庁の信頼も厚かった。また、父が即位して天皇となり、2人の兄が独立した後は両親の側近くにあって良き相談役であった。特に父帝が前立腺癌を、母が失声症を患った時には、両親の側にあって心身共に支えた。また、姪にあたる眞子内親王佳子内親王は「ねえね」と呼び、清子を慕っていたと言う。
  • 結婚前に「理想の男性像は長兄・皇太子徳仁親王」と発言したことがある。
  • 趣味のひとつは学習院女子中等科から始めた日本舞踊で、国立劇場での発表会などにたびたび出演している。1994年(平成6年)には花柳流名取試験に合格しているが、皇族の立場では芸名を名乗るのを控えていた。また、言語能力の高さもよく知られるところであり、和歌の才能も高く評価されている。一方でアニメ等のサブカルチャーにも関心があったとされ、結婚式で着用した白いドレスは「中学時代から憧れていた『ルパン三世 カリオストロの城』のヒロインの衣装を模した」と報道された。また、その際にご学友達が公開した直筆の絵は「カリオストロの城」のラストシーンを描いたものであった。
  • を愛し、学生時代には、盲導犬の育成にも関心を寄せた。動物好きであり、多数のに囲まれて微笑む写真など動物とのスナップが伝わっている。祖父母である昭和天皇香淳皇后や両親らと共に写った写真にも紀州犬など、当時の愛犬を連れて写っているものがある。
  • 全国青年大会の開会式には、第45回(1996年)から結婚前年の第53回(2004年)まで毎年出席し、各競技を見学することもあった。
    • 意見発表を見学した際、質疑応答の時間に自ら挙手し、発表者に質問を行った。質問は、審査員のほか見学者も可能となってはいるものの、まさか内親王から質問されるとは誰も予想しておらず、発表者本人や周囲が大いに驚いたという。
    • 開会式で、参加者全員でウェーブをする企画があった際、一緒にウェーブをした。
    • 結婚することが明らかになったのは、最後に出席した第53回大会開会式の翌日だった。
  • 南米ウルグアイ2001年(平成13年)に発行した記念切手「日本とウルグアイとの修好80年」に肖像が登場[2]している。これはウルグアイに公式訪問予定であったためであるが、訪問はアメリカ同時多発テロ事件の余波により中止になった。

外遊歴(平成以降)[編集]

系譜[編集]

清子内親王 父:
今上天皇
祖父:
昭和天皇
曾祖父:
大正天皇
曾祖母:
貞明皇后
祖母:
香淳皇后
曾祖父:
邦彦王久邇宮
曾祖母:
俔子
母:
皇后美智子
祖父:
正田英三郎
曾祖父:
正田貞一郎
曾祖母:
正田きぬ
祖母:
正田富美子
曾祖父:
副島網雄
曾祖母:
副島アヤ

著作[編集]

単著[編集]

編纂[編集]

  • 紀宮清子編『ジョン・グールド鳥類図譜総覧――Catalogue of the birds in John Gould's folio bird books』玉川大学出版部、2005年。ISBN 4472120003

寄稿[編集]

  • 紀宮清子ほか「赤坂御用地におけるカワセミの繁殖」『山階鳥類研究所研究報告』23巻1号、山階鳥類研究所1991年3月。ISSN 00440183
  • 西海功・柿澤亮三・紀宮清子ほか「皇居の鳥類相(1996年4月 - 2000年3月)」『国立科学博物館専報』35巻、国立科学博物館2000年12月25日
  • 紀宮清子・鹿野谷幸栄・安藤達彦ほか「皇居と赤坂御用地におけるカワセミAlcedo atthisの繁殖状況」『山階鳥類研究所研究報告』34巻1号、山階鳥類研究所、2002年10月。ISSN 00440183
  • 紀宮清子・鹿野谷幸栄・安藤達彦ほか「赤坂御用地鳥類調査(1986年9月 - 2001年12月)」『山階鳥類学雑誌』36巻1号、山階鳥類研究所、2004年9月。ISSN 13485032
  • 濱尾章二・紀宮清子・鹿野谷幸栄ほか「赤坂御用地の鳥類相(2002年4月 - 2004年3月)」『国立科学博物館専報』39巻、国立科学博物館、2005年3月25日
  • 西海功・柿澤亮三・紀宮清子ほか「皇居の鳥類相モニタリング調査(2000年 - 2005年)」『国立科学博物館専報』43巻、国立科学博物館、2006年3月27日

脚注[編集]

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外部リンク[編集]