ファビオラ・デ・モラ・イ・アラゴン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ファビオラ・デ・モラ・イ・アラゴン
ベルギー王室
Great coat of arms of Belgium.svg

アルベール2世
パオラ王妃


ファビオラ王妃

ファビオラ・デ・モラ・イ・アラゴンスペイン語:Fabiola Fernanda María de las Victorias Antonia Adelaida de Mora y Aragón, 1928年6月11日 - )は、ベルギー国王ボードゥアン1世の王妃。

スペインのモラ伯ゴンサロ・デ・モラとブランカ・デ・アラゴンの三女として、マドリードで生まれた。結婚前までは児童文学者として本を出版していた。

1960年12月15日、ラーケンでボードゥアン1世と結婚。ボードゥアン1世の母アストリッド王妃が結婚の際に身につけたというアールデコのティアラと、バレンシアガがデザインしたドレスを着たファビオラを、アメリカタイム誌は『シンデレラ・ガール』と称した。

1960年代に、ファビオラは数回の妊娠をしたが、全て流産に終わり、子供は授からなかった。

敬虔なカトリック教徒であり、途上国の女性・子供の福祉活動に情熱を注いでいる。1993年にボードゥアン1世と死別。葬儀では、カトリック国の女王にだけ許されている白装束(白の喪服、白い帽子、白い靴)を着用し、国民の悲しみを誘った。白は故人へ感謝を捧げ、復活を願う色とされており、女王のこの喪服が印象的であったことから、1996年にブリュッセルで起こった市民による警察への一大抗議デモ「白の行進」のシンボルカラーとして使われた。2006年には、教皇ベネディクト16世の一般謁見に出席している[1]

現在はボードゥアン1世基金の名誉総裁を務める。

2013年1月、ファビオラが遺産相続税の支払い回避のため、基金を創設したとの疑惑が発覚、ベルギー国内の各政党から批判されている[2]。2013年7月、アルベール2世が退位して、フィリップに王位を譲ったが、退位の理由の一つとして、この相続税逃れ疑惑の批判をかわすという側面も指摘されている[3]

脚注[編集]

[ヘルプ]