久宮静子内親王

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久宮静子内親王(ひさのみやしずこないしんのう、1886年明治19年)2月10日 - 1887年(明治20年)4月4日)は、日本皇族明治天皇第五皇女。母は園祥子

経歴[編集]

1886年(明治19年)2月10日、明治天皇と園祥子の間に第五皇女として生まれたが、

1887年(明治20年)1月から慢性脳膜炎を患い一時快方に向うものの3月の暮れ頃から病が再発。

しだいに衰弱し4月4日午後10時20分、生まれてから僅か1年1ケ月余りで薨去した。 [1]満1歳没。

式年祭[編集]

  • 1892年(明治25年)4月4日 - 静子内親王五周御式年祭・御墓祭[2]
  • 1897年(明治30年)4月4日 - 静子内親王十年御式年祭・御墓祭[3]
  • 1907年(明治40年)4月4日 - 静子内親王二十年御式御霊殿祭・御墓祭[4]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第1127号、「宮廷録事」1887年04月06日。
  2. ^ 『官報』第2622号、「宮廷録事」1892年03月30日。
  3. ^ 『官報』第4119号、「宮廷録事」1897年03月30日。
  4. ^ 『官報』第7122号、「宮廷録事」1907年03月30日。