葉室光子

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葉室 光子
時代 江戸時代末期(幕末) - 明治時代
生誕 嘉永5年12月25日1853年2月3日
死没 明治6年(1873年9月22日
別名 緋桃典侍
墓所 護国寺東京都文京区大塚
官位 正五位
氏族 葉室家
父母 父:葉室長順、母:広橋康子
稚瑞照彦尊
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葉室 光子(はむろ みつこ、1853年2月3日嘉永5年12月25日〉- 1873年明治6年〉9月22日)は、江戸時代末期から明治時代の公家女性。明治天皇側室典侍

父は葉室長順、母は広橋康子の次女。明治5年(1872年)に典侍となる。宮中では緋桃と言われ、明治6年(1873年9月18日に第一皇子稚瑞照彦尊を出産する(お産の立ち合いには、明治天皇の命で楠本イネ〈日本人女性で初めて産科医フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの娘〉が担当した。)が死産であり、光子もその4日後の9月22日に産後の経過不良により急逝した。享年21(満20歳)。豊島岡墓地に隣接する護国寺墓地に葬られた。

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