橋本夏子

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橋本 夏子
時代 江戸時代末期(幕末) - 明治時代
生誕 安政3年(1856年)2月
死没 明治6年(1873年11月14日
別名 小桜典侍、糸桜典侍
墓所 護国寺東京都文京区大塚
官位 正五位
氏族 東坊城家橋本家
父母 父:東坊城夏長、母:橋本麗子
養父:橋本実麗、養母:萩原静子
兄弟 夏子房子
稚高依姫尊
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橋本 夏子(はしもと なつこ)は、江戸時代末期から明治時代の公家女性。明治天皇側室典侍

父は東坊城夏長、母は橋本麗子で、母方の祖父橋本実麗の養女となる。義兄(実麗の養嗣子)に橋本実梁、叔母(母の実妹)に橋本松子、義甥(実梁の子)に橋本実穎。また、仁孝天皇の典侍で和宮親子内親王の生母の観行院(橋本経子)は実麗の妹で、夏子の義叔母・実の大叔母にあたる。

明治5年(1872年)に典侍となる。宮中では小桜と言われ、明治6年(1873年)11月13日に第一皇女稚高依姫尊を出産するが死産であり、夏子もその翌日に産後の経過不良により急逝した。享年18(満17歳)。豊島岡墓地に隣接する護国寺墓地に葬られた。

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