承子女王

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承子女王
Princess Tsuguko cropped 3 The New Year Greeting 2011 at the Tokyo Imperial Palace.jpg
続柄 高円宮憲仁親王第一女子(大正天皇曾孫)
身位 女王
敬称 殿下
Her Imperial Highness
お印
出生 1986年3月8日(28歳)
日本の旗 日本東京都港区愛育病院
父親 高円宮憲仁親王
母親 憲仁親王妃久子
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承子女王(つぐこじょおう、1986年昭和61年)3月8日 - )は、日本皇族高円宮憲仁親王同妃久子の第一女子。妹に千家典子絢子女王がいる。身位女王皇室典範における敬称殿下お印(はぎ)。栄典宝冠牡丹章(旧制度での勲二等宝冠章に相当)。学位学士 (国際教養学)

来歴

祖母の崇仁親王妃百合子が総裁を務める社会福祉法人恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター愛育病院にて誕生した。

松濤幼稚園に通い、学習院初等科女子中等科女子高等科を経て、学習院女子大学国際文化交流学部に入学する。2004年(平成16年)4月13日から犯罪心理学などを学ぶためにイギリスエディンバラ大学へ留学した。エディンバラ大学留学前からホームステイしながら語学研修を行っていた。エディンバラ大学の勧めもあり、2005年(平成17年)3月に学習院女子大学を退学して、エディンバラ大学人文科学・社会学部に本科生として入学[1]

2006年(平成18年)3月8日に成年を迎え、今上天皇から宝冠牡丹章を賜った。以後、成年皇族として宮中行事や祭祀に出席している。

2008年(平成20年)7月1日にエディンバラ大学を中退して、イギリスから日本に帰国した[2][3][4]。なお留学中止は、イギリス滞在を綴ったmixiでの日記の内容などが週刊文春の2007年2月8日号で報じられ、宮内庁も取材内容について事実を認めたことなどが理由と取りざたされた。

2008年(平成20年)9月21日早稲田大学国際教養学部に編入学ではなく、1年生として入学した[5]


成年皇族としての公務及び公的活動としては、2011年(平成23年)5月、母 久子とともに東日本大震災で被災した宮城県亘理郡亘理町を訪問し、海上保安庁第二管区海上保安本部を訪れ視察した後、母久子が名誉総裁を務める公益社団法人日本水難救済会の地方組織 宮城県水難救済会を訪れ、死没者への献花を行う他、同会所属救難所員への見舞いの言葉をかけるなどの活動を行っている[6]。また、8月には西武デパート池袋本店で行われた第26回東京都障害者総合美術展に母とともに臨席し、表彰受彰者とともに写真撮影に臨むなどの活動を行っている[7]

2013年3月に早稲田大国際教養学部を26歳で無事卒業した。宮内庁の3月4日の発表では「進路についていろいろお考えになっておられる」とされていたが[8]、3月15日の発表で、公益財団法人日本ユニセフ協会の常勤の嘱託職員に決まったことが明らかにされ、4月から勤務[9]

系譜

承子女王 父:
憲仁親王(高円宮)
祖父:
崇仁親王(三笠宮)
曾祖父:
大正天皇
曾祖母:
貞明皇后
祖母:
百合子
曾祖父:
高木正得
曾祖母:
高木邦子
母:
久子
祖父:
鳥取滋治郎
曾祖父:
鳥取為三郎[10]
曾祖母:
鳥取久壽[10](或は久嘉[11]
祖母:
鳥取二三子
曾祖父:
友田二郎
曾祖母:
友田盛子

脚注

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関連項目

参照文献・外部リンク