日光例幣使街道
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| 日光例幣使街道・旧道地図 | |
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| 全体図 江戸時代末期の旧道筋の地図。明治初期に作成された陸軍迅速側図が存在する範囲は、迅速図に基づいて作成。当該図が存在しない佐野周辺および合戦場宿以北は「五街道ウォーク事務局」の『例幣使壬生道完全踏査街道マップ』などを参考にして作成。 | |
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日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)は、徳川家康の没後、東照宮に幣帛を奉献するための勅使(日光例幣使)が通った道である。中山道の倉賀野宿を起点として、楡木(にれぎ)宿にて壬生通り(日光西街道)と合流して日光坊中へと至る。
なお、楡木より今市(栃木県日光市)までは壬生通り(日光西街道)と共通である。地元(栃木県鹿沼市~日光市)では現在もこの区間(国道293号~国道121号)を「例幣使街道」と呼んでいる。この区間にも日光杉並木が現存する。
[編集] 宿場
- 倉賀野宿(群馬県高崎市)
- 玉村宿(群馬県佐波郡玉村町)
- 五料(ごりょう)宿・五料関(群馬県佐波郡玉村町)
- 柴宿(群馬県伊勢崎市)
- 境宿(群馬県伊勢崎市)
- 木崎宿(群馬県太田市)
- 太田宿(群馬県太田市)
- 八木宿(栃木県足利市)
- 梁田宿(栃木県足利市)
- 天明宿(栃木県佐野市)
- 犬伏宿(栃木県佐野市)
- 富田宿(栃木県栃木市)
- 栃木宿(栃木県栃木市)
- 合戦場(かっせんば)宿(栃木県栃木市)
- 金崎宿(栃木県栃木市)
- 楡木宿(栃木県鹿沼市)
- 奈佐原宿(栃木県鹿沼市)
- 鹿沼宿(栃木県鹿沼市)
- 文挟(ふばさみ)宿(栃木県日光市)
- 板橋宿(栃木県日光市)
- 今市宿(栃木県日光市)