日光御成街道

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日光御成街道(にっこうおなりかいどう・日光御成道(にっこうおなりみち)とも呼ばれる)は、中世以来の鎌倉街道中道(なかつみち)を前身として江戸時代に整備された日光街道脇街道であり、将軍日光東照宮へ社参する際に利用された街道である。本郷追分(文京区向ヶ丘)で中山道から分岐し、幸手宿で日光街道と合流する。また、岩槻藩の参勤交代に使われたことから「岩槻街道(いわつきかいどう)」とも呼ばれる。将軍が日光へ参詣の際には江戸城大手門から出発したという。

行程[編集]

日光御成街道の全行程を示す。通し番号付きが宿場であり、「何番の宿場(宿場町)」であるかを示す。江戸側が上り、日光(幸手)側が下りである。

宿場 江戸期の行政区分 現在の自治体 特記事項
令制国 都道府県 市区町村
起点:本郷追分 武蔵国 豊島郡 東京都 文京区 中山道から分岐
1. 岩淵宿 北区  
2. 川口宿 足立郡 埼玉県 川口市
3. 鳩ヶ谷宿
4. 大門宿 さいたま市 緑区
5. 岩槻宿 埼玉郡 岩槻区 岩槻城
6. 幸手宿 葛飾郡 幸手市 日光街道と合流

街道筋[編集]

Nuvola apps kview.svg 地図外部リンク
日光御成街道(岩槻道)・旧道地図
Searchtool.svg 全体図 江戸時代末期の旧道筋の地図。明治初期に作成された陸軍迅速側図に基づいて作成。
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旧街道筋に当たる現代の路線は以下の通りである。なお、道路拡幅・橋梁の設置等により経路変更があるため、旧街道筋と完全には一致しない。

なお、加倉北(埼玉県さいたま市岩槻区)以南の都・県道区間はバイパスとして国道122号が整備されている。現代では「岩槻街道」と言った場合、国道122号の新荒川大橋から岩槻区までの区間を指すことが多い。

史跡等[編集]

松並木の名残(北葛飾郡杉戸町)
  • 西ヶ原一里塚(東京都北区・国の史跡
  • 下野田一里塚(埼玉県白岡市埼玉県指定史跡
  • 下高野一里塚(埼玉県北葛飾郡杉戸町・同)
  • 岩槻城
  • 杉並木・・・埼玉県さいたま市岩槻区から埼玉県白岡市に江戸時代の名残が見られるが、立ち枯れしている樹木も多い。
  • 松並木・・・埼玉県杉戸町に江戸時代の名残が見られるが、現存本数はごくわずかである。
西ヶ原一里塚
下野田一里塚
杉並木の名残(岩槻区)
下高野一里塚


関連項目[編集]