国道122号

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一般国道

国道122号標識

国道122号
陸上距離 157.7 km
海上距離 指定なし
制定年 1963年
起点 栃木県日光市
主な
経由都市
群馬県みどり市桐生市館林市埼玉県加須市蓮田市さいたま市川口市
終点 東京都豊島区
接続する
主な道路
記法
国道119号
日光宇都宮道路
国道120号
国道353号
国道50号北関東自動車道
国道354号
国道125号
国道16号
国道463号
国道298号東京外環自動車道
国道17号
Template(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路
起点の「神橋交差点」(栃木県日光市、2005年4月)。写真中央下が0kmポスト、国立公園サイン下に日光町道路元標がある。
埼玉県羽生市須影付近・国道125号重複区間(2007年11月)
王子駅前(左後が国道122号、2005年10月
埼玉県さいたま市岩槻区 蓮田方面車線(写真右側は東北自動車道の防音壁)

国道122号(こくどう122ごう)は、栃木県日光市から群馬県埼玉県を経由して東京都豊島区に至る一般国道である。

目次

[編集] ルート

東京都内では、東京都北区の王子駅前交差点を境にして西側が明治通り、北側が北本通り(きたほんどおり)と呼ばれ、東京都と埼玉県の境にある新荒川大橋からさいたま市岩槻区までは岩槻街道と呼ばれる街道である。

首都高速川口線東北自動車道および東京外環自動車道川口JCTからさいたま市岩槻区まで、東北自動車道の側道として片側2車線のバイパス蓮田岩槻バイパス)が建設された。

埼玉県蓮田市内のバイパス建設は、JR宇都宮線との立体交差工事に時間を要し、旧道の踏切付近で渋滞が多発し地域環境悪化の要因となっていたが、2006年平成18年)6月11日に全通した。

埼玉県南埼玉郡白岡町から北埼玉郡騎西町にかけても、片側2車線のバイパス(騎西菖蒲バイパス)が建設され、2008年(平成20年)6月7日に開通した。北埼玉郡騎西町から羽生市までと群馬県太田市、栃木県の一部も4車線化されている。

また、埼玉県と群馬県を結ぶ昭和橋の工事が行われており、現橋桁の東側に新たな橋(片側1車線)を新設、西側は2007年7月現在、解体工事が行われている。解体後は同じ場所に下り線が建設され、完成4車線となる予定である。

群馬県みどり市から栃木県日光市までの区間では(あかがね)街道、または銅山街道といった愛称がある(群馬県の一部では羽生街道とも呼ばれている)。渡良瀬川わたらせ渓谷鐵道と平行しており、日足トンネルなどを貫いて付近の交通の要衝となっている。

[編集] 概要

[編集] 歴史

  • 1963年昭和38年)4月1日二級国道122号日光東京線(栃木県日光市 - 東京都豊島区)となる。 旧国道122号(群馬県前橋市 - 茨城県水戸市)は国道50号に昇格。
  • 1965年(昭和40年)4月1日:二級国道から一般国道122号へ変更。(栃木県日光市 - 東京都豊島区)
  • 2006年平成18年)6月11日午後3時(JST):蓮田岩槻バイパスが全通。
  • 2008年(平成20年)6月7日午後3時(JST):騎西菖蒲バイパスが開通。

[編集] 通過市町村

[編集] 重複区間

  • 国道120号(栃木県日光市神橋交差点 - 細尾大橋交差点)
  • 国道50号(群馬県桐生市広沢町四丁目交差点 - 太田市只上交差点)
  • 国道354号(群馬県館林市赤土町交差点 - 小桑原交差点)
  • 国道125号バイパス(埼玉県羽生市須影交差点 - 下川崎交差点)
  • 東京都道455号本郷赤羽線(東京都北区音無橋交差点 - 飛鳥山交差点)

[編集] 主な接続道路

[編集] バイパス

[編集] 主な峠

  • 細尾峠(標高1,192m):栃木県日光市
日足トンネルの開通により、1978年以降は峠越えせずに往来する事が可能になった。

[編集] 銅街道

江戸時代の後期に発見された足尾銅山で採掘された銅を、利根川水系まで運ぶために開通した街道である。群馬県みどり市大間々地区から栃木県日光市足尾地区にかけては渡良瀬川に沿う形で道が開かれ、所々に銅倉が設置された。現道が開通してからは、本来の街道は使われなくなり荒廃してしまった。

そのため、現道を銅街道とした。国道を銅街道にした後も、平成に入るまでは道路事情が悪く、特にわたらせ渓谷鐵道と立体交差する部分では、大型車同士のすれ違いが困難であった。現在は、新しく立体交差され拡張されている。降雨量が160mmを超すと通行止めになり、平行するわたらせ渓谷鐵道も運転見合わせになり、街道沿いの地区が孤立することもある。

[編集] 道の駅

[編集] 関連項目

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