国道122号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本の道路 > 一般国道 > 国道122号
一般国道

国道122号標識

国道122号
地図
Route122 ja.png
総距離 172.4 km(総延長)
151.5 km(実延長)
142.9 km(現道)
制定年 1963年指定
起点 栃木県日光市
主な
経由都市
群馬県桐生市館林市
埼玉県蓮田市川口市
終点 東京都豊島区
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0120.svg国道120号
Japanese National Route Sign 0050.svg国道50号
Japanese National Route Sign 0354.svg国道354号
Japanese National Route Sign 0125.svg国道125号
Japanese National Route Sign 0016.svg国道16号
Japanese National Route Sign 0298.svg国道298号
Japanese National Route Sign 0017.svg国道17号
Template(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路
栃木県日光市、起点の神橋交差点。写真中央下が0kmポスト、国立公園サイン下に日光町道路元標がある(2005年4月)
埼玉県羽生市須影付近、国道125号重複区間(2007年11月)
さいたま市岩槻区中心部、旧道下り方面(2011年1月)
さいたま市岩槻区、下り方面(右手は東北自動車道、2009年2月)
埼玉県川口市、上り方面(右手は東北自動車道)
埼玉県川口市、上り方面
東京都北区王子駅前(左後が国道122号、2005年10月)

国道122号(こくどう122ごう)は、栃木県日光市から群馬県桐生市埼玉県中央地域を経由して東京都豊島区に至る一般国道である。

概要[編集]

起点の神橋交差点から南下すると日足トンネルをくぐり、谷沿いの区間がしばらく続く。この区間は渡良瀬川わたらせ渓谷鐵道と並行しているほか、途中には草木ダムが存在している。 みどり市大間々地区の市街地付近で関東平野に入り、桐生市広沢町4丁目から太田市只上まで国道50号との重複区間を経て、邑楽郡邑楽町館林市との市町境から埼玉県羽生市付近までは東武伊勢崎線と並行して南下する。群馬県と埼玉県を結ぶ昭和橋の工事が行われており、旧橋の東側に片側一車線の新たな橋を新設(現在供用中で、将来上り線用となる)、旧橋側は2011年2月現在、下り線用橋梁工事が行われている。これが完成すれば4車線となる予定であり、群馬県側では国道354号から館林市周辺を迂回し此処へ接続する完成4車線の明和館林バイパスの計画もあり、太田バイパス(東今泉道路)から東毛広域幹線道路との重複にて八重笠道路とを結び、事実上のバイパス道路として整備する予定。ただし、前述の明和館林バイパス開通後に、当重複区間の国道表記や標識が「354」から番号の若い「122」へ変更されるかは不明。

埼玉県加須市から白岡市にかけて、片側2車線のバイパス(騎西菖蒲バイパス)が建設され、2008年平成20年)6月7日に開通した。一方、蓮田市内のバイパス(蓮田岩槻バイパス)建設は、JR宇都宮線との立体交差工事に時間を要し、旧道の踏切付近を始め、歩道がなく、狭い片側1車線で渋滞や、歩行者および自転車等との接触事故が多発し、地域環境悪化の要因となっていたが、2006年(平成18年)6月11日に全通した。前述の騎西菖蒲バイパスおよび蓮田岩槻バイパスの旧道の国道指定は、一部変更若しくは解除がされ、それぞれ市道や県道に格下げされている。そのほか栃木県の一部、群馬県太田市、羽生市から加須市までも4車線化されている。

蓮田市とさいたま市岩槻区の境から川口JCT首都高速川口線東北自動車道および東京外環自動車道)まで、東北自動車道の側道として片側2車線のバイパス(蓮田岩槻バイパス・岩槻鳩ヶ谷バイパス)が建設された。ただし、蓮田岩槻バイパスの一部の区間は現在でも片側2車線化されておらず、旧道の岩槻区内の区間は現在でも国道指定が解除されていない。そのため、岩槻区内の旧道において住宅街や市街地を一部歩道のない狭い片側1車線で通っており、途中東武アーバンパークラインの踏切がある等、歩行者や自転車との接触事故に注意を要する、所謂都市型酷道である。さいたま市岩槻区から埼玉県と東京都の境で荒川をまたぐ新荒川大橋までは、岩槻街道と呼ばれる。


新荒川大橋からは北本通り(きたほんどおり)と呼ばれ、北区王子駅前交差点で北東側から明治通りが合流し、終点の西巣鴨交差点まで明治通りとなる。途中飛鳥山交差点から終点までの一部は首都高速道路中央環状線との2層構造となっている。終点の西巣鴨交差点では国道17号(中山道・白山通り)と交差し、明治通り(東京都道305号芝新宿王子線)は直進していく。

道路交通情報では、終点である東京方面を上りと表現している[1]

路線データ[編集]

一般国道の路線を指定する政令[2][注釈 1]に基づく起終点および経過地は次のとおり。

歴史[編集]

現行の道路法(昭和27年法律第180号)に基づく二級国道として初回指定された1953年昭和28年)では、前橋水戸線として指定されていた[5]1963年(昭和38年)に一級国道50号への昇格[6]に伴って欠番となり、同日新たに指定された日光東京線に採番された。

銅街道[編集]

江戸時代の後期に発見された足尾銅山で採掘された銅を、利根川水系まで運ぶために開通した街道である。群馬県みどり市大間々地区から栃木県日光市足尾地区にかけては渡良瀬川に沿う形で道が開かれ、所々に銅倉が設置された。現道が開通してからは、本来の街道は使われなくなり荒廃してしまった。そのため、現道を銅街道とした。

国道を銅街道にした後も、平成に入るまでは道路事情が悪く、特にわたらせ渓谷鐵道と立体交差する部分では、大型車同士のすれ違いが困難であった。現在は、新しく立体交差化され拡張されている。降雨量が160mmを超すと通行止めになり、平行するわたらせ渓谷鐵道も運転見合わせになり、街道沿いの地区が孤立することもある。

年表[編集]

  • 1963年昭和38年)4月1日
    二級国道122号日光東京線(日光市 - 東京都豊島区)として指定施行[7]
  • 1965年(昭和40年)4月1日
    道路法改正により一級・二級区分が廃止されて一般国道122号として指定施行[8]

路線状況[編集]

バイパス[編集]

通称[編集]

群馬県みどり市から栃木県日光市までの区間では(あかがね)街道、または銅山街道といった愛称がある。埼玉県さいたま市から川口市の区間では岩槻街道という名称がある。群馬県の一部では羽生街道とも呼ばれる。また、正式な愛称ではないが、主に埼玉県周辺のドライバーから全線を通して俗に「ワンツーツー」(122の意)と呼ばれることもある。

重複区間[編集]

  • 国道120号(栃木県日光市神橋交差点 - 細尾大橋交差点)
  • 国道50号(群馬県桐生市広沢町四丁目交差点 - 太田市只上交差点)
  • 国道354号(群馬県館林市赤土町交差点 - 小桑原交差点)
  • 国道354号東毛広域幹線道路・大泉邑楽バイパス(群馬県館林市苗木町付近 - 邑楽郡大泉町上小泉交差点)※あくまでも建設計画路線にて
  • 国道125号バイパス(埼玉県羽生市須影交差点 - 下川崎交差点)
  • 東京都道455号本郷赤羽線(東京都北区音無橋交差点 - 飛鳥山交差点)

道路施設[編集]

道の駅[編集]

地理[編集]

通過する自治体[編集]

交差する道路[編集]

栃木県
群馬県
埼玉県
東京都

主な峠[編集]

  • 細尾峠(標高1,192m):栃木県日光市
日足トンネルの開通により、1978年以降は峠越えをせずに往来する事が可能になった。

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 一般国道の路線を指定する政令の最終改正日である2004年3月19日の政令(平成16年3月19日政令第50号)に基づく表記。
  2. ^ 2006年3月20日に日光市ほか1市2町1村が合併して日光市発足。
  3. ^ 2006年3月27日に2町1村が合併してみどり市発足。
  4. ^ 2010年3月23日に久喜市ほか3町が合併して久喜市発足。
  5. ^ 2005年4月1日にさいたま市に編入合併し、さいたま市岩槻区となる。
  6. ^ 2001年5月1日に3市が合併してさいたま市発足。
  7. ^ 2011年10月11日に川口市に編入合併し、消滅。
  8. ^ 2012年4月1日現在

出典[編集]

  1. ^ 旅行時間一覧(埼玉県東部)”. 日本道路交通情報センター. 2013年1月20日閲覧。
  2. ^ 一般国道の路線を指定する政令(昭和40年3月29日政令第58号)”. 法令データ提供システム. 総務省行政管理局. 2012年9月21日閲覧。
  3. ^ 表26 一般国道の路線別、都道府県別道路現況 (PDF)”. 道路統計年報2013. 国土交通省道路局. p. 6. 2014年1月14日閲覧。
  4. ^ 一般国道の指定区間を指定する政令(昭和33年6月2日政令第164号)”. 法令データ提供システム. 総務省行政管理局. 2012年9月21日閲覧。
  5. ^ ウィキソースには、二級国道の路線を指定する政令(昭和28年5月18日政令第96号)の原文があります。
  6. ^ ウィキソースには、一級国道の路線を指定する政令の一部を改正する政令(昭和37年5月1日政令第184号)の原文があります。
  7. ^ ウィキソースには、二級国道の路線を指定する政令の一部を改正する政令(昭和37年5月1日政令第184号)の原文があります。
  8. ^ 一般国道の路線を指定する政令(昭和40年3月29日政令第58号)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]