慶應義塾中等部
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慶應義塾中等部(けいおうぎじゅくちゅうとうぶ Keio Chutobu Junior High School)は、 東京都港区三田に所在する私立中学校。
[編集] 概要
慶應義塾大学三田キャンパスの隣に所在する。商業学校であった慶應義塾商工学校が前身で中等部としての開校は1947年(昭和22年)。同じ一貫教育中学校の慶應義塾普通部は男子校であるが、本校は慶應義塾湘南藤沢中・高等部と同じ男女共学校である。
中学入試における募集定員は男子約140名、女子約50名であるが、慶應義塾幼稚舎(小学校)から推薦で来る生徒もおり、内部進学者により多少変動する。本校女子の半分程度、男子の一部は幼稚舎卒である。
共学校であり、都内にあることから人気が出る。家柄が良く裕福な子女が数多く通う、いわゆる「お坊ちゃん・お嬢様中学」として有名になる。
グレー(ダークグレー)の制服は式典用で内部では基準服と呼ばれる。普段は中学生らしい服装を基本とし、襟・袖付きのシャツ(ポロシャツ可)とスカート/スラックスを着用(ジーンズ不可)。
慶應義塾大学まで進めることもあって、偏差値は高い。女子の入学試験は募集人数が少ないこともあり特に厳しく、また入試日が主要校の2月1日ではなく2月3日であることから、偏差値がいわゆる女子御三家を上回る。しかし、男女共に東大志向の家庭に敬遠されるため、実際の入学者偏差値は下がる。
また、入試は一次の筆記試験と二次の体育実技と面接で成り立っており、筆記試験は比較的易しめだが、慶應義塾普通部とは異なり、二次面接を重視する傾向にある。それゆえ、合格最低点などは公表していない。
基本的には校則は存在せず、自由な校風の付属校(大学まで推薦で進める)である。
[編集] 主な卒業生
- 青木廣彰(ロッキー青木)米国BENIHANAオーナー、冒険家
- 近藤琢哉 (フィギュアスケート選手)幼稚舎卒
- 横沢七郎(旧制)-元プロ野球選手
- 松永英一(旧制)-元プロ野球選手
- 白木義一郎(旧制)-元プロ野球選手
- 亀山誠二(旧制)-元プロ野球選手
- 藤井次郎 - 元マルエツ社長、元ダイエー顧問、元器械体操部主将(オリンピック候補選手)
- 北城恪太郎 (日本アイ・ビー・エム株式会社代表取締役会長、経済同友会代表幹事)
- 三宅占二 (キリンビール社長)
- 松沢成文 (神奈川県知事、元衆議院議員)
- 河野太郎 (衆議院議員)
- 亀井善太郎(衆議院議員)
- 石渡德一 (鎌倉市長)
- 相川直樹 (慶應義塾大学病院院長)
- 冲永佳史 (帝京大学学長・理事長)
- 坂村健 (東京大学大学院情報学環教授)
- 秩父重英 (東北大学多元物質科学研究所教授、工学博士)
- 照沼拓也 (タレント)
- TAROかまやつ (シンガーソングライター、フジテレビ社員)
- 中村紘子 (ピアニスト)幼稚舎卒
- 千住真理子 (ヴァイオリニスト)幼稚舎卒
- 藤岡幸夫 (指揮者)
- 神谷百子 (マリンバ奏者)
- 市川猿之助 (3代目) (歌舞伎俳優)
- 市川右近 (歌舞伎俳優)
- 川久保玲 (コムデギャルソンデザイナー)
- 山本耀司 (ヨウジヤマモトデザイナー)
- 二谷友里恵 (女優)幼稚舎卒
- 菊池麻衣子 (女優)
- 陵あきの (元宝塚歌劇団宙組)
- 根本美緒 (フリーアナウンサー、気象予報士)幼稚舎卒
- 外山惠理 (TBSアナウンサー)幼稚舎卒
- 河野明子 (テレビ朝日アナウンサー)幼稚舎卒
- 末武里佳子 (テレビ東京アナウンサー)
- 泉麻人 (コラムニスト)
- 松岡修造 (テニスプレーヤー)幼稚舎卒
- 石原幸子 (俳優 石原良純の妻、皮膚科医)
- 森勉(ファッションデザイナー)
- 森泉 (モデル、タレント)幼稚舎卒
- 森雪 (モデル)幼稚舎卒(森泉の実妹)
- 森星 - ファッションモデル幼稚舎卒(森泉の実妹)
- 林郁夫(オウム真理教元幹部)
- 柴本幸 (女優)幼稚舎卒
- 平沼成基 (俳優)
- 勝間和代 (公認会計士、経済評論家)
- 竹田恒泰 (作家、憲法学者、慶應大学非常勤講師、明治天皇の玄孫)
[編集] 外部リンク
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