玄冶店 濱田家

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玄冶店 濱田家(げんやだな はまだや)は、東京都中央区日本橋人形町に本店を構える老舗料亭。オーナーは三田芳裕。先代は明治座の元会長三田政吉

概要[編集]

「濱田家」の名は、花街として知られた芳町(現在の人形町周辺)の芸者置屋「濱田家」に始まる[1]。「濱田家」の芸者貞奴は、時の総理大臣伊藤博文など名だたる元勲からも贔屓にされた名実ともに日本一の芸者であった[1]。のちに彼女は日本初の女優、川上貞奴として知られることになった[1]。置屋としての「濱田家」は、明治の末に店を閉めた[1]三田五三郎1912年(大正元年)に開業する際、貞奴から「濱田家」の名を譲り受けたことにより料亭「濱田家」が誕生した[1]

初代三田五三郎は福井出身。横浜の「富貴楼」、飯田橋「富士見楼」で修行。矢の倉「福井楼」では名人渋谷利紀太郎の後任として料理長につく。

1932年(昭和7年)から関西の料理人を入れており、現在の料理長南雲和市も関西の料理人である。日本料理研究会の師範を務めており、関西調理師で構成する古萌会に所属している。

なお、「玄冶店」とは徳川家御典医岡本玄冶に由来する地名[1]。玄冶は3代将軍家光痘瘡を病んだ折りに見事にこれを全快させ、一躍その名を高めたといわれている[1]。玄冶は幕府から拝領した土地に借家を建て、庶民に貸したことから一帯が「玄冶店」と呼ばれるようになった[1]。与三郎とお富で有名な「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の舞台として知られる。

歴史[編集]

  • 1912年(大正元年) 東京日本橋人形町の玄冶店跡地にて創業。
  • 2007年(平成19年) 系列店として東京ミッドタウン店開業。(所在地:東京都港区赤坂
  • 2007年(平成19年) ミシュランガイド東京版での初三つ星8店のひとつに選ばれ、料亭としては初の三つ星店となる。(現在は二つ星。)
  • 2013年 (平成24年) 東京ミッドタウン店が撤退。

交通[編集]

本店
東京ミッドタウン店(閉店)
すし処 はま田(閉店)

すし処 はま田[編集]

濱田家の系列店で、かつて東京都中央区日本橋蛎殻町ロイヤルパークホテル内で営業していた寿司店。2010年9月頃に閉店した。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 玄冶店「濱田家」、百年の歴史とともに、2013年7月28日閲覧。

外部リンク[編集]