焔摩天
焔摩天(えんまてん)または閻摩天・閻魔天は、インド神話のヤマ(Yama)が仏教に取り入れられ、天部となったものである。運命、死、冥界を司る。密教においては各方位を守護する八方天、十二天の一尊となり、南方焔摩天とも呼ばれる。
ここでは主に、密教の曼荼羅における焔摩天について述べる。
概要
[編集]曼荼羅における焔摩天は、『大日経』(秘密曼荼羅品)の記述が基になっている。その注釈書である『大日経疏』によると、半月形の風壇の中央に、焔摩天が2人の后、黒暗后と死后[注釈 1]と共に描かれ、その周りには七母天[注釈 2]と、七母天眷属の、婆栖鳥[注釈 3]、烏、鷲、狐(野干)が取り囲むとなっている。
胎蔵曼荼羅
[編集]胎蔵曼荼羅では、焔摩天は外金剛院・南方に配置され、片手に人の顔が付いた杖(人頭幢)を持ち、温和な表情で水牛の上に座る。傍らには黒暗后が配され、太山府君、荼枳尼衆、鬼衆、成就仙衆[注釈 4]、七母天などの眷属が従う。
焔摩天曼荼羅
[編集]別尊曼荼羅である焔摩天曼荼羅は、除病・息災・延寿・産生を祈願する大がかりな修法の、焔摩天供の本尊として用いられる。追善供養のために行われる場合は、特に冥道供と呼ばれる。
真言宗の儀軌書である『覚禅抄』によると、曼荼羅は二重の方形になっており、内院には白水牛に乗った焔摩天と、2人の后妃が描かれる。外院には、太山府君、荼枳尼、遮文荼[注釈 5]、成就仙、昆那夜迦(聖天)、五道大神[注釈 6]、司命[注釈 7]、司録[注釈 8]が描かれており、インドと中国の死に関わる神が、焔摩天の眷属とされている。
また天台宗には、『大日経』とは違う系統の「十九位曼荼羅」と呼ばれる曼荼羅もある。十九尊の内、焔摩天の后妃以外は女神を配さず、周囲には梵天、帝釈天、四天王の他は、総て道教の神を配したものである。
図像
[編集]中国風の官服を身につけ忿怒の形相の閻魔大王が、鎌倉時代以降に彫像・図像ともに数多く作られたのに比べ、焔摩天の作例はそう多くはなく、そのほとんどは、十二天図や曼荼羅の図像としてである。下図は曼荼羅ではないが、真言宗系の曼荼羅の焔摩天は、このようにインド風の服を着た姿(いわゆる菩薩形)で、温和な表情をしている場合が多い[注釈 9]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 死后-焔摩后といわれる場合もあるが、出自についてはよく解っていない。七母天の一人の夜摩女(ヤミー)を焔摩后(妃)と訳す場合もある。
- ^ 七母天-ヒンドゥー教の女神・ドゥルガーの分身の七母神に由来するが、仏教では焔摩天の眷属(または姉妹)とされる。経典によって七天の構成には異同がある。
- ^ 婆栖(ばす)鳥-鳶に似た隼の類とされる架空の鳥。
- ^ 成就仙(じょうじゅせん)-童子・童女形で、豹柄の皮袋を持つ。身は穢れ人畜に害をなす夜叉であるが、薬力成就を叶えるという。
- ^ 遮文荼(しゃもんだ)-七母天の筆頭で、猪の頭部をもつ女神。ヒンドゥー教の七母神では猪頭を持つのはヴァーラーヒーであり、遮文荼の由来のチャームンダーは痩せた醜怪の姿をとる。墓場や不浄な場所に住む。
- ^ 五道大神-天上・人間・畜生・餓鬼・地獄の五道を管轄する冥官の総称。
- ^ 司命-総ての人間の寿命を管理し、死後の裁きで生前の罪状を読み上げる冥官。
- ^ 司録-人間の寿命や、死後の裁きの記録をする冥官。
- ^ 天台宗の十九位曼荼羅の焔摩天は、中国風の鎧を着け、忿怒の表情をしている。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 小峰弥彦・高橋尚夫『図解・別尊曼荼羅』大法輪閣。
- 錦織亮介『天部の仏像事典』東京美術。