須磨寺

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須磨寺
Sumadera02s2040.jpg
本堂
所在地 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4-6-8
位置 北緯34度38分59秒 東経135度6分42.5秒 / 北緯34.64972度 東経135.111806度 / 34.64972; 135.111806座標: 北緯34度38分59秒 東経135度6分42.5秒 / 北緯34.64972度 東経135.111806度 / 34.64972; 135.111806
山号 上野山
宗派 真言宗須磨寺派
寺格 大本山
本尊 聖観音
創建年 仁和2年(886年
開基 聞鏡、光孝天皇(勅願)
正式名 上野山 福祥寺
札所等 真言宗十八本山第2番
新西国三十三箇所第24番
摂津国八十八箇所第88番
摂津国三十三箇所第7番
福原西国三十三箇所第7番
神戸十三仏霊場第11番
神戸七福神福禄寿尊
神戸六地蔵客番
神仏霊場巡拝の道第72番
文化財 木造十一面観音立像、絹本著色普賢十羅刹女像、本堂内宮殿及仏壇(重要文化財)
不動明王立像、石造十三重塔、当山歴代古記録2巻(兵庫県文化財)
地図
須磨寺の位置(神戸市内)
須磨寺
法人番号 1140005000798
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須磨寺(すまでら)は、兵庫県神戸市須磨区にある仏教寺院真言宗須磨寺派大本山。山号は上野山(じょうやさん)。本尊は聖観音である。宗教法人としての正式名称は福祥寺

概要[編集]

「須磨寺略歴縁起」によると平安時代の初め、漁師が和田岬の沖で聖観音像を引き上げた。その聖観音像を安置するために淳和天皇勅命によって恵偈山北峰寺が建立された。そして仁和2年(886年)に光孝天皇の勅命によって聞鏡上人が上野山福祥寺を建立し、北峰寺よりその本尊である聖観世音菩薩像を遷して福祥寺の本尊としたのが始まりとされている[1]。しかし、「当山歴代」(県指定文化財)によれば、本尊聖観世音は嘉応元年(1169年)に源頼政が安置したとする。

平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡が存在する[1]。源平を偲んで訪れる文人も多く、境内には正岡子規松尾芭蕉句碑がある[1]

伽藍[編集]

塔頭[編集]

文化財[編集]

重要文化財(国指定)

  • 木造十一面観音立像 - 南北朝時代
  • 絹本著色普賢十羅刹女像 - 南北朝時代
  • 本堂内宮殿(くうでん)及仏壇 - 南北朝時代(1368年

その他の文化財

  • 不動明王立像(県指定文化財) - 南北朝時代(1369年
  • 仁王像
  • 石造十三重塔(県指定文化財) - 南北朝時代
  • 鰐口(県指定文化財) - 南北朝時代(1366年
  • 当山歴代古記録2巻(県指定文化財) - 南北朝時代~江戸時代中期
  • 釣灯籠 - 南北朝時代・(1360年
  • 銅鐘(梵鐘) - 室町時代1460年
  • 平敦盛像 - 熊谷蓮生坊 作
  • 平敦盛出陣の像 - 狩野安信
  • 平敦盛像 - 狩野久蔵
  • 青葉の笛 - 伝・平敦盛 愛用

札所[編集]

真言宗十八本山
1 善通寺 -- 2 須磨寺 -- 3 清荒神清澄寺
新西国三十三箇所
23 能福寺 -- 24 須磨寺 -- 25 太山寺
摂津国八十八箇所
87 勝福寺 -- 88 須磨寺
摂津国三十三箇所
6 大龍寺 -- 7 須磨寺 -- 8 勝福寺
福原西国三十三箇所
6 浄徳寺 -- 7 須磨寺 -- 8 勝福寺
神戸十三仏霊場
10 多聞寺 -- 11 須磨寺 -- 12 無動寺
神戸七福神 福禄寿尊
神戸六地蔵
6 西光寺 -- 客番 須磨寺
神仏霊場巡拝の道
71 長田神社 -- 72 須磨寺 -- 73 海神社

周辺情報[編集]

所在地[編集]

  • 〒654-0071 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町

交通アクセス[編集]

備考[編集]

本寺は由緒と関わらず、B級スポットとして紹介されることが多い。 また、本寺前の民宿には夏の高校野球選手権大会において各地の代表チームの宿泊所として使用されている民宿が多いことでも知られる。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 須磨観光協会 - 歴史を知る

関連項目[編集]

外部リンク[編集]