即身成仏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教の修行者が、「行」を行うことを通じ、この肉身のままで究極の悟りを開き、になること。即身成仏という単語自体は不空訳『菩提心論』等複数の経論儀軌に見られる。真言宗宗祖空海[注釈 1]の造語であるとの説は誤りである。’’’修行者が肉身のまま悟りの境地に達する行’’’は、真言密教だけでなく、密教全般(天台密教インド密教チベット密教)で見られる。

概要[編集]

真言密教において「即身成仏」の「即身」を視覚的に表現する「四種曼荼」のうちの「羯磨曼荼羅(立体曼荼羅)」の一部である、大日如来と阿弥陀如来(手前)。空海が手掛けた当時のものが東寺に現存する。
東寺の「大曼荼羅」である、両界曼荼羅(真言院曼荼羅、西院曼荼羅)のうち金剛界曼荼羅
同じく東寺の大曼荼羅である、両界曼荼羅(真言院曼荼羅、西院曼荼羅)のうち胎蔵曼荼羅

大乗仏教などの顕教が「三劫成仏」、すなわち「三劫」と呼ばれるとても長い時間の修行の末に仏になれることを説くのに対して、密教においては「即身成仏」、すなわちこの現世においてこの身のままに悟りを得て仏になれることを説く[2][要追加記述]

即身成仏思想の元となるインドの中期密教は経典等の形で空海以前に日本にすでに持ち込まれていた。しかし初めて体系的に日本に持ち込んだのは、延暦23年(804年)に遣唐使として唐朝に派遣された空海である。『金剛頂経』などの経典からこれを学んだ空海は大同元年(807年)に帰国、その将来品の内容を『請来目録』に記して10月22日に朝廷に提出した[3]。その後『弁顕密二教論』の段階では速疾成仏との表現に留まっているが、徳一などとの議論を経て、真言密教における即身成仏は『即身成仏義』として理論化された[2]。『即身成仏義』における以下の詩文は、真言密教における即身成仏の考え方を端的にあらわしたものとされる[2]。前半4行が「即身」、後半4行が「成仏」の説明である[2]

六大無碍にして常に瑜伽なり。
四種曼荼各々離れず。
三密加持して速疾に顕わる。
重々帝網なるを即身と名づく。

法然に薩般若を具足し、
心数心王刹塵に過ぎたり。
各々五智無際智を具す、
円鏡力の故に実覚智なり。
[4]

「六大」とは五大に加え識大を加えたもので、世界のあらゆるものの構成要素を示す。

「四種曼荼」とはすなわち「大曼荼羅」「三昧耶曼荼羅」「法曼荼羅」「羯磨曼荼羅」という4種類の曼陀羅で表現される[5]。空海は唐朝から曼荼羅も持ち帰り、密教の思想とともに全国に広めた[3]。弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から東寺を給預された空海は、東寺においてこの四種曼荼を表現させたが、これらは1200年の時を超えて現存している[6]

「三密」とは身口意の三つを仏と同体とすることである。

即身成仏と即身仏の違い[編集]

即身仏(修行者が瞑想を続けて絶命し、そのままミイラになること)と混同されがちであるが、即身成仏とは全く別物である[7]。「即身仏」と「即身成仏」は同じく密教の思想に由来するもので、現世において仏になることは同じだが、即身仏は「(死んだ人間が)ミイラとして、物理的な身体が仏になる」という、肉体的・物理的な意味合いが強いのに対して、(真言密教における)即身成仏は「(生きた人間が)現世に存在しながら、異次元の大日如来と結合して仏となる」という意味であり、現象学でいうところの「実在」と「現象」の結合が主眼で、物理的な意味合いは薄い[7]

仏も我々も「実在」は同じで、我々は本来悟りを開きうる存在であるため(これを仏教の用語では「本覚」という)、「実在」(すなわち聖なる仏)と「現象」(すなわち俗なる我々)は合一されうる、というのが「即身成仏」の思想の背景にある[8]

修法[編集]

我々は本来誰でも仏となりうる可能性が有る(これを「本有」と言う)、というのが即身成仏の思想の背景にあるが、それでも仏になるための修行(これを「修生」という)をしないと仏になることはできず、可能性で終わってしまう[要出典]。インドや中国では密教が衰退してしまったのに対して、日本とチベットでは密教が現存し、即身成仏するための修行の方法(「修法」)が保存されている[要出典]。特に護摩は、古代インドの祭祀に由来するものが現代の日本にまで伝わったものであり、日本だけでなくチベット密教でも重視されている[9]

即身成仏するための修法には、他には「阿」という字を観じて瞑想する「阿字観」、「別尊曼荼羅」という特別なご本尊が描かれた曼荼羅を見て祈願する「別尊法」などがある[9]

加行と呼ばれる準備的な修行の最後に、曼荼羅の上に花を投げて自分のご本尊となる仏を選ぶ灌頂という儀式を行う[要出典]。空海が唐の青龍寺でこれを行った際、大日如来の上に花が落ちたという逸話がある。真言密教では大日如来を教主としている[10]

密教の教主[編集]

仏が描かれた曼荼羅を用いて修法を行ずることは、即身成仏するための修行の一つである。大日如来以外の仏を観想する場合の修法は「別尊法」という[11]

大乗仏教の仏だけでなくヒンドゥー教の神々なども「仏」として密教に取り込まれたため、様々な仏を本尊とする修法が存在する。日本の密教では、現在は灌頂が形骸化しており、宗派によってご本尊が決まっている[要出典]。例えば、高野山などの真言密教の寺院で灌頂を行なった際は、全員が大日如来の上に落ち、大日如来がご本尊と言うことになる[9]

中期密教が主体となる日本の密教と、後期密教が主体となるチベットの密教では、含まれる仏の種類が異なっており、日本には伝わらない仏がいる[要出典]。日本の密教とは違うチベット密教の特徴として特にあげられるのが「タントラ」をよりどころとするタントリズムで、性的な修法を通じた聖俗一致などが有名である[12]

真言密教[編集]

大日如来を教主とする。 両部曼荼羅(胎蔵曼荼羅・金剛界曼荼羅)を観想する。

天台密教[編集]

久遠実成の釈迦牟尼仏を教主とする。

チベット密教[編集]

チベットでは、中国(そして日本)には将来されなかった或いは重要視されなかった後期密教のテキストと行が極めて多種伝えられており、テキストの説く教主、曼荼羅の本尊にも多くの種類が有る。

「即身成仏」各種[編集]

空海の「十住心論」と「即身成仏」の境地[編集]

天台密教における悟り[編集]

チベット密教における「生起次第」と「究竟次第」[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 真言宗宗祖空海は即身成仏を果たしたとされる[1]

出典[編集]

  1. ^ 悠誘 高野山 高野山の歴史 - 一般社団法人 高野町観光協会。
  2. ^ a b c d 頼富本宏 『密教とマンダラ』  講談社〈講談社学術文庫〉 Kindle版、位置No.全3186中 1001 / 31%
  3. ^ a b 空海 『御請来目録』  国立国会図書館蔵。
  4. ^ 空海 『即身成仏義』
  5. ^ 『密教とマンダラ』 Kindle版、位置No.全3186中 1045 / 33%
  6. ^ 東寺 - 立体曼荼羅 / 3D Mandala 東寺
  7. ^ a b 『密教とマンダラ』 頼富本宏 講談社学術文庫 Kindle版、位置No.全3186中 942 / 30%
  8. ^ 『密教とマンダラ』 頼富本宏 講談社学術文庫 Kindle版、位置No.全3186中 1183 / 37%
  9. ^ a b c 『密教とマンダラ』 Kindle版、位置No.全3186中 1213 / 38%
  10. ^ 『密教とマンダラ』 Kindle版、位置No.全3186中 1281 / 40%
  11. ^ 『密教とマンダラ』 Kindle版、位置No.全3186中 1233 / 39%
  12. ^ 『密教とマンダラ』 Kindle版、位置No.全3186中 181 / 6%

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]