金剛頂経
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「金剛界曼荼羅」は『金剛頂経』を典拠として成立した。『金剛頂経』は日本やチベット、ネパールの仏教に影響を与え、これらの地域における曼荼羅の展開にも影響を与えた[1]。
『金剛頂経』(こんごうちょうぎょう、こんごうちょうきょう[2]梵: Vajraśekhara Sūtra/Tantra, ヴァジュラシェーカラ・スートラ/タントラ)は、大乗仏教の密教部経典。
後に『初会金剛頂経』(しょえこんごうちょうきょう)と分類される経典、すなわち『一切如来の真実を集めたものと名付ける大乗経典』(梵: Sarvatathāgata-tattvasaṃgrahaṃ-nāma-mahāyāna-sūtraṃ)、略して『真実摂経』(しんじつしょうきょう、梵: Tattvasaṃgraha Sūtra/Tantra, タットヴァサングラハ・スートラ/タントラ))を編纂したグループが、その後次々と作製・編纂していった「金剛頂経」系テキストの総称である。
通常は、不空の『金剛頂経瑜伽十八会指帰』(大正蔵869)の説明に従い、全十八会(部)・十万頌とする。
概要[編集]
日本では、普通に「金剛頂経」という時は『初会金剛頂経』(『真実摂経』)、特に、不空訳『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経(大教王経)』(大正蔵865)のことを指す。
『初会金剛頂経』(『真実摂経』)は金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)の典拠となる経典で、真言宗や天台宗では密教の「即身成仏」の原理を明確に説いているとしている。真言宗(東密)では特に根本経典(最も重要な経典)とされ、この『金剛頂経』と『大日経』の密教経典を「両部の大経」という。
真言宗で唱えられている『理趣経』(『百五十頌般若』 梵: Adhyardhaśatikā prajñāpāramitā)は、「金剛頂経」系テキストの内、第六会に含まれる『理趣広経』とよばれる文書の略本である。
空海(774年〜835年)は、唐の長安において青龍寺の恵果(746年〜805年)の弟子となり、密教の伝法灌頂を授かり、『初会金剛頂経』の教理と実践方法を伝授(大日如来―金剛薩埵―龍猛―龍智―金剛智―不空―恵果―空海と付法)される。806年に日本に初めて、『初会金剛頂経』に基づく実践体系を伝えている。
「金剛頂経」は龍猛が南天竺の鉄塔のなかで感得したという伝説がある。この経典は大日如来が18の異なる場所で別々の機会に説いた10万頌(じゅ)に及ぶ大部の経典の総称であり、単一の経典ではない。
漢訳経典[編集]
『初会金剛頂経』(『真実摂経』)の漢訳としては、
- 金剛智三蔵(ヴァジュラボーディー/670年頃〜741年)がサンスクリット語から漢訳した『金剛頂瑜伽中略出念誦経(略出念誦経)』4巻(大正蔵866)
- 不空三蔵(アーモガヴァジュラ/705年〜774年)が漢訳した『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経(大教王経)』3巻(大正蔵865)
- 施護(せご)が漢訳した『一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経(現証三昧大教王経)』30巻(大正蔵882)
がある。
サンスクリット原典、チベット語訳も現存し、それらは漢訳では施護訳と対応する。7世紀中頃から終わりにかけて、南インドでその基本形が成立し、次第に施護訳にみられるような完成形態に移行したとされる。
十八会の構成[編集]
不空の『金剛頂経瑜伽十八会指帰』(大正蔵869)に説明されている「金剛頂経」全十八会の構成は以下の通り。
- 初会 - 「一切如来真実摂大乗現証大教王」(『真実摂経』『大教王経』)
- 第二会 - 「一切如来秘密主瑜伽」
- 第三会 - 「一切経集瑜伽」
- 第四会 - 「降三世金剛瑜伽」
- 第五会 - 「世間出世間金剛瑜伽」
- 第六会 - 「大安楽不空三昧耶真実瑜伽」
- 第七会 - 「普賢瑜伽」
- 第八会 - 「勝初瑜伽」
- 第九会 - 「一切仏集会挐吉尼戒網瑜伽」
- 第十会 - 「大三昧耶瑜伽」
- 第十一会 - 「大乗現証瑜伽」
- 第十二会 - 「三昧耶最勝瑜伽」
- 第十三会 - 「大三昧耶真実瑜伽」
- 第十四会 - 「如来三昧耶真実瑜伽」
- 第十五会 - 「秘密集会瑜伽」
- 第十六会 - 「無二平等瑜伽」
- 第十七会 - 「如虚空瑜伽」
- 第十八会 - 「金剛宝冠瑜伽」
内容[編集]
大日如来が一切義成就菩薩(いっさいぎじょうじゅぼさつ)(釈尊(しゃくそん))の問いに対して、自らの悟りの内容を明かし、それを得るための実践法が主となっている。その悟りの内容を具体的に示したのが金剛界曼荼羅であり、その実践法の中心となるのが五相成身(ごそうじょうじん)観である。五相成身観とは、行者の汚れた心を、瑜伽の観法を通じて見きわめ、その清浄な姿がそのまま如来の智慧(ちえ)に他ならないことを知り、如来と行者が一体化して、行者に本来そなわる如来の智慧を発見するための実践法である。
注釈書[編集]
8世紀の瑜伽部密教の三大学匠といわれるブッダグヒヤ、アーナンダガルバ、シャーキヤミトラなどの注釈書がチベット訳として残る。
『金剛頂経(真実摂経)』のチベット語訳には注釈書が付随し、現存するものを挙げると、
- ブッダグヒヤ(Buddhaguhya)撰 『タントラ義入』
- シャーキャミトラ(Śākyamitra)撰 『コーサラの荘厳という真実の集成に対する注釈』
- アーナンダガルバ(Ānandagarbha)撰 『一切如来の真実の集成である大乗の現観と名づけるタントラの注・真実の燈明』
- プトゥン(Bu ston rin chen grub)撰 『瑜伽タントラの海に入る船』
の四つがある。
なおブッダグヒヤの『タントラ義入』にはパドマヴァジュラによる再注釈書『タントラ義入釈』がある。
参考文献[編集]
- 立川武蔵、山口しのぶ、森雅秀、正木晃 著、立川武蔵 編『マンダラ ─ 心と身体』財団法人千里文化財団、2006年7月5日。
- 立川武蔵「マンダラとは何か」3-21頁。
- 山口しのぶ「密教の仏たち」23-49頁。
- 森雅秀「マンダラの表現方法とその意味」51-72頁。
- 立川武蔵「空海の思想」73-88頁。
- 正木晃「『マンダラ塗り絵』の可能性 ――色とかたちに心を映す」89-113頁。
- 立川武蔵「現代的な意義」115-129頁。
- 津田真一[3] 『梵文和訳 金剛頂経』 春秋社、2016年。ISBN 439311342X