邦月美岐
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邦月 美岐(くにづき みき、生年不明 - 2025年[1][より良い情報源が必要])とは元宝塚歌劇団娘役。長崎県諌早市出身[2]。神戸海星女子学院高等学校出身。宝塚歌劇団時代の愛称はミキ[3]。本名、森美岐子[2]。
略歴
[編集]1970年2月、宝塚音楽学校卒業文化祭『ベニスの商人』でポーシャ(ヒロイン)役を演じる[4]。
1970年3月、宝塚音楽学校を卒業し56期生として、宝塚歌劇団入団[5]。雪組公演『四季の踊り絵巻/ハロー!タカラヅカ』[6]で初舞台を踏む。宝塚入団時の成績は70人中17位[6]。
主な舞台出演
[編集]宝塚歌劇団時代
[編集]- 1970年3月 初舞台『四季の踊り絵巻』/『ハロータカラヅカ』
- 1970年9月 『青春のプレリュード』
- 1971年2月 『星の牧場』歌う少女
- 1971年8月 東京公演『ノバ・ボサ・ノバ』マダム・ガートのクラブのトリオの歌手
- 1971年10月 『サンライズ・アゲイン』閃光の踊子(団体賞受賞)
- 1972年6月 『星の降る街』歌う修道女
- 1972年8月 東京公演『ザ・フラワー』新人公演・デュエットの歌手
- 1973年2月 『花吹雪』花枝の歌手/『愛のラプソディ』詩集の歌手
- 1973年7月 『カンテ・グランデ』新人公演:マリア[12](本役:摩耶明美)(新人賞受賞)
- 1974年12月 『紅椿雪に咲く』きぬ /『ファンキー・ジャンプ』ショーの女(音楽賞受賞)
- 1975年2月 『ザ・スター』ララバイの女[13]/『フィレンツェに燃える』新人公演:マチルド[14](本役:麗美花)
- 1975年8月 『ベルサイユのばら』オルタンス、ロザリー(ダブルキャスト)
- 1976年1月 『白鷺の詩』白鷺(団体賞受賞)/『ムッシュ・パピヨン』コンセプション
- 1976年6月 『星影の人』安紀[15]/『Non,Non,Non』ショータイム・スピリットシンガー[15]
- 1976年7月 『星影の人』新人公演:早苗(本役:麗美花)[16]
- 1976年9月 東京公演『星影の人』早苗
- 1977年2月 『鶯歌春』秀麗/『マンハッタン・ラグ』歌う女(音楽賞受賞)
- 1977年8月 『宝舞抄』白蓮記の歌手/『ザ・レビュー』愛の歌手
- 1978年2月 『風と共に去りぬ』インディア・ウィルクス
- 1978年4月 宝塚バウホールこけら落とし公演『ホフマン物語』オランピア
- 1978年5月 宝塚バウホール公演『サヨナラにリボンをかけて』
- 1978年8月 宝塚バウホール公演『ヴェロニック』エルメランス
- 1978年10月 中南米公演に参加
- 1979年1月 東京公演『遥かなるドナウ』ベルタ
- 1979年3月 『花影記』千津/『紅はこべ』プロローグの歌手、シュザンヌ
- 1979年9月『ベルサイユのばら』(地方公演)マリー・アントワネット
- 1979年11月 『舞え舞え蝸牛』阿漕/『ビューティフル・シティ』歌手
- 1980年1月 宝塚バウホール公演『刀を抜いて』お才
- 1980年6月 『花小袖』椿/『プレンティフル・ジョイ』扇の歌手
- 1980年10月 宝塚バウホール公演 『アナトール』ギャブリエル
出典:邦月美岐より[8]
宝塚歌劇団退団後
[編集]出典:邦月美岐より[8]
レコード
[編集]レコードでは「くにづきみき」のひらがな名になっている。
- 1974年2月25日(日本コロムビア)
- 1977年8月(日本コロムビア)
- 「夏よ・・」(A面)
- 「愛の砂漠」(B面)
出典:邦月美岐より[8]
脚注
[編集]- ↑ “『☆2026年1月13日☆「悲しいご報告」を少しずつ受け止めています☆』”. アカデミアみゆきピアノ教室 新百合ヶ丘[川崎市麻生区にあるピアノ教室] (2026年1月13日). 2026年2月1日閲覧。
- 1 2 長崎新聞社長崎県大百科事典出版局 編『長崎県大百科事典』長崎新聞社、1984年8月、275頁。doi:10.11501/12196124。
- ↑ 『おお宝塚60年 : 「ドンブラコ」から「ベルばら」まで』朝日新聞社、1976年11月、240頁。doi:10.11501/12436478。
- ↑ 上田善次『宝塚音楽学校』読売新聞社、1976年、124-126頁。doi:10.11501/12431372。
- ↑ 宝塚歌劇の60年, p. 91.
- 1 2 3 4 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日、80-81頁。ISBN 9784484146010
- ↑ 『宝塚ステージ・アルバム』 1972年版、宝塚歌劇団出版部、1972年、23頁。doi:10.11501/12436578。
- 1 2 3 4 “邦月美岐”. kunizukimiki.web.fc2.com. 2014年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月1日閲覧。[出典無効]
- ↑ 宝塚歌劇の60年, p. 150.
- ↑ 宝塚歌劇の70年, p. 76.
- ↑ 宝塚歌劇の70年, p. 131.
- ↑ 宝塚歌劇の60年, p. 141.
- ↑ 宝塚歌劇の70年, p. 21.
- ↑ 宝塚歌劇の70年, p. 22.
- 1 2 宝塚歌劇の70年, p. 47.
- ↑ 宝塚歌劇の70年, p. 48.
- ↑ 藤田洋『演劇年表』 下、桜楓社、1992年6月、1615-1616頁。doi:10.11501/13233629。
参考文献
[編集]- 『宝塚歌劇の60年』 別冊、宝塚歌劇団、1974年。doi:10.11501/12436586。
- 『宝塚歌劇の70年』 別冊、宝塚歌劇団、1984年5月。doi:10.11501/12436516。