松平忠次

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松平 忠次(まつだいら ただつぐ、永正18年(1521年) - 天文16年9月28日1547年11月10日))は、戦国時代の武将。松平信長の子で、五井松平家4代目である。子に松平景忠

天文9年(1540年)及び天文14年(1545年)の2度にわたって、織田の軍勢を安城で防ぎ打ち破った。天文16年(1547年)宗家に敵対した一族松平信孝(三木松平)と岡崎耳取縄手において戦い、討ち死した。享年27。葬地は愛知県蒲郡市五井の長泉寺。