松平信治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

松平 信治(まつだいら のぶはる、延宝元年(1673年) - 享保9年3月29日1724年4月22日))は、駿河小島藩の第2代藩主。小島藩滝脇松平家2代。

6400石の旗本戸田重恒の次男。母は松平典信の娘(松平信孝の妹)。初名は重秀。正室は田村建顕の娘。子に娘(戸田忠位正室)。官位は従五位下。下野守。

幼名は助十郎。元禄3年(1690年)に先代藩主・信孝が死去した際、母方で甥に当たることからその養嗣子となって跡を継いだ。宝永元年(1704年)、陣屋を小島に移した。このため、正式に小島藩となったのは、この信治の時代からである。また、奥詰・御小姓・大番頭となった。

2人の男児はいずれも早世していたため、享保9年(1724年)3月29日に信治が52歳で死去した後、家督は従弟で養嗣子の信嵩が継いだ。墓所は東京都台東区下谷の英信寺。