松平信賢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平信賢
時代 江戸時代後期 - 明治時代
生誕 文化5年6月17日1808年7月10日
死没 明治6年(1873年9月11日
墓所 東京都台東区下谷の英信寺
官位 従五位下丹後守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉家慶
駿河小島藩
氏族 形原松平家滝脇松平家
父母 父:松平信志、養父:松平信友
兄弟 信賢信豪飛鳥井雅久室、胤ら
正室:松平信友
信成[1]
養子:信進

松平 信賢(まつだいら のぶます)は、江戸時代後期の大名駿河国小島藩8代藩主。小島藩滝脇松平家8代。官位従五位下丹後守

略歴[編集]

丹波国亀山藩5代藩主・松平信志の六男として誕生。

先代・松平信友の娘婿となり、天保7年(1836年)5月14日に養父が隠居したため跡を継いだ。天保の大飢饉で藩財政に苦しんだ。

嘉永4年(1851年)4月27日、養嗣子の信進に家督を譲って隠居し、明治6年(1873年)9月11日に66歳で死去した。墓所は東京都台東区下谷の英信寺。

脚注[編集]

  1. ^ 次男、11代藩主・滝脇信敏の養子