松平伊昌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平伊昌
時代 安土桃山時代
生誕 永禄3年(1560年
死没 慶長6年9月8日1601年9月23日
別名 弥三郎、外記頭
戒名 正泉院殿昌室源久大居士
墓所 大坂天満の正泉寺
主君 徳川家康
氏族 五井松平家
父母 父:松平景忠
徳川家康養女・ふう
忠実宗治昌長高木貞盛室、
西尾忠照継室
テンプレートを表示

松平 伊昌(まつだいら これまさ)は、安土桃山時代武将。弥三郎、外記頭。五井松平家6代。

略歴[編集]

5代・松平景忠の子として誕生。

天正3年(1575年)5月、武田勝頼軍に長篠城を包囲されるが、父と城主奥平信昌と共に死守する。天正18年(1590年)8月9日、軍功により徳川家康から下総国銚子飯沼2000石を賜る。その後、九戸政実の乱に出陣したほか、文禄・慶長の役の際の家康の名護屋城出陣にも従った。

慶長6年(1601年)に伏見城在番を命じられたが、同年中に伏見城で没し、大坂天満の正泉寺に葬られる。法名は正泉院殿昌室源久大居士。

家督は子・忠実が継いだ。

系譜[編集]