松平信圭

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松平信圭
時代 江戸時代後期
生誕 安永5年(1776年
死没 文政3年2月20日1820年4月2日
改名 寛之進(幼名)→信圭
墓所 東京都台東区下谷の英信寺
官位 従五位下安房守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
駿河小島藩
氏族 滝脇松平家
父母 父:松平信義、母:松平昌信
兄弟 信圭大久保信遠坪内定辟
高木守影正室
正室:大岡忠喜
継室:板倉佑勝
信友土井昌成信厚忠告
渡辺隆正室

松平 信圭(まつだいら のぶかど)は、江戸時代後期の大名駿河国小島藩6代藩主。小島藩滝脇松平家6代。官位従五位下安房守

略歴[編集]

5代藩主・松平信義の長男として誕生。母は松平昌信の娘。幼名は寛之進。

寛政12年(1800年7月20日、父の隠居により家督を継いだ。書に優れた人物で、多くの作品を残している。

文化12年(1815年10月6日、長男・信友に家督を譲って隠居した。文政3年(1820年)に45歳で死去。墓所は東京都台東区下谷の英信寺。

系譜[編集]