松平忠継

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

松平 忠継(まつだいら ただつぐ、承応元年(1652年) - 正徳5年7月21日1715年8月19日))は、信濃飯山藩の世嗣。

初代藩主・松平忠倶の長男。母は阿部重次の娘。正室は本多康将の娘。子は松平忠敏(長男)、松平忠喬(次男)、娘(永井直圓正室)、娘(菅沼定易正室)。官位は従五位下、筑後守。

飯山藩嫡子として生まれ、寛文元年(1661年)に将軍徳川家綱御目見した。寛文5年(1665年)に叙任するが、病弱のため元禄7年(1694年)に廃嫡された。代わって、長男の忠敏が嫡子となった。