日本の公衆電話

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日本の公衆電話ボックス(2007年7月)

本項では、日本の公衆電話について解説する。

概要[編集]

設置された時期・場所によって様々な種類の公衆電話が設置されている。近年では携帯電話PHSが若年層だけでなく高齢者層にも普及したうえ、電子メールなどの普及により通話時間そのものが減少している[1]ことにより、公衆電話の施設数が減ってきている(#公衆電話の施設数)。ただし、現在でも大地震などの災害時には携帯電話などと比べてつながりやすいため、非常時における重要な連絡手段としての役割を果たしている(#災害対策)。

運営事業者[編集]

日本国内では、NTT東日本西日本NTTコミュニケーションズKDDINTTドコモソフトバンクテレコム(旧・日本テレコム)によって運営されているものがほとんどである。

設置方法は事業者により異なる。

設置場所[編集]

一般的には鉄道駅構内、市街地大通りの電話ボックス、市役所や大規模ホテル病院などの公共施設に設置されている場合が多いが、多くの事業者では公表していないため、利用者が容易に設置位置を知る事ができない状態にある。

長らく設置場所は公開されなかったが、2011年平成23年)12月にNTTは早ければ来春4月にも公式HPで設置場所を公開すると発表[2]。その後、2012年(平成24年)6月28日にNTTは全国の公衆電話約23万台の設置場所を翌日29日に公開すると発表[3]。従来、窃盗防止などの理由から設置情報を公開しなかったが、設置場所公開に踏み切った背景には前年に発生した東日本大震災の発生直後、電話回線が混雑し都市部では地震直後に災害時でも繋がりやすい公衆電話の前に行列ができた事で利用が急増し、公衆電話の重要性が改めて世間一般に再認識された、ということがある。これを踏まえて情報通信審議会の委員会は2011年(平成23年)12月に公衆電話の設置情報公開を求める報告書をまとめ、設置場所公開が実現した。

  • 観光地やごく一部の地域では、地域住民の独自の調査で作られた設置場所を掲載した地図や表が存在している。
  • 住宅地図などの縮尺が大きい地図でも、掲載していないものがある。住宅地図メーカー最大手のゼンリンが出版している住宅地図には掲載していないが、刊広社が出版している住宅地図では掲載し[4]、販売している。

電話番号[編集]

着信可能なものも多いが、街頭に設置されているものは悪用防止のために電話番号は公開されておらず、呼び出し音が鳴らないものが多い。例外として、警察本部や消防本部の通信指令室からは通報後の回線保持と通報地点特定を目的に呼び返しが出来るほか、駅売店併設の物では上位部署(運営者のスーパーである場合が多い)が店と連絡を取る場合に鳴ることやテレビ番組などの収録で鳴ることもある。また、国内のNTTの公衆電話から、直接電話を発信した場合、ナンバーディスプレイ対応端末には「公衆電話」あるいはそれを示す記号などが表示される。公衆電話の電話番号は表示されない。「ユーザー非通知」(詳しくは「ナンバーディスプレイ」の項を参照)とは別設定のため、着信側の電話機で、番号非通知は拒否するが、公衆電話からの着信は拒否しない、といった設定が可能である。ただし、公衆電話から発信した場合でも、指定番号をプッシュする方式のプリペイドカード(オートダイヤルカード)で発信した場合は「通知不可能」(通知圏外)などの通知となる場合があるので注意が必要である。公衆電話の番号は、語呂合わせで縁起が悪い番号が割り当てられる場合が多いといわれている。

料金等支払手段[編集]

料金等支払手段には、硬貨プリペイドカードテレホンカード)、クレジットカードが用いられる。諸外国でも釣銭を出す公衆電話はないが、日本でも、100円硬貨を使用した場合には釣銭が出ず(10円硬貨または100円硬貨のみが使用可)、そのことが長年にわたり問題視されてきた(テレホンカードはこの問題を解決する手段としても採用された)。 公衆電話は10円単位の契約になるため、消費者にとっては非課税取引(10円には消費税がかからないため)になるが、電話事業者の消費税課税対象になる。

2007年現在の日本国内の事業状況[編集]

NTTグループが管理する公衆電話は1984年昭和59年)(旧日本電信電話公社時代)に設置台数が最高となる。1999年(平成11年)までに、硬貨専用機からテレホンカード対応機への置き換えが完了した。

NTT東日本・NTT西日本が管理するもの[編集]

経営状況としては、1993年(平成5年)10月(最終的に3倍に値上げされた市内通話料金は1994年(平成6年)4月も)に公衆電話の通話料金の大幅な値上げが行われたことや、1990年代後半からの携帯電話やPHSの普及(特に1995年(平成7年)にサービスを開始したPHSは公衆電話とあまり変わらない通話料金を設定した)により利用者が減少し、1995年(平成7年)度からは損失を計上している。

日本電信電話公社時代を含めて現在まで、NTT東日本・NTT西日本が管理する公衆電話は、第1種公衆電話、第2種公衆電話に区分される。

2005年(平成17年)度において、1995年(平成7年)度に比べ東日本管内で61%、西日本管内で57%の第1種と第2種の公衆電話が廃止されている[5]

設置に関する規制[編集]

NTT東日本・西日本は電気通信事業法第7条に規定される基礎的電気通信役務を提供する電気通信事業者であり、公衆電話は電気通信事業法施行規則第14条[6]に定める基準に則って設置されている。

同規則は、基礎的電気通信役務を行う電気通信事業者に対して、次のような基準に適合する責務を課している。

電気通信事業者が基礎的電気通信役務として公衆電話事業を行なう場合には、電気通信事業法施行規則第14条第2号で、次の基準に適合する責務を課している。

  1. 市街地(最近の国勢調査の結果による人口集中地区をいう。)においてはおおむね五百メートル四方に一台、それ以外の地域(世帯又は事業所が存在する地域に限る。)においてはおおむね一キロメートル四方に一台

の基準により設置される音声通信役務を提供する自動式公衆電話機(これを『第一種公衆電話』と定義する。)から、

  1. その第一種公衆電話が設置される単位料金区域内(MA)のNTTの固定電話との通信(市内通話)
  2. 無線呼出し(ポケベル)の呼出等の通信
  3. 離島特例通信
  4. 警察海上保安機関・消防への緊急通報

を利用できるようにすること。

第一種公衆電話[編集]

第一種公衆電話は、通信手段維持の公益性を踏まえ、災害時などの緊急優先通話や、加入電話・携帯電話を使用できない場合の用に供するため、低い利用頻度の箇所を含め市街地で約500m・郊外で約1km四方に1台設置し、台数の維持を図っているほか、設置箇所も原則として、終日公衆の用に供することができる公道上または公道に面した場所としている[7](つまり、夜間閉鎖される施設内に設置されているものは「第二種」)。

基礎的通信役務を提供する電気通信事業者に責務として課されているために設置している公衆電話なので、高コストであるとされる。しかし基礎的通信役務は市内通話を義務付けているだけであるため、過疎地や離島などの公衆電話で市内通話をすることの少ない地域では、基礎的通信役務の収入としては僅少であるものの、市外通話の収入を含めればそこまで高コストではないとの指摘もある[8]

第二種公衆電話[編集]

第2種公衆電話については、電気通信事業法令上に定義は存在せず、NTT社内の呼称である。無論、法令上の規制は存在しない。第2種公衆電話は、高頻度の利用が見込まれる場所に設置される。なお「公衆」を冠する公衆電話であるが、先述の第2種公衆電話については必ずしも公衆の出入りできる場所に設置されるとは限らず、例えばオフィスビルや工場など関係者専用の施設内において、施設に立入りできる者のみに使用させるような形態の設置も認められている。また、KDDIの施設などは、旧KDD時代が特殊会社であり、また、民営化後もNHK国際放送送信業務等を行なっているなどの公共性から、官公署設置の例により、他の電気通信事業者の事業所内にもNTT公衆電話の設置がある場合がある(なお、“KDDIの公衆電話”というのは、KDDIが国際回線事業者である関係で、成田国際空港など非常に限られた場所にしかない)。

実情および会計検査院からの指摘[編集]

NTTの設置する第一種公衆電話が設置基準を満たしているかについては疑義もある。2007年(平成19年)現在、NTT東日本・NTT西日本は第一種公衆電話の新設を見合わせているため、新興住宅地都市再開発災害復旧を行った地区などには公衆電話がまったく無い地域が存在することが指摘されている。

2006年(平成18年)の会計検査院検査報告[9]にて、NTTが会計検査院の検査時に示した書類上では、NTTは前述の点を理由に、東日本で64.2%、西日本で65.4%に1種2種両方とも公衆電話設置しておらず、大分県にはいたっては県土の87.1%に公衆電話が無い。第1種公衆電話の内東日本12.4%西日本13.3%は、24時間利用可能でなく、独身寮や遊技場(パチンコ)等内に設置されている事などの、改善意見の指摘を受けている。

後述の災害対策の項と重なるが、災害発生時においても公衆電話は災害時優先電話として通話が可能である。携帯電話や一般電話が回線のパンクなどで使用不可能になるおそれがあるため、通話が可能となる公衆電話の使用が推奨されている。また、災害時の連絡手段の確保という視点から、公衆電話無設置地域を無くすべきという指摘も存在する。因みにテレホンカード使用不能への対策として、災害時では硬貨での通話が推奨されている。

災害対策[編集]

災害により停電した場合はその設置する機種により異なる[10]。災害時に公衆電話の通話を無料化する旨の掲載がある[11] 。これは、阪神大震災の際に使用不能となった公衆電話が多数存在したことによる[12]災害救助法が適用される規模の災害で、広域停電が発生している地域としている[13][14]。また、災害時における公衆電話の金庫充満を回避するため、及び停電によりテレホンカードが使用不能となっても利用できるよう救済するための措置でもある[11]。ただし、無料化措置実施中でも、一部機種を除いて硬貨もしくはテレホンカード(カードは使用可能の場合に限る)の投入が必要となる場合がある。

災害時の無料化措置実施時に、公衆電話から無料となる通話先は以下のとおり。なお、無料化措置実施の設定は都道府県単位でなされる。

  • 日本国内の固定電話・携帯電話・IP電話
  • 災害用伝言ダイヤル(「171」)
  • ナビダイヤル番号(「0570」で始まる番号)
  • 時報(「117」)・天気予報(「177」、市外局番前置の場合(例:「03-177」)も含む)

ただし、特殊簡易公衆電話(いわゆるピンク電話)は無料化措置の対象外で通常の通話料が課金される。また、無料化措置実施中はテレドーム番号(「0180」で始まる番号)へは掛けられない。

阪神淡路大震災以降広域停電を伴う災害救助法の適用する災害は多数発生したが、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災でNTT東日本管轄エリア17都道県で公衆電話無料化実施により、初めてこの措置が発動された。

なお、全ての公衆電話は輻輳による発信規制の対象外たる「災害時優先電話」になっている。

公衆電話機等の種類[編集]

アナログ公衆電話
緑色の外観(一部にパープルや黄色い塗装のものもある)。10円・100円硬貨とテレホンカード併用のものと、テレホンカード専用のものとがある。以前はテレホンカードによる国際電話対応のものがあったが、現在では利用できなくなっている。屋外の電話ボックスに設置されたタイプと、施設屋内に設置される据え置きタイプがある。
ディジタル公衆電話
グレーまたは緑色の外観。ISDN回線を利用した公衆電話。10円・100円硬貨とテレホンカード併用のものと、テレホンカード専用のものとがある。一部だが国際電話にも対応。PCPDAなどの接続用にRJ-45(ISDNデジタルモード接続)とRJ-11モデムのアナログモード接続)コネクタが用意されている。施設屋内に据え置かれているタイプと屋外の電話ボックスタイプがあり、後者はNTTドコモPHS用の基地局を同時に設置している物が多い(ボックスの上に黒いアンテナが立っている)。

NTTコミュニケーションズ・NTTドコモ管轄でJR各社管理のもの[編集]

列車公衆電話
鉄道線路にLCXや無線基地局を併設し、車内設置の公衆電話機と無線で通信を行う公衆電話のこと。現在は新幹線内設置が多いが、在来線や私鉄特急などでも設置されている。秋田山形新幹線内(盛岡以西/福島以北)を除き、新幹線の列車無線システムLCXを利用している。在来線や私鉄特急、秋田・山形新幹線内はNTTドコモが提供。それ以外はNTTコミュニケーションズの提供が多い。無線設備、公衆電話本体はJRが設置管理している。
  • 現在、秋田・山形新幹線内を除く新幹線については新幹線からの発信のみ可能(NTTコミュニケーションズ管内電話ではPHS、NTTドコモ以外の携帯電話[15]直収電話、フリーダイヤル等への発信は不可)。
  • 以前は、一般電話から「107」をダイヤルし、オペレータに列車名(例・のぞみ5号)と呼び出したい人の名前を告げれば、呼び出し電話による着信も可能であったが[16]、携帯電話の普及や、トンネル内の基地局整備が進んで利用者が減り、2004年(平成16年)6月で着信サービスは終了した。
    • 携帯電話が普及する1990年代前半まで、ビジネス客の多い東海道新幹線では、走行中に電話着信呼び出し放送が多かった。
    • 特にバブルの頃は、呼び出す相手がいないのに「(株)○○の××様…」と車内でわざと連呼させて宣伝に悪用した"カラ呼び出し"が多発し乗客から苦情が出たため、以後末期まで「住所・氏名(○○市の××様)」での呼び出しに限って呼び出しを受け付けるよう改めた。
  • 東北新幹線では着信サービス末期、呼び出し設備を有しない編成が大半であった為、前述の理由により利用できない場合が多かった。

NTTドコモ管理のもの[編集]

ワイドスタークレジットカードホンA81
表示のようにデータ通信とFAX通信が可能なタイプ
かつて西武レッドアローにあった
衛星公衆電話
衛星電話ワイドスター)システムを利用する公衆電話で、発信・着信とも可能。一般的な公衆電話と異なり、料金支払手段はクレジットカードのみ。内航船舶山小屋など他の通信手段が無い地点に設置されている。データ通信・ファクシミリ通信の可能な専用端末も提供されている。2001年(平成13年)12月19日サービス開始。
  • 2011年(平成23年)6月1日に後継の簡易公衆電話サービス開始(DMC-8Aをベースにテレホンカード挿入口の代わりにEdy読取部がある)に伴い従来のクレジットカードホンは2013年(平成25年)3月29日、テレホンカードホンも2014年(平成26年)3月31日に終了される予定である。
秋田・山形新幹線、在来線(新幹線以外の列車)、高速バスの公衆電話
携帯電話自動車電話)システムを利用した、発信専用の公衆電話。テレホンカードのみ使用可能。通話できる範囲がそのまま、携帯電話のサービスエリアであるため、トンネル内などでは使用できない。2012年(平成24年)3月31日movaサービス終了に伴い、秋田新幹線・山形新幹線の在来線区間での「自動車公衆電話」としての利用が終了されており、2013年(平成25年)1月現在は、同じ端末で盛岡以南ないしは福島以南の「列車公衆電話(NTTコミュニケーションズ扱い)」のみ、利用可能となっている。在来線、高速バスに設置されていた公衆電話も、先述のmovaサービス終了に伴い、撤去されている。

ソフトバンクテレコム管轄でJR九州管理のもの[編集]

九州新幹線内設置の公衆電話
他の新幹線同様列車無線システムLCXを利用したもの。ソフトバンクテレコム(旧日本テレコム)が提供しているため支払いに「テレカ」は使えず、ソフトバンクテレコム発行の「コミュニケーションカード(通称:コミカカード)」(1枚1,000円)を車掌から購入する。
  • 車内での「もしもしカード」利用は2006年(平成18年)10月31日までとなり、11月1日からは「コミュニケーションカード(通称:コミカカード)」の利用となる。
  • 2011年(平成23年)3月の九州新幹線全線開業に合わせ、同年1月より順次他の新幹線路線と同じNTTコミュニケーションズ提供に切り替えられた[17]

その他事業者管理のもの[編集]

  • KDDIの公衆電話 - 旧KDDにより設置された、オペレータを経由した国際電話の専用機。国別のボタンを押すと、その国の通信会社のオペレーターに繋がる仕組み。支払はKDDIスーパーワールドカードまたはクレジットカード。主にホテルや空港などに設置。
  • カードC
  • 広告付き無料公衆電話 - CMを見聞きしたあと、一定時間無料で通話が可能となり、その間も画面のみで広告が流れているもの。通話先や連続通話に制限がある。広告料で設置費用や通話料などを賄っている。
    • 京都の清水寺などに設置されているものは、修学旅行の学生などの使用も多い。
    • 梅田の地下街のように、利用者が多すぎて通話料が広告料を上回ったため採算が取れなくなり、早々に撤去されたケースもある。

停止されたサービス[編集]

日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)の公衆電話
愛称「駅でんくん」。青色の電話機で、1990年(平成2年)頃から主要なJR鉄道駅、JR病院などのJR関連施設に設置された。NCC系は当初、発信側の市内通話とNCCが提供する中継区間、それと着信側の市内通話料の合計額という料金体系であったが、この公衆電話は日本テレコムに直収(直結)されていたため、発信側の市内通話料が不要であった。加えてNCC系の市外通話ではNTT公衆電話より料金が安く、日本の国内通話用公衆電話としては唯一クレジットカードが使えたため、そこそこの利用はあったものの、逆に市内通話は割高(45秒10円。当時のNTT公衆電話の市内通話料金は3分10円)であった。ピーク時には1200台余りが設置されていたが、採算性や携帯電話の普及などからか1999年(平成11年)サービス停止[18]
日本高速通信(→KDD→現KDDI)の公衆電話
1990年(平成2年)頃から、高速道路の一部のサービスエリアに設置されたが、旧KDDへの吸収後の1999年(平成11年)頃サービス停止。唯一、筐体がNTTと同じ故(筐体色は緑ではなく日本高速通信の青)、NTT以外の事業者が提供しながら、NTTのテレカも使うことができた。ただ、設置された台数は最大でも57台[18]と、日本テレコムに比べても少なかった。サービス停止後はNTT機に置き換えられた。
船舶公衆電話
旧方式船舶電話を利用した硬貨のみ使用可能なものが1981年(昭和56年)9月29日サービス開始、1993年(平成5年)9月30日サービス停止。陸上基地局の新方式船舶電話利用のテレホンカードのみ使用可能なものは、1988年(昭和63年)11月16日サービス開始、1999年(平成11年)3月31日サービス停止。衛星電話を利用したテレホンカードのみ使用可能なものは、1996年(平成8年)3月29日サービス開始、2004年(平成16年)3月31日サービス停止。
航空機公衆電話
テレホンカードのみ使用可能な発信専用のもの。地上基地局を利用したアナログものが1986年(昭和61年)5月6日静止衛星を利用した衛星電話タイプが2001年(平成13年)7月31日、NTTドコモ(代理店はドコモ・センツウ)によりサービス開始。料金が1分500円と非常に高く利用が少なかったため、2004年(平成16年)3月31日ともにサービス停止。
ICカード公衆電話
NTTの新型のICカードタイプのテレホンカードに対応した公衆電話機。日比野克彦のデザインによる“アースカラー”を用いたコンパクトな外観が特徴。いわゆる偽造テレホンカード対策の決定版として登場。国際電話対応。従来の磁気式テレホンカードは使用不可能。PC・PDAなどの接続用にRJ-11コネクタとIrDA赤外線ポートを有する。また、Lモード契約者は、Lモードカードを挿入することによってLモードの利用が可能であった。この機種が公衆電話の最終モデルになっている。しかし、従来の磁気テレホンカードが使用できず、ICテレホンカードの普及が進まず利用も低調だった。この背景には、この公衆電話が設置されたころには携帯電話やPHSがかなり普及していたため、この公衆電話の新機能を使いこなせるくらい電話をよく利用する人は携帯電話などを利用してしまい、(この当時の)公衆電話の利用者でそれらの機能を使いたいと思う人は少数であり、むしろ磁気テレホンカードとの互換性がないことやICテレホンカードに有効期限があることを不便だと思ったことがあると考えられる。さらに、偽造テレホンカードに対抗する技術が確立されたため、2006年(平成18年)3月末までに廃止され磁気テレホンカードの公衆電話へ再び置き換えられた。
McBBフォン
一部マクドナルド店に設置された、Yahoo! BB基盤上のIP電話を使った公衆電話サービス。日本国内(固定電話)とアメリカ本土アラスカ州ハワイ州への通話が3分間無料で利用できた。2002年(平成14年)5月31日から開始されたが[19]、「Yahoo! BB」のプロモーションを兼ねた試験的な意味合いが強く、2005年(平成17年)頃までに撤去。

歴史[編集]

明治期より戦後まで[編集]

1890年明治23年)12月に東京及び横浜に電話局が設置され、日本における電話業務が開始された。同時に東京15か所、横浜1か所の電話局内に電話所が設置され、電話回線を持たない一般市民のための公衆電話が設置された。開設当初は電話加入者が限定されていたことと、何よりも電話に対する認識に欠如しており利用者が限定されていたが、次第に利用者が漸増し、5年後には1か所平均8通話が利用されていた。

当初は電話局内に設置されていた公衆電話であるが、1900年(明治33年)に新橋駅上野駅に設置された。設置場所は新橋は中等待合室前、上野駅が駅長室前であった。この公衆電話は通路に置かれたものであった。電話ボックス型の公衆電話は同年に京橋に設置された六角錐型のものが初見である。当時の公衆電話は自働電話と称されたが、交換手に通話接続を依頼し、必要に応じて10銭または5銭硬貨を投入するものであった。硬貨投入の確認は10銭硬貨は鳴鐘、5銭硬貨はゴングを鳴らし、交換手がその音を聞いて投入を判断するというものであり、終戦後までの50年間にわたって踏襲されることとなった。通話料金は市内1通話5分で15銭と定められたが、一般の電話回線の通話料が定額制であり、商家などでは電話を顧客に無償で利用させることで顧客誘致を行っており、当時最低限の生活ができる15銭では通話利用者が伸びず、まもなく5銭に値下げしている。

1920年大正9年)、一般加入電話に1通話2銭の従量制通話料金が採用されると、一般加入電話の通話料が激減し、公衆電話の通話料が急激な伸長をみた。1925年(大正14年)にはダイヤル自動方式が採用され名称に混乱を来たすとして自働電話が公衆電話と改称された。

明治大正と発展を続けた公衆電話であるが太平洋戦争で都市が空襲を受けると、壊滅的な被害を受けることとなった。戦前全国で5,222台あった公衆電話は1945年(昭和20年)末には僅か623台に激減している。また戦後も公衆電話の復旧は進まず、1947年(昭和22年)頃まで殆どその機能は停止していた。これは資材不足もさることながら硬貨不足による利用者低迷という理由があった。戦前5銭であった通話料が戦後のインフレで50銭に改定されたが、5銭、10銭硬貨は戦後新鋳造が中止されていたため入手が困難となり、それが利用者低迷に直結していた。

そこで考え出されたのが当時流通していた50銭紙幣の利用である。しかし前述の硬貨の音による料金投入を判定した当時紙幣では音による確認ができず、もっぱら利用者の良心に頼るものであった。試験的に新橋駅東口に設置され、その結果は回収率105%を記録した。この結果を踏まえ東京、横浜、名古屋、大阪、神戸でも設置され、いずれも100%の回収結果を記録している。しかしその後は回収率は減少の一途を辿る。これは料金を投入せずとも通話可能との情報が広がったことと、急速なインフレにより50銭(1948年(昭和23年)に1円に改定)や1円という小額紙幣の持ち合わせ少なくなったことが考えられるが、東京で回収率20%となると、もはや交換手を通す意義も薄れ、東京では1949年(昭和24年)にダイヤル式公衆電話に料金箱を設置したものへ切替を開始、遂には回収率15%まで落ち込むこととなった。

赤電話の登場[編集]

赤電話の正式名称は委託公衆電話である。1951年(昭和26年)に電電公社が商店などに公衆電話の取扱業務を本格的に委託するようになった。前章で述べたとおり信用方式の公衆電話での料金回収が望めない現状、硬貨投入方式の公衆電話の採用が急務であったが、10円硬貨の鋳造が開始されたばかりの当時では流通が十分でなく、また設置に多額の投資が必要なボックス式に代わるものとして考案されたのが赤電話である。

1951年(昭和26年)の段階では公衆電話には2種類が存在していた。一つが前述した委託公衆電話というものであり、電話局が設備を提供し店頭に設置してもらうものであり、商店に通話取扱いを委託するというものであり、もう一つが簡易公衆電話と称される電話局と加入者が契約した加入電話を店頭におくというものであった。簡易公衆電話制度はまもなく廃止されたが、特殊簡易公衆電話(ピンク電話)がそれに類似したものとして継承されている。

店頭における公衆電話の第1号は新橋のタバコ屋に設置された。当時は一般的な黒電話機を使用していたが、1953年(昭和28年)より赤電話に順次切り替えられていった。色の変更については公衆電話であることを目立たせるために実施され、退色の少ない色相3.5YR、明度2、彩度3という赤が採用され、8月に東京駅に設置された。

赤電話が登場すると公衆電話に対する評判が高まり、商店から設置希望が殺到するようになった。設置希望理由には顧客誘致もさることながら、手数料収入、そして電話回線開設が自由に行えなかった時代であり、電話局の費用で赤電話を設置・維持し自家用の代用品に使用するという理由があった。

このようにして登場した赤電話であるが、当初は料金を受託者と利用者の間で精算する必要があった。しかしかけ逃げや二度がけ、市外通話の虚偽申告などのトラブルが発生するようになり、電電公社は硬貨投入式の赤電話の開発に着手した。1954年(昭和29年)に通称ダルマと称される硬貨投入式の赤電話が登場した。これは「後払い方式」と分類され、ダイヤルし通話がつながると10円硬貨を投入するという方式であり、硬貨を投入しないと片通話となっていた。

青電話の登場[編集]

列車公衆電話[編集]

107番で呼出し設備を有する列車の車内呼び出しが可能。自動車電話や携帯電話とは違って、トンネル内でも通話が切れない。

テレホンカード[編集]

年表[編集]

原則として電電公社またはNTTグループの公衆電話についての記述である。

  • 1890年明治23年)12月16日 - 電話業務開始にともない初めて電話局内に“電話所”として設置。
  • 1900年(明治33年)9月11日 - 上野新橋の駅構内に街頭にて初めて設置。“自働電話”と呼ばれ、磁石式であった。
  • 1903年(明治36年) - 共電式公衆電話機設置開始。
  • 1925年大正14年)10月1日 - 自動交換電話の導入により、自働電話を公衆電話と改称。
  • 1953年昭和28年) - ボタン付き硬貨後納式の青電話の設置開始。相手が電話に出てからボタンを押し10秒以内に10円硬貨を投入していた。
  • 1955年(昭和30年) - 10円硬貨前納式の青電話の設置開始。ダイヤル市外通話はできなかった。
  • 1957年(昭和32年) - 近鉄特急2250系に日本初の列車公衆電話を設置。
  • 1968年(昭和43年) - ダイヤル市外通話可能な10円硬貨前納式の大型青電話の設置開始。電話ボックスや鉄道駅などの電話コーナーに設置されていた。110番・119番への通報用の専用ダイヤル装置(緊急呼出器)が電話機の上部に別に取り付けられていた。
  • 1973年(昭和48年) - 黄電話の設置開始。大きさは青電話と同じ程度の大型のもので、電話ボックスや鉄道駅などの電話コーナーに青電話と混在して数台設置されていた。10円硬貨に加え、初めて100円硬貨にも対応。ただし、お釣りは出ない(現在に至るまで同様)。
  • 1975年(昭和50年) - プッシュ式黄電話の設置開始。緊急通報用のボタンで110番・119番への迅速な通報が可能。
  • 1982年(昭和57年) - テレホンカード式公衆電話の設置開始。
  • 1982年(昭和57年) - ディジタル公衆電話の設置開始。
  • 1993年平成5年) - 公衆電話の通話料金が大幅に値上げされる(市内通話料金は1994年(平成6年)も)。
  • 1999年(平成11年) - テレホンカード式への取替え完了、ICカード対応公衆電話の設置開始。
  • 2002年(平成14年)11月 - 新規機種の開発の停止。
  • 2005年(平成17年)
    • ICカード対応公衆電話の廃止に伴い、(磁気の)テレホンカード式公衆電話の新機種DMC-8Aを発売。カード度数・投入硬貨枚数の液晶パネル表示、ディジタル公衆電話等と同様に受話器を上げてそのまま(カード等の投入なしで)緊急通報・フリーダイヤル等へダイヤル可能な仕様(緊急通報用ボタンは廃止)が主な特徴。
    • 1月20日 - ICカード対応公衆電話の廃止を決定。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - ICカード対応公衆電話を全廃。
  • 2007年(平成19年) - NTTが老朽化している公衆電話約2000台を新型公衆電話DMC-8Aに交換することを決定。
  • 2012年(平成24年)6月29日 - NTT東西が公式サイトにて全国の公衆電話の設置場所を公開。

公衆電話の施設数[編集]

  • 1985年(昭和60年)度末 - 909,570
  • 1986年(昭和61年)度末 - 834,104
  • 1987年(昭和62年)度末 - 828,200
  • 1988年(昭和63年)度末 - 827,167
  • 1989年(平成元年)度末 - 828,010
  • 1990年(平成2年)度末 - 832,735(NTT:832,010)(日本テレコム:698)(KDD:27)
  • 1991年(平成3年)度末 - 831,124(NTT:830,199)(日本テレコム:875)(KDD:50)
  • 1992年(平成4年)度末 - 827,408(NTT:826,277)(日本テレコム:1,081)(KDD:50)
  • 1993年(平成5年)度末 - 821,291(NTT:820,131)(日本テレコム:1,110)(KDD:50)
  • 1994年(平成6年)度末 - 801,974(NTT:800,772)(日本テレコム:1,150)(KDD:52)
  • 1995年(平成7年)度末 - 800,520(NTT:799,306)(日本テレコム:1,157)(KDD:57)
  • 1996年(平成8年)度末 - 795,101(NTT:793,870)(日本テレコム:1,174)(KDD:57)
  • 1997年(平成9年)度末 - 778,470(NTT:777,200)(日本テレコム:1,213)(KDD:57)
  • 1998年(平成10年)度末 - 755,090(NTT:753,871)(日本テレコム:1,162)(KDD:57)
  • 1999年(平成11年)度末 - 736,622(NTT:735,812)(日本テレコム:753)(KDD:57)
  • 2000年(平成12年)度末 - 707,233(NTT東日本:344,761)(NTT西日本:362,472)
  • 2001年(平成13年)度末 - 680,635(NTT東日本:333,313)(NTT西日本:347,322)
  • 2002年(平成14年)度末 - 584,162(NTT東日本:285,358)(NTT西日本:298,804)
  • 2003年(平成15年)度末 - 503,135(NTT東日本:244,711)(NTT西日本:258,424)
  • 2004年(平成16年)度末 - 442,302(NTT東日本:213,398)(NTT西日本:228,904)
  • 2005年(平成17年)度末 - 393,066(NTT東日本:187,436)(NTT西日本:205,630)
  • 2006年(平成18年)度末 - 360,819(NTT東日本:172,188)(NTT西日本:188,631)
  • 2007年(平成19年)度末 - 329,301(NTT東日本:157,836)(NTT西日本:171,465)
  • 2008年(平成20年)度末 - 307,187(NTT東日本:147,620)(NTT西日本:159,567)
  • 2009年(平成21年)度末 - 283,161(NTT東日本:137,992)(NTT西日本:145,169)
  • 2010年(平成22年)度末 - 252,775(NTT東日本:121,508)(NTT西日本:131,267)
  • 2011年(平成23年)度末 - 231,038(NTT東日本:110,242)(NTT西日本:120,796)
  • 2012年(平成24年)度末 - 210,448(NTT東日本:100,564)(NTT西日本:109,884)

※1990年(平成2年)度 - 1998年(平成10年)度は総務省発表の資料より。1990年(平成2年)度 - 1998年(平成10年)度以外はNTT東西発表の資料より。

参考文献[編集]

  • 東日本電信電話・西日本電信電話『第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みに関する参考資料』東日本版 (PDF)西日本版 (PDF)

脚注[編集]

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  1. ^ 『日本国勢図会2010/2011』矢野恒太記念会によれば、国内の通話時間(固定電話・携帯電話・IP電話の合計)は2000年平成12年)に70.27億時間であったのに対し、2008年(平成20年)は42.06億時間である。
  2. ^ 減る公衆電話、設置場所を公開へ NTTのHPで来春:朝日新聞
  3. ^ 公衆電話設置場所の公開について:NTT東日本公衆電話設置場所の公開について:NTT西日本
  4. ^ 公衆電話ボックスの箇所を掲載している。委託公衆電話は掲載していないものが多い。ピンク公衆電話は掲載していない。
  5. ^ 第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みについて(NTT東日本) (PDF) 2ページ、第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みについて(NTT西日本) (PDF) →2ページ
  6. ^ 電気通信事業法施行規則第14条
  7. ^ 第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みについて(NTT東日本) (PDF) 3ページ、第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みについて(NTT西日本) (PDF) →4ページ
  8. ^ 第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みについて(NTT東日本) (PDF) 17ページ、第一種公衆電話の必要性と収支改善の取り組みについて(NTT西日本) (PDF) →16ページ
  9. ^ 2006年10月30日付け会計検査院検査報告
  10. ^ 停電時でも公衆電話は使えるの?:NTT東日本停電時でも公衆電話は使えるの?:NTT西日本
  11. ^ a b 公衆電話の無料化措置:NTT東日本災害対策 | NTT西日本
  12. ^ 阪神・淡路大震災を踏まえた災害対策の進捗状況について・NTT (1996.8)
  13. ^ NTT東日本データブック2006年版 (PDF)
  14. ^ 災害対策:NTT西日本 (PDF)
  15. ^ 接続の可否は単に090/080の直後の数字のみで判断しているため、MNPでドコモに転入した場合は着信不可、逆にドコモから転出した場合は着信が可能となっている。
  16. ^ ビュッフェ・サービスコーナーの店員が車内放送で呼び出すため、これらが営業していない列車では呼び出せなかった。700系では車内販売準備室の係員が呼び出した。
  17. ^ 平成23年春ダイヤ改正7ページ・JR九州 (PDF) [リンク切れ]
  18. ^ a b 平成12年版 通信白書 第2章 第4節郵政省
  19. ^ 無料公衆IP電話「McBBフォン」設置のご案内(2002.05 日本マクドナルド、ウェブアーカイブ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]