坂東幸太郎

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坂東 幸太郎(ばんどう こうたろう、1881年明治14年)4月30日[1] - 1974年昭和49年)10月20日)は、日本政治家衆議院議員(9期)、旭川市長

経歴[編集]

北海道出身。早稲田大学政治経済科卒。旭川市議会議員に当選。1924年衆議院議員に初当選し、連続9期務めた。阿部内閣鉄道参与官、衆議院治安委員長、同地方制度委員長、民政党遊説副部長、自由党総務、民主党代議士会長を歴任した。また、旭川商工会議所会頭なども勤めた。徳川義親と共に治安維持法制定時、「この法律は法文は明確でないということは疑いのないことである。濫用せられるということは火を賭るよりも明らかである。」と言い反対した。[要出典]

家族[編集]

息子は元旭川市長の坂東徹

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、35頁。

参考文献[編集]