大島寅吉

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大島 寅吉(おおしま とらきち、1875年明治8年)2月19日[1] - 1958年昭和33年)6月1日[2])は、日本の実業家政治家衆議院議員

経歴[編集]

北海道出身[2][3]1896年東京法学院を卒業[2][3]

帰郷してロシア領漁業に従事[2][3]。その後、函館市会議員、北海道会議員、同参事会員、函館商工会議所議員、函館硫安会社社長、大島合名会社社長などを務めた[2]

1932年2月、第18回衆議院議員総選挙で北海道第三区から立憲民政党所属で出馬して当選し、その後第21回総選挙まで連続4回の当選を果たした[2][3]。この間、米内内閣鉄道参与官を務めた[2]。戦後、公職追放となり[4]、追放解除後も政界に復帰しなかった。1958年死去。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第七十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1936年、33頁。
  2. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』128-129頁。
  3. ^ a b c d 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』110頁。
  4. ^ 公職追放の該当事項は「推薦議員」。(総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年497頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治〜昭和』日外アソシエーツ、2003年。ISBN 9784816918056