印融

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印融
永享7年 - 永正16年8月15日
1435年 - 1519年9月8日
字:頼乗
法号 印融
尊称 印融法印
生地 武蔵国都筑郡久保村
没地 観護寺(武蔵国都筑郡小山村)または三会寺(武蔵国橘樹郡鳥山村)
宗旨 真言宗
宗派 古義真言宗
寺院 高野山無量光院、観護寺、三会寺
賢継
弟子 融弁、覚融ほか
著作 『杣保隠遁鈔』ほか多数
観護寺、三会寺

印融(いんゆう/いんにゅう、1435年永享7年) - 1519年9月8日永正16年8月15日))は、室町時代の日本の学[1][2]。『杣保隠遁鈔』を代表とする著作と多数の写本を残しており[3]1508年(永正5年)に書写した『塵袋』は国の重要文化財に指定されている[4]。晩年は関東における真言宗の復興に努め、入寂の後、関東の談林60余ヶ所では印融の肖像を掲げて毎年供養したという[1][5]

生涯[編集]

1435年(永享7年)、武蔵国都筑郡[注 1]久保村(現・神奈川県横浜市緑区三保町)に生まれる[7][8][9][3][10]。字(あざな)は頼乗[1][6]。三保町には印融産湯の井戸が近年まであったという[9][11]

幼少の頃より仏門に入り[8]1459年長禄3年)に三会寺(神奈川県横浜市港北区)の賢継から醍醐三宝院流を伝授され、1469年文明元年)に三会寺で西院流能禅方を伝授された。1469年(文明元年)頃から1474年(文明6年)頃までは高野山無量光院に滞在した[3]

1480年(文明12年)には観護寺(神奈川県横浜市緑区)で西院流元瑜方を、寳生寺で西院流能禅方を伝授され、1481年(文明13年)に寳生寺で西院流元瑜方を伝授された[3]

1469年応仁3年)以降、印融は多くの弟子に法を授けた。主な弟子として、龍華寺を開山した融弁と、高野山金剛峯寺の第187代検校となった覚融がいる[3]

生涯にわたって印融は多くの書を著し、厖大な数の書写をした。代表的な著作である『杣保隠遁鈔』20巻は80歳のときに完成した[3]

観護寺の印融法印墓(中央) 地輪に「印融法印」と刻む[12]

1519年9月8日(永正16年8月15日)に観護寺[7][13][2]または三会寺[1][6]で入寂した。辞世の歌は「生留々茂阿字余里来礼波死杜天藻本農不生尓帰梨古曾須礼」[14][15]

観護寺および三会寺には五輪塔形式の印融の墓があり[9]、いずれも横浜市の文化財として登録されている[16]。また、東光寺(埼玉県入間市)にも墓碑がある[11][17]

入寂の後、関東の談林60余ヶ所では印融の肖像を掲げて毎年供養した[1][5]。その一方で、東寺の亮恵ら中央の真言宗教団からは著作に対する痛烈な批判を受けた[3]

伝承[編集]

少年の頃、印融は久保谷戸の滝で心身を浄めてから勉学に励んだという[18]。現在は滝水は流れていないが、不動明王が祀られており、久保谷戸 お滝様として緑区遺産に登録された[19]

印融は読書を好み、外出の際には必ず牛の鞍に文卓を付けて行ったと『本朝高僧伝』は記している[3]。三会寺に伝わる江戸時代の印融像(紙本着色、縦162.1・横49.5センチメートル)においても、印融は牛に乗って巻物を読み、牛の角には経巻がかけられている[14]

恩田川に架かる小山橋はかつて念仏橋と呼ばれ、印融が架けたと伝えられており[9]、緑区遺産に登録された[20]

著作と写本[編集]

印融が残した著作と写本は、真言梵字音韻漢詩密教図像、辞典等、広きにわたり数も多い[3]。しかし、印融の著作の目的は主に弟子の育成にあったため、一部の例外を除くと、自宗内にとどまり世俗への広がりには欠けるものであった[21]

著作[編集]

  • 『杣保隠遁鈔』
  • 『釈論指南鈔』
  • 『大疏指南鈔』
  • 『釈論愚案鈔』
  • 『十住心論広名目』
  • 『古筆拾集鈔』
  • 『金胎句義鈔』
  • 『大疏愚案鈔』
  • 『釈論安養鈔』
  • 『文筆問答』
  • 『諸真言句義』
  • 『二十四帖』
  • 『三中不同鈔』
  • 『三宝院流私鈔』
  • 『大疏詮要鈔』
  • 『金胎曼荼羅鈔』
  • 『釈論名目』
  • 『三宝院護摩鈔』
  • 『作法集口決』
  • 『三西御不同鈔』
  • 『秘蔵記肝文私鈔』
  • 『秘鍵文筆問答鈔』

等、多数あり[1][6]、『国書総目録』には157の著作が収録されている[22]

写本[編集]

  • 『塵袋』 - 国の重要文化財に指定されている(東京国立博物館蔵)[4]
  • 韻鏡[2]
  • 『悉曇問答』[3][23]
  • 『西院八結』 - 印融が書写した元瑜方の『西院八結』が龍華寺に伝わり、「龍華寺聖教」(4,686点)の一部として横浜市の有形文化財に指定されている[24]

寺院[編集]

中興した寺院[編集]

以下の寺院は印融が中興したと伝えられている。

ゆかりの寺院[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 久良岐郡の久保村とする文献もある[5][2][6]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 佐和隆研/編 『密教辞典』 法蔵館、1975年、36-37頁。
  2. ^ a b c d 今泉淑夫/編 『事典 日本の名僧』 吉川弘文館、2005年、332頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m 遠藤廣昭「概説 印融法印の足跡」、『中世よこはまの学僧印融 特別展 戦国に生きた真言密教僧の足跡』、横浜市歴史博物館、1997年、 215-218頁。
  4. ^ a b 塵袋 文化遺産オンライン”. 2018年4月11日閲覧。
  5. ^ a b c 斎藤昭俊・成瀬良徳/編著 『日本仏教人名辞典 コンパクト版』 新人物往来社、1993年、28-29頁。
  6. ^ a b c d 密教辞典編纂会 『密教大辞典 縮刷版』 法蔵館、1983年、112頁。
  7. ^ a b c 緑区史編集委員会/編 『緑区史 通史編』 緑区史刊行委員会、1993年、313-315頁。
  8. ^ a b 神奈川県史研究会/編 『郷土歴史人物事典 神奈川』 第一法規出版、1980年、54頁。
  9. ^ a b c d 相澤雅雄 『歴史の舞台を歩く 横浜・緑区』 昭和書院、1991年、90-91頁。
  10. ^ 新編武蔵風土記稿 巻之88 都筑郡之8”. 2018年4月11日閲覧。
  11. ^ a b 港北区郷土史編さん刊行委員会/編 『港北区史』 港北区郷土史編さん刊行委員会、1986年、817-822頁。
  12. ^ 横浜市教育委員会社会教育部文化財課/編 『横浜の文化財 第1集 横浜市指定・登録文化財編』 横浜市教育委員会社会教育部文化財課、1990年
  13. ^ 伊藤宏見「印融法印について 上」、『六大新報』第2964号、1970年、 2-3頁。
  14. ^ a b 『中世よこはまの学僧印融 特別展 戦国に生きた真言密教僧の足跡』 横浜市歴史博物館、1997年、219頁。
  15. ^ 熊原政男「鳥山三会寺の三宝院法流について(一)」、『金沢文庫研究』第72号、神奈川県立金沢文庫、1961年、 21頁。
  16. ^ a b 国・神奈川県および横浜市指定・登録文化財目録”. 2018年4月11日閲覧。
  17. ^ 東光寺の歴史|埼玉県入間市の真言宗豊山派・法栄山/東光寺”. 2018年4月15日閲覧。
  18. ^ 岩沢滝蔵 『横浜市緑区小山町郷土誌稿』 緑区小山町自治会、1981年、100頁。
  19. ^ 横浜市 緑区 久保谷戸 お滝様”. 2018年4月14日閲覧。
  20. ^ 横浜市 緑区 恩田川の念仏橋跡”. 2018年4月11日閲覧。
  21. ^ 横田光雄「印融の文筆活動」、『日本歴史』第595号、吉川弘文館、1997年12月、 16-31頁。
  22. ^ 佐伯真光「港北区が生んだ最大の学者印融」、『月例講話集 第三輯 仏教思想と信仰』、大倉精神文化研究所、1990年、 22頁。
  23. ^ 1552_悉曇問答(釈迦文院) :: 東文研アーカイブデータベース”. 2018年4月11日閲覧。
  24. ^ 神奈川県立金沢文庫/編 『もうひとつの鎌倉文化 金沢龍華寺の聖教と秘宝』 神奈川県立金沢文庫、2011年、2-6頁。
  25. ^ 新編武蔵風土記稿 巻之88 都筑郡之8”. 2018年4月11日閲覧。
  26. ^ 新編武蔵風土記稿 巻之68 橘樹郡之11”. 2018年4月11日閲覧。
  27. ^ 当院の紹介|高野山 無量光院”. 2018年4月11日閲覧。
  28. ^ 新編武蔵風土記稿 巻之114 多磨郡之26”. 2018年4月11日閲覧。
  29. ^ 即清寺”. 2018年4月11日閲覧。
  30. ^ 新編武蔵風土記稿 巻之142 足立郡之8”. 2018年4月11日閲覧。
  31. ^ 新編武蔵風土記稿 巻之160 入間郡之5”. 2018年4月11日閲覧。
  32. ^ 埼玉県入間市の真言宗豊山派・法栄山/東光寺/トップページ”. 2018年4月11日閲覧。
  33. ^ a b 『中世よこはまの学僧印融 特別展 戦国に生きた真言密教僧の足跡』 横浜市歴史博物館、1997年、299-300頁。
  34. ^ 錫杖寺 公式サイト”. 2018年4月13日閲覧。
  35. ^ 横浜市文化財研究調査会/編 『横浜市文化財調査報告書 第9輯 仏像彫刻資料集』 横浜市文化財研究調査会、1976年、3頁。

参考文献[編集]

  • 伊藤宏見 『印融法印の研究 伝記篇 上』 伊藤宏見、1970年
  • 伊藤宏見 『印融法印の研究 伝記篇 下』 伊藤宏見、1971年

外部リンク[編集]