加藤慎平

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加藤 慎平
Shinpei Katou
Cycling (road) pictogram.svg
個人情報
本名 加藤 慎平
かとう しんぺい
愛称 シンペー
生年月日 (1978-05-18) 1978年5月18日(39歳)
国籍 日本の旗 日本
身長 179cm
体重 81kg
チーム情報
所属 日本競輪選手会岐阜支部
期別 81期
分野 競輪
役割 選手
特徴 追い込み・捲り
アマ所属チーム
1994-1997
岐阜県立岐南工業高等学校
プロ所属チーム
1998-
日本競輪選手会岐阜支部
主要レース勝利
KEIRINグランプリ 2005
全日本選抜競輪 2005
東西王座決定戦 2009
新人王 2000
S級S班 2010 - 2011
最終更新日
2010年12月27日

加藤 慎平(かとう しんぺい、1978年5月18日 - )は、日本競輪選手である。日本競輪学校第81期卒業。岐阜県羽島郡岐南町出身。日本競輪選手会岐阜支部所属。初出走は1998年8月13日名古屋競輪場。初勝利も同レース。血液型O。

戦績[編集]

岐阜県立岐南工業高等学校を経て日本競輪学校に入学。

デビュー後の2000年には、最後の開催となった全日本新人王戦を優勝。

その後、自力を主体としつつも、メンバー構成や展開次第によってはマークにも転じるといった変幻自在な脚質を武器に、2004年の岐阜記念完全優勝などを足がかりとして、同年年末から2005年年初にかけて10連勝を達成。この勢いを1月の競輪祭にも結びつけ、決勝で2着と健闘。同年12月に行われた第21回読売新聞社杯全日本選抜競輪岸和田競輪場)決勝において、小嶋敬二マークから直線抜け出し、初のGI制覇。さらに同月30日のKEIRINグランプリ平塚競輪場)では、4角付近で逃げる武田豊樹後位の神山雄一郎を競り飛ばし、直線で鮮やかに抜け出し優勝(歴代14人目)。同年の賞金王に輝いた。

これら一連の実績から、新しい中部の司令塔としてマーク主体の競走へとシフトしていくようになる。

2009年2月に高松競輪場で開催された東西王座戦で初のGII勝利を果たして新人王(ヤンググランプリ)を含む全グレードカテゴリーでの優勝という偉業を成し遂げる。3月には岸和田競輪場で開催された日本選手権競輪の決勝で微差の2着となったが、これらによる年間獲得賞金上位でKEIRINグランプリ09への出場を決定させ、これにより2010年はS級S班格付となり2011年まで維持した。

主な獲得タイトルと記録[編集]

競走スタイル[編集]

デビュー当時は逃げの戦法で活躍していたが、上位陣と対決するため「逃げ」を事実上封印して捲りや追込の戦法に切り換えており、追い込みタイプの自在型選手として活躍している。

天才的な感覚で走るタイプであり勝つ時は非常に鮮やかなのだがムラっ気が強く負ける時は恐ろしいほどあっさり負ける典型的な気分屋レーサーである。

現在は慢性的な腰痛と戦っており体調を見ながらの出走となる為トップ選手としてはレース出走本数がかなり少ない。

エピソード[編集]

  • 弟子には不破将登がいる。
  • 同期の熊本合志正臣や同級生の佐賀荒井崇博と仲がいい。
  • 2008年北京五輪ケイリン銅メダリストの永井清史は、加藤が立ち上げた道場「闘心會」の門下生である。永井の銅メダル獲得までの加藤との歩みは日本テレビでドキュメンタリー番組が放送された。
  • 解説には定評があり、知識が豊富で非常に弁が立つためTV出演やゲスト解説(共演した坂上忍に「喋りがうまい」と驚かれる程)に多数起用されている。
  • 競輪界イチのコラムニストでもあり新聞、雑誌の連載も多数持っている。
  • 音楽(ロック)好きでサマーソニックで毎年行われるエアギター日本選手権で何度も審査員を務めた。
  • アイドルにも精通しておりSKE48の話になると信じられないほどの知識と熱さで語る事も有名でTVでも特集された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]