KEIRINグランプリ'88
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| 立川競輪場 | |||
| 周長:400m みなし直線:58.0m | |||
| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
| 開催日 | 1988年12月30日(金) | ||
| レース結果 | |||
| 優勝 | [7] 井上茂徳(2回目) | (佐賀) | |
| 2位 | [2] 山口健治 | (東京) | |
| 3位 | [1] 滝澤正光 | (千葉) | |
← 1987 立川 | |||
KEIRINグランプリ'88(けいりんぐらんぷりはちじゅうはち)は1988年12月30日に立川競輪場で開催されたKEIRINグランプリである。優勝賞金1700万円[1]。
出場選手
[編集]| 車番 | 選手 | 登録地 |
|---|---|---|
| 1 | 滝澤正光 | 千葉 |
| 2 | 山口健治 | 東京 |
| 3 | 中野浩一 | 福岡 |
| 4 | 佐々木昭彦 | 佐賀 |
| 5 | 坂本勉 | 青森 |
| 6 | 佐古雅俊 | 広島 |
| 7 | 井上茂徳 | 佐賀 |
| 8 | 本田晴美 | 岡山 |
| 9 | 馬場進 | 千葉 |
- 誘導員 - 恩田繁雄
競走内容
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
競走結果
[編集]| 着順 | 選手 | 決まり手 |
|---|---|---|
| 1 | 井上茂徳 | 差 |
| 2 | 山口健治 | 差 |
| 3 | 滝澤正光 | |
| 4 | 佐々木昭彦 | |
| 5 | 中野浩一 | |
| 6 | 佐古雅俊 | |
| 7 | 坂本勉 | |
| 8 | 馬場進 | |
| 9 | 本田晴美 |
配当金額
[編集]| 枠単 | 5-2 | 2,710円 |
エピソード
[編集]- 当年のレースは、当初は甲子園競輪場での開催が決定していたが、当年夏頃に開催返上の申し入れがあり、立川競輪場がその代替地として引き受けることになった。
- 翌年のKEIRINグランプリ'89は中止となったが、実際にはこの大会でもあわや中止という危機に陥っており、中止は直前で回避されている(競輪五十年史より)。
- 当時、選手会が日本自転車振興会(以下日自振、現在のJKA)に対し、(1)競輪選手は4150人を適正数にされたい。(2)KPK以降の3層9班制の早期見直しを求める。(3)競輪学校への年間入学者を150人にされたい。…という要求を付き付けた。選手会側は、この要求が飲めなければグランプリでの誘導員斡旋を拒否する、という強硬姿勢に出たが、最終的にグランプリ開催当日の朝6時、日自振が(3)を飲むことで決着した。(3)については、「新陳代謝による活性化」を狙う日自振(当時の日自振としては、競輪学校入学者は年間200人と考えていた)と、「現役選手の大量リストラに繋がる」という選手会との対立にあった。
- 当レースの売上は、57億7382万9600円。目標の45億円を大幅に突破した。
- 当レース終了後の賞金獲得ランキング上位3名は、滝澤正光(1位)、井上茂徳(2位)、中野浩一(3位)となったが、いずれも年間獲得賞金額は1億円を突破。年間に3人も1億円突破者が出たのは競輪史上初のことであった。
- 出場選手のうち佐古雅俊はのち現役最年長選手となり、還暦を過ぎて63歳となった2023年6月まで現役を続けた。
脚注
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 立川競輪WebサイトのKEIRINグランプリ優勝者一覧(立川競輪場で開催されたレースのみ、過去のKEIRINグランプリの動画が配信されている。)