警察
警察(けいさつ、仏: Police, 独: Polizei)とは、軍隊と並ぶ国家の実力組織であり、権力行使を以て国家の治安を維持する行政作用及びその主体をいい、社会の安全や秩序を守る責任を課された行政機関である。
語源
「police」という語は、18世紀にフランスで新たに生み出されたものであり、語源は古代ギリシア語の秩序ある人々・都市国家を意味するポリスに由来する。
漢字の「警察」は基本機能の警邏や警戒の「警」の字および査察の「察」の字を合成した合成語であり、日本で明治時代の制度導入時に造られ、その後漢字文化圏に伝播した。
警察権
警察権は社会や公共の秩序を維持するために国民に対し命令や強制を加える公権力のことである[1]。国家における警察権とは一般にはドイツにおいて18世紀および19世紀前半にあらわれた権力形態を指し、非立憲的かつ前産業的な国家形態のうち、その行政部分を取り上げてとくに警察国家と呼ばれる。警察国家は法治国家の対語として用いられ、内容的に不確定な「警察権(ius politiae)」に基礎をおいた行政執行が、合目的性には従うものの格別法的な形式や法的原則に服していなかったことに特徴がある。国家を統治するための高権と人民との間には事実的な権力関係が存在し、司法や行政の名目上の区別にもかかわらず法学上の根拠をもたないため行政法や行政法学ではなく、法学上の分野としては成立しえない「警察学」により統治される。19世紀の中葉にはドイツ社会や政治理念、憲法構造の革命により警察は行政法に、警察学は行政法学にとって換わられた[2]。警察権の行使については警察公共の原則、警察責任の原則、警察比例の原則、警察消極の原則の4原則があるとされる[1]。
警察公共の原則
警察権は公共の秩序と安寧を維持するという消極目的のためのみに発動することができる。私生活不可侵、私住所不可侵、民事不介入を原則とする。
警察責任の原則
警察権は警察違反の状態にあるとき、警察責任を有する者に対してのみ発動することができる。
警察比例の原則
警察権の発動は、除去すべき障害に対比して社会通念上相当であるということができる範囲でのみ発動することができる。
警察消極の原則
警察権は、公共の秩序と安寧の維持、これらに対する障害の未然防止および既然の鎮圧といった消極的な目的のみ発動されるのであり、その限界を踰越した積極的作用は違法である。
歴史
古代、治安維持の多くに責任を持っていたのは軍隊であった[3]。ただし、古代ローマでは、ローマに軍事目的で使用されない警察「ウィギレス(Vigiles)」が設置されていた[4]。そのほかの諸都市は治安が悪かったといわれる[5]。ノルマン・コンクエスト以降のイングランドでは、公共秩序を担う制度として、constableに指揮されるtishingが存在したが、多くの場合は、地方の領主や貴族が自分の領地の秩序維持に責任を負うことで、警察活動を担う(しばしば無給の)constableを任命した。
近代になり、軍事、治安維持(警察)ともに専門性が高まってくると、軍が軍事、警察を共管することは効率的でないと判断されるようになり、軍事と治安維持を分離する傾向が見られ始めた。
警察は軍から分化した組織であるが、現代において警察と軍とが分化していない例は、国家憲兵制度などに見られる。
機能
警察の機能には三つの基本的な部門に分類することが考えられる。第一に犯罪の予防や治安の維持などの行政警察活動を行う一般予防部門であり、第二に既に起こった犯罪の捜査や犯人逮捕などの司法警察活動を行う犯罪捜査部門である。日本の警察活動ではこの両者が区別されている。第三に反政府活動や暴動・騒擾の調査や警戒、防諜などの公安警察活動を行う特別部門がある[6]。
また警察の機能には通常の警察力で対処が困難な暴動や騒擾などを鎮圧することを目的とする治安警察活動を行うものもあるが、これは行政警察活動に含まれる。
犯罪の予防
一般に防犯と呼ばれる機能であり、直接的には制服警察官あるいはパトロールカーの姿を見せることにより、犯罪の発生を未然に防止するものである。さらには警察官による学校、自治体などに対する防犯指導を通じ、市民の防犯意識を高める機能も担っている。
犯罪の捜査
予防に失敗した場合、警察の中でも犯罪捜査部門の部署が対処することになる。主に構成員は私服の刑事警察官であり、犯罪捜査によって得られた証拠に基づいて犯人を特定し、妥当な場合にはこれを逮捕して出廷させることを業務とする。手続きの上では重大事件が発生した場合には刑事でない警察官が犯罪現場を確保して捜査資料を保全した後、刑事部門に通報することとなっている[7]。
各国の警察
各国の警察については以下の項目を参照されたい。記述量・情報量の多い国は別ページに詳述を、そうでないものはこの節において全てを述べる。
ヨーロッパ
アイルランド
アイルランドの警察はアイルランド語での正式名称をGarda Síochána na hÉireann("アイルランド市民の守護者")と言い、1922年に設立された。本部はダブリン市内フェニックス・パーク、警察学校はティペラリー県にある。特殊部隊を除く11,450人(2000年)の警察官は拳銃等武器を所持していない。警察長官から順に警察長官補佐、次官補、警視長、警視、検査官、巡査部長、巡査 (Garda)。国を6つの地方に分け、それぞれが各地域司令組織 (Regional Command Structure) の管轄下に置かれている。1989年アイルランドの警官は初の国連平和維持活動としてナミビアへ派遣され、その後アンゴラ、カンボジア、モザンビーク、東ティモール等で活動を展開している。
イギリス
イタリア
ドイツ
ドイツの警察は連邦レベル、州レベル、地区レベルの3段階の警察機構が存在する。連邦レベルの警察としては、連邦警察 (BPOL) と連邦刑事局 (BKA) がある。連邦警察の下に対テロ部隊のGSG-9が存在している。連邦刑事局は州をまたがる犯罪の捜査や重要事件の捜査を指揮する。通常の警察業務に関しては、それぞれの州の地方警察の仕事である。犯罪捜査に関しては、それぞれの州に存在する刑事警察が行うが、州によりこの刑事警察が地方警察の一部門である場合と、全く異なる場合が存在する。地区や大都市レベルの警察は過去に存在したが、地方警察との再編が行われ、現在では、一部の都市に非武装の治安維持組織が存在する。
フランス
フランスでは主に2つの法執行機関が警察の業務を担当している。国家警察はパリや人口1万人以上の都市部で警察活動を行い、国家憲兵隊は地方や小さな町などを担当する。その他の国々、とくに旧フランス植民地諸国ではフランスと類似した警察制度を採用している。
アジア
日本
日本の警察は、警察法や刑事訴訟法、警察官職務執行法で定められたところによる活動を行う。それは具体的に、個人の生命、身体及び財産の保護と、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締りやその他公共の安全と秩序の維持のための活動である。
中華人民共和国
中華人民共和国の警察は民事事件に介入することができ、小規模な民事の争いを仲裁・解決する機能を持っている。警察官による仲裁によって当事者が合意した場合、当事者は合意内容を遵守しなければならない。
香港
香港の警察は香港特別行政区政府保安局の管轄下の香港警務処が香港警察を統括している。
マカオ
マカオの警察は澳門特別行政區政府保安司の管轄下の部門。
中華民国
大韓民国
モンゴル
タイ王国
イラク
アフガニスタン
北アメリカ
アメリカ合衆国
アメリカが連邦制であることに加え、自治の権限が高いことからアメリカの警察組織は細分化され、連邦・州・郡・市町村の各政府が、財政状態さえ許せば独自の組織を対象とする管轄(多くは行政区画)ごとに設置できる。なお、「州」は日本の都道府県と異なり、個々に憲法が制定され最高裁判所まで設置されているなど一国にほぼ相当する。
警察以外にも警察活動を行う法執行機関が非常に多く、総員1名のタウンマーシャルのようなものから約3万8千名の警察官を擁するニューヨーク市警察まで、法執行機関の数は2万前後あるとも言われ、都市部では法執行官でさえ自分の管轄内に知らない法執行機関があるほど複雑である。
全米に約74万人いる法執行官のうち、12%前後が女性である。終身雇用が基本の日本の警察官と異なり、実力主義の慣習は法執行機関でも例外でなく、キャリア制度は存在せず、本部長級を含め、より良い条件を求めて他組織へ転籍する法執行官もいる。
カナダ
南アメリカ
コスタリカ
チリ
チリ警察は、カラビネーロス・デ・チレ (Carabineros de Chile) と呼ばれている。いわゆる警察軍であり、形式上は国防省指揮下の第4の軍とされているが、平時は事実上内務省の指揮下にある。また、カラビネーロスの他に捜査警察 (Policía de Investigaciones de Chile)、あるいは略称からピッチ (PICH) と呼ばれる文民警察も存在する。
ブラジル
ブラジルの警察は、それぞれの責任・権限に基づき連邦、州などが組織・運営している[8]。
連邦政府は、連邦警察(Polícia Federal)、連邦高速道路警察(Polícia Rodoviária Federal)、連邦鉄道警察(Polícia Ferroviária Federal)、国家公安部隊(Força Nacional de Segurança Pública)などの機関を擁することで、麻薬、密入国等取締り及びテロ対策などを担当している[8]。州政府が責任を有する警察業務は、パトロールなどを軍警察(Polícia Militar)が行い、犯罪捜査などはPolícia Civil(文民警察[8]もしくは市民警察[9])が行う[8]。Guarda Municipal(市警[8]、市郡警備隊[10])は、市の施設保護などを担当する[10]。
軍警察は、平時は州知事の指揮下にあり[8]、軍における各憲兵隊(陸: Polícia do Exército、海: Polícia da Marinha、空: Polícia da Aeronaútica)と別の組織である。
俗語として
俗語として、直前に分野などの名称を付した「○○警察」という表現がある。2010年代に広まった用法とされ[11]、numanの記事(2017年)やねとらぼの記事(2018年)では、フィクションの作品における表現に対して、実際のものと異なる点を細かく指摘して批判する者を、取り締まりを行う警察にたとえたネットスラングとされている[12][13]。2020年のizaの記事や三省堂国語辞典の編集委員飯間浩明の語釈では、おおむね同様の説明となっているが対象はフィクションに限定されておらず[14][11]、飯間は用例として「マナー警察」をあげている[11]。なお英語においてもgrammar police[15]やfashion police[16]のように、取り締まりを行う警察にたとえた表現が見られる。
三省堂のウェブサイトでは、言語学者田中克彦の著書『ことばと国家』(1981年)に見える「言語警察制度」をあげて「ルール違反を許さないことを『警察』と呼ぶ例」は以前から存在したとし、「ここ10年ほどで使用例が増えたものの、最近までマイナーな印象」であったが、新型コロナウイルスの流行時に生じた「自粛警察」や「マスク警察」などによって、俗語が一般にまで広まったとしている[17]。
2012年6月26日、Kotaku JAPANに作家N・K・ジェミシンによるコラムの訳文が掲載された。そこではファンタジーにおける魔法の法則や整合性に固執し、他者の作品を非難する人々が「ファンタジー警察」(原文ではFantasy Police)と呼ばれ論難されている[18]。
2013年、創作の場を「東方Project」から「艦隊これくしょん -艦これ-」に移した同人作家を特定し、糾弾しようとする一派が「東方警察」であるとされた[19](ただし「ネタ説が濃厚」でそのような実態はなかったとされる[13])。ねとらぼではこれが「○○警察」の起源であり、のちに現在の用法へ変化したと説明している[13]。なお当時の東京ブレイキングニュースの記事では、Twitterで噂されるグループとして言及され、同人作家への脅迫もあったとされていた[19]。
2015年には、同年に放送された「艦隊これくしょん」のテレビアニメ作中の表現に対し、現実の弓道とは異なると経験者がSNS上で指摘し「弓道警察」として話題になった[13]。numanの記事では「ファンを激昂させた」とされており、izaの記事においても「反発を招いた」としている[14]。またizaではこの一件が「○○警察」の発端であるとしている[14]。
2020年には、新型コロナウイルスの流行に関連して「自粛警察」と呼ばれる迷惑行為が多発し、ワイドショーなどでも取り上げられた[14]。そして同年11月30日に発表された「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2020』」では「○○警察」が2位にランクインした[20][21]。選考結果サイトでは三省堂国語辞典の編集委員・飯間浩明による語釈が掲載されている[22]。
○○警察という表現は中国にも見られる。「的」「地」「得」は中国語で同じ発音(de)だが、それらを混同している人にわざわざ指摘する人を「的地得警察」と呼ぶ。同様に、「
脚注
注釈
出典
- ^ a b 警察権 - 平凡社マイペディア
- ^ 佐藤立夫「ペーター・バドゥーラ 自由主義的法治国家の行政法 - 行政法学の成立に関する方法論的考察」『比較法学』第15巻第1号、早稲田大学、125-157頁、NAID 110000313138。
- ^ 菊池良生 2010, p. 37.
- ^ 菊池良生 2010, p. 32-34.
- ^ 菊池良生 2010, p. 34-36.
- ^ フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際百科事典 1-20』(ティービーエス・ブリタニカ、1972年)第6巻383項、警察の項の機能についての記述を参考。
- ^ フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際百科事典 1-20』(ティービーエス・ブリタニカ、1972年)第6巻384項、警察の項の犯罪捜査部門についての記述を参考。
- ^ a b c d e f 現代ブラジル事典 2016, p. 54.
- ^ 現代ブラジル事典 2016, p. 142.
- ^ a b 矢谷通朗、「第V編 国家及び民主主義制度の擁護について」『ブラジル連邦共和国憲法 : 1988年』経済協力シリーズ, 1991年 No.151 p.139-144, ISBN 9784258091546, アジア経済研究所。
- ^ a b c “「今年の新語2020」ベスト10|三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2020」” (jp). dictionary.sanseido-publ.co.jp. 2020年12月1日閲覧。
- ^ “○○警察(○○けいさつ)”. numan. 2020年12月1日閲覧。
- ^ a b c d “うわ、来ちゃったよ…… ネットにはびこる指摘したがり「○○警察」とは”. ねとらぼ. 2020年12月1日閲覧。
- ^ a b c d INC, SANKEI DIGITAL (2020年5月8日). “「自粛警察」はヒーロー? アニメ系ネットスラングが変化か、一部で誤解も:イザ!”. イザ!. 2020年12月1日閲覧。
- ^ “grammar policeとは”. 英辞郎 on the WEB. 2020年12月3日閲覧。
- ^ “fashion policeとは”. 英辞郎 on the WEB. 2020年12月3日閲覧。
- ^ “「今年の新語 2020」の選評 3. コロナで全国区「○○警察」”. 三省堂. 2020年12月3日閲覧。
- ^ 魔法にシステムは必要か ― 西洋ファンタジー界に起こりつつある異変 - ウェイバックマシン(2012年6月26日アーカイブ分)
- ^ a b “冬コミ直前リポート:黒バスの次に狙われた「艦これ」脅迫の陰湿なコミケ事情”. ニコニコニュース. 2020年12月2日閲覧。
- ^ “新語大賞は「ぴえん」 ベスト10に「密」「リモート」:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年12月1日閲覧。
- ^ “今年の“新語”大賞は「ぴえん」 新型コロナ関連のワードも続々トップ10入り|ORICON NEWS|Web東奥”. Web東奥. 2020年12月1日閲覧。
- ^ “「今年の新語2020」ベスト10”. 三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2020」. 三省堂. 2020年12月1日閲覧。
- ^ “的地得警察是什么意思-微商人货源网”. www.wwssr.com. 2020年12月5日閲覧。
- ^ “障がい者は感情的になりすぎ? それ論点のすり替えです。トーン・ポリシング(話し方の取り締まり)をすべきでない理由 | ミルマガジン”. mbit.co.jp (2020年3月2日). 2020年12月16日閲覧。
- ^ “トーンポリシングの意味は何か?「保育園落ちた日本死ね」等シチュエーション別に解説”. ビジネス+IT. 2020年12月16日閲覧。
参考文献
- 菊池良生『警察の誕生』集英社〈集英社新書〉、2010年。ISBN 978-4087205718。
- ブラジル日本商工会議所 編『現代ブラジル事典』(新)新評論、2016年。ISBN 978-4794810335。