自衛隊南スーダン派遣

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コミュニティ道路を整備する陸上自衛隊(2013年4月、ジュバ市ナバリ地区)
警戒に当たる軽装甲機動車

自衛隊南スーダン派遣(じえいたいみなみスーダンはけん)は、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への、自衛隊法第84条の4第2項第4号及び国際平和協力法に基づく自衛隊海外派遣

現地の治安と衛生状態[編集]

包括的和平合意(en:Comprehensive Peace Agreement (CPA) )後の治安状況は改善傾向にあるものの、南スーダン共和国北部の上ナイル州ジョングレイ州及びユニティ州を中心として、2010年4月に実施された選挙結果に不満を持つスーダン人民解放運動/軍の分派組織である「スーダン人民解放運動・北」(SPLM・N)が反乱活動を行っている。また南スーダン共和国西部の西エクアトリア州では、ウガンダ系民兵組織の「神の抵抗軍」(LRA)が散発的な略奪等を行っており、特に中央アフリカ及びコンゴ民主共和国との国境付近の治安が不安定となっている。さらに南スーダン共和国全般において、家畜をめぐる各民族間の争いが散発的に発生している。

自衛隊の参加が検討された際に、防衛省は現地の治安を不安視していたが、国連平和維持活動(PKO)参加を外交カードとしたい外務省が押し切った経緯がある[1]

独立したばかりの南スーダンでは、道路はほとんどが未整備で、部族間の抗争も頻発しており、マラリアなどの病気の危険も高い。テレビ朝日は、これまでの自衛隊のPKO活動の中でも最も過酷と紹介している[2]

経緯[編集]

2011年[編集]

7月8日に国連安保理において、南スーダン独立後の「地域の平和と安全の定着」及び「南スーダン共和国の発展のための環境構築の支援等」を任務とする国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)を設けることを定めた決議第1996号が全会一致で採択された[3]。翌7月9日に南スーダン共和国がスーダン共和国から独立したことを受け、UNMISSが設立された。野田佳彦内閣総理大臣は潘基文国連事務総長と9月21日に会談を行なった。野田首相は国連総会演説において、UNMISSに司令部要員として自衛官を派遣する準備を進めており、施設部隊の派遣の可否は現地調査を行った上で結論を出すと表明した[3]

9月22日に一川保夫防衛大臣は防衛会議を開催し、司令部要員の派遣準備を指示した[4]。11月1日午前に開かれた閣議において、UNMISSへの陸上自衛隊施設部隊の派遣準備を申し合わせた。午後に開かれた防衛会議で防衛大臣から施設部隊の派遣準備が指示され[5]、さらに11月15日に南スーダンにおける平和維持活動への参加と、その実施計画及び関係政令が閣議決定された[6]。さらに、UNMISS司令部へ自衛官を派遣することが閣議決定される[7]。司令部要員2名(兵站幕僚及び情報幕僚)が11月28日に日本を出発した[8]。12月20日に実施計画が変更され、「南スーダン国際平和協力業務の実施に関する自衛隊行動命令」が発出された[9][10]

2012年[編集]

  • 1月7日 - 現地支援調整所要員など派遣隊員約240人が出席し、隊旗授与式が防衛省で行われた[11]
  • 1月11日 - 南スーダン国際平和協力隊現地支援調整所の先遣要員5名が出国した[12]
  • 1月13日 - 南スーダン国際平和協力隊が現地で使用する資器材等(大型トラックや水タンク車、糧食、天幕等)の空輸のためアントノフAn-124がチャーターされ13日夜に成田空港を出発し翌14日にウガンダのエンテベ国際空港に到着した。宿営用の天幕や食料は別の中型貨物機に移し替え、16日午前、ジュバ国際空港に到着した。車両などは大型トレーラーを使ってエンテベ空港からジュバに向け陸路を使い輸送された[13]
  • 1月14日 - 南スーダン国際平和協力隊の陸上自衛隊の現地支援調整所要員と派遣施設隊先遣隊の隊員の計34人が成田空港を出発し翌15日に現地に到着した。この内、現地支援調整所の南スーダン首都ジュバの本部要員として10名及び派遣施設隊先遣隊として13名の計23名はジュバに到着、残りの11名は現地支援調整所のウガンダ班として隣国のウガンダのエンテベ空港に到着した[13]
  • 1月15日 - 調整所先遣要員は15日に現地入り後、直ちに支援調整所を立ち上げ、国連や関係機関との調整を開始した。また調整所先遣要員、施設部隊先遣隊の両隊員は、宿営用の天幕や食料の受け入れ業務を開始した[14]
  • 1月19日 - エンテベ国際空港から大型トレーラーで運ばれてきた陸自車両(トラック、水タンク車など)がジュバに到着した[14]
  • 1月21日 - 油圧ショベルなどの重機を搭載してアントノフAn-124が成田空港を出発した。24日、エンテベ国際空港に到着した。その後エンテベ国際空港から陸路を使いジュバに向け輸送が開始された[14]
    • 1月26日 - 陸自派遣施設隊が使用する資器材や装備品等を搭載したC-130H輸送機1機(南スーダン空輸隊長・狗田将明2空佐以下約20人)が小牧基地を出発し、同30日、ジュバに到着した[15]
  • 1月28日 - 施設部隊の1次隊の先発主力の約40名の隊員が、1月28日に成田空港を出発、翌日29日にジュバに到着した。先遣隊と共に、資機材の受け入れなど宿営地の準備を開始[15]。また宿営予定地では、施設隊が天幕生活を開始した[16]
  • 2月1日 - 施設部隊がジュバの宿営予定地の整地を開始[17]
  • 2月6日 - 司令部要員1名(施設幕僚)が出国した[16]
  • 2月21日 - 1次隊の主力となる、中央即応連隊の約100人を含む約120人がC-130でジュバ空港に到着した[18]。総員は203名となり、宿営地の建設が本格化する[19]
  • 3月25日 - 3月22日に岩見沢駐屯地所属の、北部方面施設隊第12施設群第337施設中隊の34名が駐屯地を出発[20]、25日に空路で首都ジュバに入り、1次隊に加わった。これで、1次隊の全員が現地入りした。4月上旬より、ジュバ市内で道路工事などを実施する予定である[21]

4月2日に施設部隊は首都ジュバ市内で道路工事を開始した[22]

2012年4月に南スーダン・スーダン国境紛争が発生し、田中直紀防衛大臣は現地調査を指示した。2次隊の派遣時期が遅れると、既に派遣済みの1次隊が現地に長期滞在することとなってしまい、隊員の士気や健康に悪影響を及ぼすおそれがあったが、岩崎茂統合幕僚長は「任務に影響はない」としている[23]。2012年5月1日に、防衛省による調査団が派遣された[24]。5月10日に藤村官房長官と玄葉光一郎外相、田中防衛相は、「南北スーダン間の軍事的緊張は限定的であり、PKO参加5原則は崩れていない」として、予定通りに2次隊を派遣することを決定した[25][26]

2次施設部隊の先発隊となる陸自隊員23人は6月1日に成田空港を出発し[27]。6月3日に南スーダン首都ジュバに到着した[28]、1次施設部隊の約60人は。6月11日に帰国の途につき、羽田空港に到着した[29]

6月23日に北部方面隊に所属する第11旅団などからなる約110人の部隊が首都ジュバに到着し、2次隊は全員が現地入りした[30]。2月から南スーダンで活動していた中央即応連隊を中心とした1次隊の隊員約100人は6月24日に帰国し、宇都宮駐屯地において出迎え式が開かれた[31]

7月5日に国連安保理決議においてUNMISSの活動期間が1年間延長された。日本政府はこれを受けて10月16日の閣議において自衛隊の南スーダンへの派遣を2013年の10月末までに延長することを決定した。[32]

7月26日に南スーダン国際平和協力隊の第1次隊に対して特別賞状、第1次派遣施設隊長の坂間2陸佐に第1級賞詞が授与された[33]

11月15日に防衛省は、第3次隊の派遣計画概要を発表した。総員は約330名で、11月21日、12月3日、12月17日の3回に分けて日本を出国する[34]。11月21日に防衛省は、国際連合南スーダン派遣団司令部に陸上自衛官2名(情報幕僚一等陸佐1名、兵站幕僚三等陸佐1名)を派遣すると発表した[35]

2013年[編集]

現地の児童と交流する自衛官

1月17日に防衛省は、国際連合南スーダン派遣団司令部に陸上自衛官一名(三等陸佐施設幕僚)の派遣することを発表した。要員は19日に日本を出国した[36]。3月15日にユニセフ親善大使をつとめる黒柳徹子が、自衛隊の南スーダン派遣施設隊を訪問、視察し、自衛隊員と懇談、激励している[37]

小郡駐屯地の隊員約40名が、5月26日に施設隊第4次隊の先遣部隊として出発した[38]第23回参議院議員通常選挙の投票に際して、南スーダンへの派遣要員を含む海外派遣自衛官約910人は、7月19日までに不在者投票を済ませている[39]。 10月4日に内閣府は、自衛隊の派遣期間を2014年10月末まで再延長することを決定した。部隊の人員を330人から410人に増やすことも決定された[40]。この方針は、10月15日の閣議で正式に決定した[41]

内戦の発生と韓国軍部隊への銃弾提供[編集]

2013年12月15日に首都ジュバにおいてクーデター未遂事件が発生した。戦闘は北部地域を中心として内戦に拡大しており、小野寺五典防衛相はジュバにおいて活動していた施設部隊に対して駐屯施設外でのインフラ整備活動の中断を命令した。部隊は施設に集まっている避難民への医療・給水支援活動に切り替えている[42][43]

12月21日夜になり、ジョングレイ州州都のボルを拠点として活動している韓国軍部隊の部隊長から自衛隊部隊長の井川賢一1等陸佐に連絡があり、戦闘がボル周辺に近づき避難民が施設周辺に集まっている状況で弾薬が不足しているため5.56x45mm NATO弾を提供するよう差し迫った要請があった[44]。韓国政府は国連に対して弾薬提供を打診し、国連は日本政府へ打診を行なった。日本は武器輸出三原則に基づきPKO活動における他国部隊への武器の提供を禁止しているが、安倍晋三総理大臣23日に開催した国家安全保障会議において、「一刻を争う緊急事態であり、緊急性と人道性が極めて高いこと」を理由として三原則の例外措置として実施することを決定し、同日夜に1万発の銃弾が韓国軍部隊に提供された。PKO協力法に基いて他国に武器弾薬が提供されるのは、これが初めてである[45]

政府は過去の国会答弁において、「PKO活動において仮に国連から弾薬の提供の要請があっても断る」と説明しており、共産党市田忠義書記局長、生活の党鈴木克昌幹事長、社民党吉田忠智党首は政府の対応を批判した[46]。韓国国内では、安倍晋三首相が提唱する集団的自衛権行使に関する憲法判断見直しを後押しするものだとして日本政府と韓国政府への批判が発生した。韓国政府は批判を躱すため「支援は国連から受けた」としていたが、後になって「国連に要請、その回答を受け自衛隊に要請した」とコメントを修正した[47]

高まる批判を受けて韓国政府は銃弾の返却を決め、1月16日に陸自側に引き渡された。韓国側からの謝意の表明はなく、小野寺五典防衛相は提供時に現地の韓国軍部隊長が表した感謝の言葉のみで十分であるとコメントした[48]

2014年[編集]

内戦の発生を受けて国連はUNMISSの戦闘部隊を増強することを決定し、パキスタンバングラデシュネパールなどが部隊の派遣を了承した。要員および装甲車などの装備の輸送について、国連はアメリカやNATOの大型輸送機で一旦ウガンダエンテベ国際空港へ運び、そこから自衛隊のC-130輸送機でジュバ空港へ向かう計画を立て日本政府に支援を要請したが、日本政府では自衛隊が他国の武力行使と一体化し憲法違反となる恐れがあるとしてこれを拒否した。1月14日に菅義偉官房長官は「国連南スーダンミッションへの航空輸送支援の打診があったことは事実」であるが、「政府部内で各国の対応状況や実施時期、法的側面などを総合的に検討した結果、今回の支援要請については慎重に対応するようにした」とコメントした[49][50]

2014年5月8日、小野寺五典防衛大臣はジュバを訪問し、自衛隊の活動を視察した。現職閣僚が南スーダンの活動を視察するのは初めてとなる[51]

司令部等要員の任務及び規模[編集]

  • UNMISS軍事部門司令部における兵站全般の需要に関する部内の調整に関する業務(兵站幕僚の任務)1名
  • UNMISS統合ミッション分析センターにおけるデータベースの保守管理に関する業務(情報幕僚の任務)1名
  • UNMISSミッション支援部におけるUNMISSの施設業務に関する企画及び調整に関する業務(施設幕僚の任務)1名
  • 派遣先国の政府その他の関係機関と司令部要員との間の連絡調整に関する業務(3名)

派遣部隊の任務と規模[編集]

  • 道路等のインフラ整備等を行う陸上自衛隊施設部隊(最大330名)
  • 上記部隊の活動を支援するため、支援調整所を設け、国連、現地政府機関等との調整を行う陸上自衛隊の部隊(最大40名)
  • 上記の陸上自衛隊員からなる2部隊のための輸送及び補給の業務を行う海上自衛隊の部隊(170名)
  • 上記の陸上自衛隊員からなる2部隊のための人員・物資等の空輸及び空輸を行う航空機の整備を行う部隊(170名)

なお、派遣部隊の隊長は現地支援調整所の所長(1佐)が就任し、別に派遣部隊の指揮官として施設隊の長(2佐)が就任する。

派遣先国[編集]

施設部隊の主な活動地域は、当初、ジュバ周辺のみであったが、2013年5月、西エクアトリア州東エクアトリア州にも活動範囲を広げる事が決定された[52]。同地のバングラデシュ軍が撤退するため、それを補うために国連からの要請に応えた形である[53]

装備品[編集]

MINIMIを装備した軽装甲機動車

役務機材[編集]

ジュバ空港

備考[編集]

2012年1月、日本政府は2011年12月に行われた武器輸出三原則の緩和を受け、現地に持ち込む自衛隊装備品を、南スーダンに供与できるか品目ごとに検討する方針を固めた[54]

陸上自衛隊施設部隊の警護は、ルワンダが行う予定[55]。防衛省は、陸上自衛隊の宿営地の設営や、上下水道、電気配線の設置などの事業を丸紅に発注した[56]

首都のジュバでインフラ支援を行うことが決まっている部隊は自衛隊のみであり、現地の期待は高い[57]。南スーダンのマリアル・ベンジャミン情報放送相は、「日本からの民間投資の呼び水になる」として「できるだけ長く活動してほしい」と歓迎している[58]。自衛隊は、まず宿営地の建設から開始し、4月から本格的なインフラ整備に取り掛かる予定である[59]

南スーダンのサルバ・キール・マヤルディ大統領は、「南スーダンで自衛隊はすばらしい仕事をしている」と評価している[60]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “PKO参加5原則 / ワードBOX”. 西日本新聞. (2012年6月10日). http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/word/6740/8966 
  2. ^ “先遣隊が南スーダン到着 自衛隊PKOで最も過酷”. テレビ朝日 (テレ朝ニュース). (2012年1月16日). http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220116003.html 2012年1月16日閲覧。 
  3. ^ a b “国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への国際平和協力隊(施設部隊等)の派遣” (プレスリリース), 外務省, (2011年12月20日), http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/23/12/1220_03.html 2012年1月10日閲覧。 
  4. ^ “南スーダンに調査団 施設部隊派遣へ情報収集”. 朝雲ニュース (朝雲新聞). (2011年9月29日). http://www.asagumo-news.com/news/201109/110929/12092901.html 2012年1月10日閲覧。 
  5. ^ “南スーダンPKO 施設部隊 年明け派遣へ 防衛相が準備指示 1次隊は200人規模”. 朝雲ニュース (朝雲新聞). (2011年11月3日). http://www.asagumo-news.com/news/201111/111103/11110301.html 2012年1月10日閲覧。 
  6. ^ “南スーダンPKOへの司令部要員派遣に関する「南スーダン国際平和協力業務実施計画」及び「南スーダン国際平和協力隊の設置等に関する政令」について” (プレスリリース), 国際平和協力本部, (2011年11月16日), http://www.pko.go.jp/PKO_J/info/pdf/20111116_unmiss.pdf 2012年1月10日閲覧。 
  7. ^ “南スーダン国際平和協力法に基づく自衛隊員の派遣について” (プレスリリース), 防衛省, (2011年11月15日), http://www.mod.go.jp/j/press/news/2011/11/15b.html 2012年1月10日閲覧。 
  8. ^ “南スーダン国際平和協力隊(第1次司令部要員)の派遣について” (プレスリリース), 防衛省, (2011年11月24日), http://www.mod.go.jp/j/press/news/2011/11/24a.html 2012年1月10日閲覧。 
  9. ^ “自衛隊の部隊・司令部要員(施設幕僚)派遣に伴う南スーダン国際平和協力業務実施計画の変更等について” (プレスリリース), 国際平和協力本部, (2011年12月20日), http://www.pko.go.jp/PKO_J/info/pdf/20111220_unmiss.pdf 2012年1月10日閲覧。 
  10. ^ “南スーダンへの自衛隊部隊派遣に伴う、南スーダン国際平和協力業務の実施に関する自衛隊行動命令の発出について” (プレスリリース), 防衛省, (2011年12月20日), http://www.mod.go.jp/j/press/news/2011/12/20d.html 2012年1月10日閲覧。 
  11. ^ “南スーダン国際平和協力隊隊旗授与式について” (プレスリリース), 防衛省, (2011年1月6日), http://www.mod.go.jp/j/press/news/2012/01/06c.html 2012年1月10日閲覧。 
  12. ^ “南スーダン派遣国際平和協力隊活動情報” (プレスリリース), 統合幕僚監部, (2011年1月11日), http://www.mod.go.jp/jso/Activity/Pko/pko_unmiss.htm 2012年1月12日閲覧。 
  13. ^ a b “南スーダンPKO 先遣隊ら現地入り 支援調整任務も始動”. 朝雲ニュース (朝雲新聞). (2012年1月19日). http://www.asagumo-news.com/news/201201/120119/12011905.html 2012年1月19日閲覧。 
  14. ^ a b c “南スーダン・ジュバ 重機など相次ぎ到着 支援調整所も始動”. 朝雲ニュース (朝雲新聞). (2012年1月26日). http://www.asagumo-news.com/news/201201/120126/12012604.html 2012年1月26日閲覧。 
  15. ^ a b “南スーダンPKO 施設部隊先発主力現地入り ハイチ、海賊対処 交代部隊も相次ぎ出発”. 朝雲ニュース (朝雲新聞). (2012年2月2日). http://www.asagumo-news.com/news/201202/120202/12020201.html 2012年2月2日閲覧。 
  16. ^ a b “南スーダンPKO 空自C130 器材積み現地着 施設隊、天幕生活開始”. 朝雲ニュース (朝雲新聞). (2012年2月9日). http://www.asagumo-news.com/news/201202/120209/12020902.html 2012年2月9日閲覧。 
  17. ^ “PKO等活動状況” (プレスリリース), 統合幕僚監部, (2012年2月3日), http://www.mod.go.jp/jso/Activity/pdf/2012.02.03_pko.pdf 2012年2月3日閲覧。 
  18. ^ “PKO主力部隊、南スーダン到着 宿営地建設を本格化”. 朝日新聞. (2012年2月21日). http://www.asahi.com/international/update/0220/TKY201202200482.html 2012年2月21日閲覧。 
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外部リンク[編集]