テレビ三面記事 ウィークエンダー
| テレビ三面記事 ウィークエンダー WEEKENDER |
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| ジャンル | ワイドショー |
| 放送時間 | 土曜日 22:00 - 22:54(54分) |
| 放送期間 | 1975年4月5日 - 1984年5月26日(465回) |
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| 制作局 | 日本テレビ |
| プロデューサー | 細野邦彦 |
| 出演者 | 加藤芳郎 桂朝丸 泉ピン子 横山やすし 西川きよし 円山雅也 ほか |
| オープニング | バリー・ホワイト「Rhapsody In White」 |
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特記事項: ナレーション:小早川正昭 2005年と2006年のみ、12月31日に特番『ピン子のウィークエンダーリターンズ』として復活した。 |
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『テレビ三面記事 ウィークエンダー』(テレビさんめんきじ ウィークエンダー)とは、1975年4月5日から1984年5月26日にかけて日本テレビ系列局で毎週土曜日22:00 - 22:54に生放送されたワイドショー番組である。
目次 |
[編集] 概要
全国ニュースで伝えられることがないB級事件について、リポーターがフリップボードや再現フィルムを使って解説する番組である。
日本テレビの朝のワイドショー『あなたのワイドショー』の金曜日枠内で類似コーナーともいえる「テレビ三面記事」が放送されており、当番組はそれを週末のプライムタイム枠に持ってきて、夜の放送に向いた(かつ男性向き)事件内容にスライドさせたスピンオフ番組といえる。
番組の流れは番組タイトル→提供クレジット→コマーシャル→ふたたび番組タイトル→出演者・スタッフ紹介→オープニング→最初の記事の順だった。そしてラストは、「来週こそいい週でありますように…おやすみなさい」というメッセージボードが出された。なお毎年の最終放送では「来週こそいい週」は「来年こそいい年で」と代えられ、更に毎年一発目の放送では「今年もいい年でありますように…」となっていた。
[編集] 取り上げた話題
性犯罪や情欲絡みの殺人事件、少女買春(当時は買春なる言葉は存在しなかったが)などを扱うことが多かったが、当時の番組表によると、震災など通常の事件や殺人などの凶悪事件も多少放送しており、番組終了の1984年にはグリコ森永事件やロス疑惑、当時は原因不明の奇病として世界中で恐れられていたエイズなども報じていた。また当時、その存在が世間に知られるようになり、日本医師会と確執状態にあった医療法人「徳洲会」を「24時間いつでも診てくれる」「患者は廊下の真ん中を歩きスタッフ(Drも含む)は端を歩く」など好意的に紹介するなどもした。
[編集] 再現フィルム
「再現フィルム」の原点は、1971年ごろの『お昼のワイドショー』月曜日の「女の事件」と思われる[独自研究?]。初期の「再現フィルム」は殺人事件ばかりをリアルに扱っていたために抗議をうけ、いったんコーナーが中止になる。復活に際しては犯人の名前など人名を仮名にし、顔写真フリップは目隠し入りで対応した。同時に殺人事件以外に覗き・恐喝・トルコ風呂など、殺人以外の「再現フィルム」も放送されるようになった。
[編集] 出演者
司会は加藤芳郎(加藤が入院した期間は青空はるおが代理)。おもなリポーター陣は青空はるお、桂朝丸(のちの2代目桂ざこば)、泉ピン子、横山やすし・西川きよし、大山のぶ代、青空うれし、すどうかずみ、高見恭子、エド山口、加原夏美(有田美春から改名)、芸能リポーターの井口成人、スイッチョンらである。桂朝丸が降板後は、桂べかこ(のちの3代目桂南光)→春やすこ→桂雀々(最後の1年だけ)と引き継がれていった。のちに政治家に転身した山谷えり子もリポーターを務めていたことがある。なかでも泉ピン子にとっては出世作であり、リポート中の放送コードスレスレのどぎつい発言が受けた。
クインシー・ジョーンズによる『鬼警部アイアンサイド』のテーマとともに、ナレーターの小早川正昭(元日本テレビアナウンサー)の「新聞によりますと…」で始まる事件解説のイントロダクションと、円山雅也弁護士のコメントも人気があった。
「再現フィルム」には、柳沢慎吾、山口良一、大地康雄らが出演した。なかでも笑福亭鶴光のそっくりさんの役者高嶋洋は常連で、コメディタッチの役柄や変態役でよく出演していた。高嶋は日本テレビ内において自分の売り込みをかけて出演していたらしい。なお、当番組の性格上、「再現フィルム」への出演歴の積極的な公表は基本的に若い男性俳優に限られ、それ以外、とくに女性はあまり公表をしていないようである。
[編集] 番組の終焉
テレビ朝日系列の土曜ワイド劇場と互角に競っていたが、1981年春にゴールデン洋画劇場(フジテレビ系)が金曜日から移動したあたりから番組人気に陰りが見え始め、その後復調の兆しが見えないことなどから1984年5月26日で9年2か月の歴史に幕を下ろした。また、NHK教育の『YOU』の人気も影響したと考えられる。
放送終了後当枠は2分割され、22:00 - 22:30が関口宏司会の『SEIKOグルメワールド 世界食べちゃうぞ!!』、22:30 - 23:00がレオナルド熊司会の『熊と美女の恋人気分!』になった。その後は一時的に読売テレビ制作枠となった時期もあったが、1990年10月には「蝶々・たけしの21世紀まで待てない!!」から1時間番組枠になり、1994年4月に「夜もヒッパレ一生けんめい。」から日本テレビ制作のバラエティ枠に戻り、2011年4月現在は『嵐にしやがれ』が放送中である。
[編集] 特別番組
12月31日(大晦日)には各月のニュースのなかから1つをピックアップしたものが19 - 20時台に総集編として放送されていた。本放送の終了後となる1984年の大晦日にもNHK紅白歌合戦の裏番組として『イヤーエンダー』という特別番組が放送された。
2005年の大晦日には泉ピン子司会で『ピン子のウィークエンダーリターンズ2005』として21年ぶりに復活。奈良騒音傷害事件など2005年に世間を騒がせた事件について取り上げている。番組内容はスタジオ出演者によるリポートはあるもののほとんど泉ピン子のトークバラエティーで、当時の画像は辛うじてオープニングに20秒ほど出ただけである。視聴率は裏番組『第47回日本レコード大賞』 (TBS)を0.4ポイント上回る10.4%を記録した。18:00からの2時間番組であったが、「処女」「童貞」など、現在においてゴールデンタイムにはあまりふさわしくない表現もされた。
2006年の大晦日にも復活特番を放送したが、視聴率は7.1%と低迷した。この年は番組後半がいじめをテーマとした討論会となっていた。
[編集] 評価
出演者が容疑者を罵ったり、事件の再現ドラマをエロティック(レイプシーン・ベッドシーンなど裸の多さが売り物;エログロ低俗化)に表現したことなどから、事件当事者などから非難が寄せられ報道倫理上問題となったり、警察の取材協力を断られたこともあった。起訴前の容疑者段階での「おもしろおかしくした」報道については、たとえ不起訴になっても一生取り返しのつかない「烙印」を押されたとする報道被害者も多く、逆に犯罪被害者やその関係者についても事件そのものをこの番組を通して「おもしろおかしく」されたことでの報道被害を受けてしまう結果となった。
放送当時、『テレビ腐蝕検証』(1977年刊、汐文社)や『テレビよ、驕ることなかれ』(1983年刊、麦秋社)などの書籍で、青少年への悪影響(性描写に関して)や、事件当事者への配慮の欠如、信憑性などが非難された。また、同時期の新聞での番組批評でもこの意味で否定的な意見が強かった。ただし、娯楽性とジャーナリズム的な感覚を評価する見方もあった。
スタッフの報道倫理だが、オープニングのスタッフロールに「監修:円山雅也弁護士」と入っていたので、円山と相談のうえで放送内容を決めていた。それについても「弁護士協力を免罪符にしている」との批判があり、放送時期に円山の事務所にも苦情が耐えなかった。
日本PTA全国協議会からも“超ワースト番組”(子供たちに見せたくない低俗な番組)の烙印を毎年のように押されていた。司会の加藤芳郎は当時、NHK総合の『連想ゲーム』やニッポン放送の『テレフォン人生相談』に出ていたことから、当番組の司会者でもあるような者がそのような番組に出ることはふさわしくない、「誰でも出来るウィークエンダーの司会」などの非難が寄せられた。高見恭子は自身のウェブサイトでは当番組に関してまったく触れておらず、山谷えり子も政治家となった今当番組について語っていない。
当時の視聴者(とくに親の目を盗んで観た世代)には強い印象を与え、“伝説の番組”として今なお語り継がれている。[独自研究?]
[編集] 評価の背景
当番組は報道番組として高く評価されている一方、低俗番組として存在自体が否定されることも少なくなく、賛否双方に大きく分かれている。
しかし番組をただ俗悪番組として非難することには冷静さを要するとも言える。当番組が放送されていた当時、テレビ朝日『ニュースステーション』(放送開始は1985年)などのプライムタイムの民放報道番組はなく、また民放の深夜番組が成人男性へのお色気が強く求められる傾向にあった影響も受けていた。この時期のワイドショーには、際物事件がオカルト情報や芸能人の醜聞などとともに強く求められた。こうした世情に理解を示す必要もある。取り扱う事件や話題の内容に差はあるものの、基本的な思想は週末のプライムタイムに放送されている報道番組(2011年現在、TBS『情報7days ニュースキャスター』、フジテレビ『Mr.サンデー』が放送中)の源流である番組とも言え、世が世なら当番組は、後年の『ブロードキャスター』(TBS)のような報道時事番組的性格を強めていたかもしれない。
また、表向きには知られていないが、キー局の報道局や経営陣などからは相当風当たりも強かったと思われる。ニュース番組での事件取材と当番組での取材を混同されることで取材に支障をきたす、ニュース番組の信憑性の低下、何より放映局の品位などの問題である(この種の問題は、後年でも『進め!電波少年』『奇跡の扉 TVのチカラ』などに見られた)。こうした障害をはねのけ敢然と番組制作を行った当時のスタッフへの評価も必要である。また彼らとて(当時の価値観の範囲内ではあるが)報道倫理などを守って制作したはずである。スタッフではないが、リポーターの泉は強姦の被害者には決してインタビューしなかったという。
[編集] テーマソング
- タイトルバック:チェイス・「Bochawa」(後半の一部を使用)
- オープニングテーマソング:バリー・ホワイト (The Love Unlimited Orchestra)・「Rhapsody In White(ラプソディ・イン・ホワイト)」
- 「新聞によりますと…」の部分のナレーションで流れるアタック:『鬼警部アイアンサイド』のオープニングテーマソング(作詞・作曲:クインシー・ジョーンズ)
- エンディングソング:GQ・「I do love you」
[編集] ネット局
当時の土曜日22時枠はマストバイ枠でなかったためネット局は少なかった。一部の系列局と系列局外で放送された事例もあるが、午前0時台などの深夜帯(当時としては相当遅い)が多かった。大晦日の特別番組のみネットしていた局も多かった。
- 日本テレビ(制作局)
- 札幌テレビ
- 青森テレビ(TBS系。本来の系列局である青森放送[1][2]が拒否したため)
- ミヤギテレビ(1975年10月から)
- 福島中央テレビ[3]
- テレビ新潟(1981年4月、新規開局時から)
- 長野放送(フジテレビ系、時差ネット)→テレビ信州[1](1980年10月から時差ネット)
- テレビ静岡(フジテレビ系、時差ネット)→静岡第一テレビ(1979年7月、新規開局時から)
- 北日本放送(途中打ち切り?)
- 石川テレビ(フジテレビ系、時差ネット)
- 中京テレビ[4]
- 読売テレビ
- 日本海テレビ(時差ネット)
- 広島テレビ(1975年10月から[5])
- 山口放送[6][1]
- 西日本放送
- 福岡放送
- 熊本放送(TBS系、時差ネット。途中打ち切り?)→熊本県民テレビ(1982年4月から)
- テレビ宮崎(土曜深夜に時差ネット)
- 鹿児島テレビ放送(土曜深夜に時差ネット)
- 琉球放送(TBS系、1983年4月から金曜日深夜に時差ネット)
[編集] おもなスタッフ
- 監修:円山法律事務所
- ナレーター:小早川正昭
- 構成:池田淳、山崎忠昭
- 取材:吉田清、林田慎也、渡辺正人、山田哲也、荒井裕晶
- 演出:萩原雪彦、森岡正彦、油井禧成、小川通仁
- プロデューサー:細野邦彦
- 製作:日本テレビ
[編集] 映像の保存状況
当番組が放送された時期(最末期をのぞく)は、放送用VTRの規格が2インチで高価・操作頻雑だったことや、番組の性格上資料保存すべきではないとの意見が多かったことなどから、とくに1970年代(泉在籍当時を含む)の映像はほとんど現存していないと考えられる。横浜市にある放送ライブラリーへのビデオ映像の寄贈・保存はされていない。
2003年の『ダウンタウンのバラエティ50年史』において当番組の一部がダイジェストで1分ほど放送され、朝丸、うれし、すどう、はるお、加藤の映像が流された。2008年3月2日の『THE・サンデー』でロス疑惑を伝えた際には「イヤーエンダー」の模様(おもにインタビュー)が放送された。
[編集] 関連作品
- 1976年6月19日、この番組を連想させるテレビ番組のスタジオを模したセットで、泉ピン子の進行により、大久保清、西口彰らの事件をオムニバス形式で再現した映画『戦後猟奇犯罪史』(監督:牧口雄二)が、全国東映系で公開された。
[編集] 脚注
- ^ a b c 当時は日本テレビ系列・テレビ朝日系列のクロスネット局だった。
- ^ 青森放送は『11PM』を1975年3月に日本テレビ系列局で最初に打ち切っていた。
- ^ 1981年9月までは日本テレビ系とテレビ朝日系のクロスネットだったため、土曜日の深夜に遅れ放送し、土曜日22時からは土曜ワイド劇場を放送していた。1981年10月より同時ネット。
- ^ 一時期同時ネットせず、深夜枠での放送とし、代わりにテレビ東京の『大江戸捜査網』を土曜日22時に時差ネットしていた。
- ^ 前番組『傷だらけの天使』は広島ホームテレビで火曜日22時から遅れ放送していたが、その後本番組が1975年9月まで同局で放送されていたかは不明。なお1975年4月以降の広島ホームテレビの火曜日22時台はNET系の『TOKYO DETECTIVE 二人の事件簿』(ABC制作)を同時ネット。
- ^ 山口放送は当番組のほかにも『ミセス&ミセス』・『11PM』・『お昼のワイドショー』のエログロ低俗化を訴えた。最終的には、山口放送での当番組と『お昼のワイドショー』のネットは継続されたものの、『11PM』は1978年3月で、『ミセス&ミセス』は同年9月でネット打ち切りになった。
[編集] 関連項目
- 三面記事
- おんなは一生懸命 - 1987年10月から1988年3月までTBS系で放映された橋田壽賀子脚本・泉ピン子主演のテレビドラマ。泉の半生をモデルに、泉本人が演じたことで話題を集めた。劇中に当番組をモデルにしたテレビ番組「お笑い事件簿」が登場した。
- 奇跡の扉 TVのチカラ - お色気的な要素はないが当番組と近いコンセプトで制作されている。小早川はこの番組にもナレーションで参加している。
- 世界笑える!ジャーナル - 当番組同様三面記事ニュースを再現で扱っている。
| 日本テレビ系 土曜22時枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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テレビ三面記事 ウィークエンダー
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| 日本テレビ系 土曜22:54-22:55 (1975.04 - 09) |
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傷だらけの天使
※22:00 - 22:55 |
テレビ三面記事 ウィークエンダー
【1分縮小して継続】 |
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