奈良騒音傷害事件

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奈良騒音傷害事件
場所 奈良県生駒郡平群町
標的 近隣住民
日付 2002年11月 - 2005年4月[1]
終日
  – (終日)
攻撃手段 騒音
攻撃側人数 1人
武器 CDラジカセ布団叩き自動車クラクション
負傷者 2名
犯人 主婦
動機 近隣トラブル
対処 懲役、慰謝料の支払い
謝罪 なし
賠償 200万円
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奈良騒音傷害事件(ならそうおんしょうがいじけん)は、奈良県生駒郡平群町の主婦が約2年半にわたり大音量の音楽を流すなどの方法で騒音を出し続け、それにより近所に住む夫婦を不眠・目眩などで通院させた事件。2005年4月、傷害罪の容疑で奈良県警に逮捕され、2007年最高裁で実刑判決が確定した。騒音を出す現場が被害者夫婦により録画、マスコミ各社に提供され、テレビのワイドショーで主婦が「引っ越し、引っ越し」などと大声で叫ぶ様子が何度も流れ、騒音おばさんの名前で有名になった[2]

経緯

主婦は、1988年に大阪から奈良県平群町に転入した。翌年、主婦は被害者夫婦の隣の住民とけんかになり、両者の争いは裁判にまで発展したが、このときは被害の大きかった主婦側が勝訴し、敗訴した隣の住民は引っ越していった[3]。その後は、被害者夫婦がターゲットとなり、1991年に最初のトラブルが発生する。被害女性によると、1996年のある日を境に、24時間365日、音楽が鳴り続くようになった[3]。同年、被害住民は最初の民事訴訟を起こし、1999年に最高裁で60万円の慰謝料を認める被告側敗訴の判決が確定した[4][3]。しかし、嫌がらせは止まず、翌年、防犯カメラに被害者宅の玄関を蹴っている映像が記録されると、主婦は器物損壊の容疑で逮捕された[3]。音楽が止んだのはこの逮捕勾留中だけであった[3]。被害女性によると、主婦の夫と子供は病気で入院しており、娘2人も逮捕の5年ほど前に相次いで亡くなっている[3]

主婦が騒音を出し始めたのは、朝6時に布団をたたいていることなどを隣家の人に注意されたのがきっかけ。逮捕容疑では2002年11月から2005年4月に逮捕されるまで、CDラジカセからユーロビートヒップホップR&Bなどの音楽を大音量で24時間流し続けた[1]。それ以外にも、車のクラクションをむやみに鳴らしたり、取材に訪れた記者にものすごい形相でまくし立てるなど奇行を展開し、隣家の主婦は不眠や頭痛で約1か月の治療が必要と診断された[5]。 主婦の行為を写したビデオはテレビのワイドショーなどでも盛んに流されたが、警察官が訪れたときだけ騒音行為をやめるなど、証拠が不十分であったために、奈良県警は音の大きさの測定や被害者の診断書提出を受けて、ようやく逮捕に踏み切ったのである[6]

一審の奈良地裁での論告求刑公判で検察側は、「隣人に苦しみを与えた陰湿な犯行で、嫌がらせは約2年6か月にわたった。“騒音おばさんの町”として平群町の悪評を広めた」とし、懲役3年を求刑したのに対し、被告の主婦は「(被害者の)女性が何でもわたしのせいにした」などとという便箋70枚にもわたる意見陳述書を読み上げようとしたところ、裁判長に途中で止められた。弁護側は音を流したことは傷害の実行行為とはいえないとして無罪を主張した[7]。また、第2回公判では、被告の主婦は「謝ってしもうたら、冤罪を認めることになる。自分に罪はない。認めるつもりはない!」などと罪状を否認し、証拠として採用された「引っ越し、引っ越し」と叫びながら布団をたたく映像が法廷で流されると、その映像の音楽に合わせてリズムをとる場面もあった[1]。裁判長は判決理由で、「音楽を大音量で鳴らし続ける行為は、被害者に精神的ストレスを与え、身体の生理的機能を害するもので傷害罪にあたる」と認定し、「執拗かつ陰湿。反省の態度が感じられず、再犯の可能性も強い」として、懲役1年の実刑を言い渡したところ、主婦は判決を不服として即日控訴した[8]。地検側も「2年以上にわたり積極的に危害を加えたのに、量刑が軽すぎる」などとして控訴した[9]

大阪高裁の控訴審では、弁護側が「音楽を鳴らす行為は傷害罪には当たらない」などと改めて無罪を主張したのに対して、検察側は「長期にわたって警察などの警告を無視し、被害者に苦痛を与え続けており、1審判決は軽すぎる」と指摘した[10]。裁判長は、「傷害の確定的な故意があり犯行は陰湿。1審判決の量刑は軽い」として、1審の奈良地裁判決を破棄し、それより重い懲役1年8月を言い渡した[11]

被告の主婦は上告したが、2007年4月、最高裁は被告側の上告を棄却する決定を下し、2審大阪高裁判決が確定した[12]。2005年の逮捕以降拘置が続いており、この未決拘置日数のうち約500日が刑に算入されるため、実際に服役するのは約3か月となった[13]。主婦は2007年7月に刑の満期を迎え出所した[14]

2004年には被害住民から300万円の損害賠償を求めた二度目の民事訴訟を起こされ、2006年に最高裁は被告側の上告を棄却し、200万円の賠償を命じた2審大阪高裁判決が確定した[15]

事件の影響

一審の実刑判決のニュースはasahi.comで週間1位のアクセスを得た[16]。英字新聞でも報道され、見出しには「Mrs. Noisy」という呼び名が使われた[17][18]。また、「騒音おばさん」はNHKの「未来観測 つながるテレビ@ヒューマン」のブログ・キーワードの週間ランキングにもランクインした[17]

日本テレビの報道番組『真相報道 バンキシャ!』では、出演していた元衆議院議員の塩川正十郎が加害者の映像を見て「これ気違いの顔ですわ」などと発言したため、司会の福澤朗が不適切な発言であるとすぐに謝罪した[19]

2006年3月、事件のあった平群町では、「騒音おばさんの町」の汚名返上を目指すべく、音や不法投棄などの近所迷惑行為を禁止する「平群町安全で安心な町づくりに関する条例」が24日に全会一致で可決され、同年6月1日から施行された[20][21]。町は近隣住民から100回以上の苦情を受けていたが、これまで取り締まる根拠がないため、口頭で注意を促すことしかできなかったという[22]。同条例では、公共、私有地の区別なく昼間(午前8時 - 午後8時)は65デシベル以上、夜間(午後8時 - 午前8時)は60デシベル以上を騒音と規定し、罰則はないが違反者には制止命令や文書での警告を行うとされている[20][23]。身近な例では、掃除機の音が60デシベル以上とされる[23]

八戸工業大学大学院教授で音環境工学が専門の橋本典久によると、米国には訴訟に至る前に近隣トラブルを解決する公的な専門機関が約30年前から設置されており、訓練を受けた民間ボランティアが調停を行うという。調停機関を視察した際に担当者に「騒音おばさん」のテレビ映像を見せたところ、「なぜこれほど深刻化するまで社会が放置したのか」と絶句されたといい、日本でも米国型の調停機関を設置すべきではないかと提案した[24]

事件後、千葉[25]、大阪[26]、茨城[27]などでも騒音を巡って逮捕された女が「騒音おばさん」として報道された。

ポップカルチャー

一部のインターネットユーザーによって、「騒音おばさん」を題材とした音楽やFlashなどが作られた[28]

テレビ番組『めちゃ×2イケてるッ!』の2005年5月14日放送では、番組企画内で「騒音おばさんに扮した極楽とんぼの山本圭壱がロケを妨害する」という演出が放送された(めちゃ×2ツアーズ)[29]

嘉門達夫のシングルCD「替え唄メドレー2005」では、楽曲の冒頭で、童謡「村祭」のメロディーにのせて当事件を題材にした替え唄が歌われている[30]

2007年、THE ALFEE高見沢俊彦のソロアルバム『Kaleidoscope』には、宮藤官九郎が作詞した「騒音おばさんVS高音おじさん」が収録されており、干渉するのが大好きな近所のおばさんに、甲高い声の高見沢が翻弄されるさまが描かれている[31]

2008年にはこの事件をモデルにしたテレビドラマ「水曜ミステリー9 神楽坂署生活安全課4 ご近所トラブル殺人事件」がテレビ東京で放映され、女優の藤田弓子が太鼓やフライパンを叩きながら大声で歌い、近隣住民を悩ます「迷惑おばさん」を演じた[32]

2020年12月4日には、天野千尋の監督・脚本による当事件をモデルとした映画『ミセス・ノイズィ』が制作・公開されている[33][34]

批判

2009年3月21日に放送されたNHKの番組「日本の、これから」の“テレビの存在意義とネットとの関係性について”という議題において、出演者の一名によりこの事件を例に挙げられ、被害者側が被告人を撮影していた事実、被告側の立場、上節に含まれるバラエティ番組やお笑い番組に至るまで流れていた背景を挙げて『ネット上に流れている情報を総合すると、テレビはあのおばさん(被告人)をおもちゃにしたのではないか』という、被告人に対しメディアを利用して被害を与えた点もあるという批判がもたらされた[35]

脚注

  1. ^ a b c 「騒音おばさん、いまだ健在 法廷でもハイテンション 2005年総力特集」『週刊朝日』2005年12月30日。 
  2. ^ “「騒音おばさん」排除条例、奈良・平群町が制定へ 汚名返上かけ民家も対象”. 朝日新聞. (2006年3月7日) 
  3. ^ a b c d e f 四本倫子「奈良発 逮捕された「騒音女」の報道されない悲しい「過去」」『週刊朝日』2005年4月29日。 
  4. ^ “騒音おばさん 実刑 「再犯可能性高い」 奈良地裁懲役1年 大音量、傷害と認定”. 産経新聞. (2006年4月21日) 
  5. ^ “こちら特報部 騒音 隣人トラブル考 小さくても大きな苦痛に 角立てないための即効薬… 『おすそ分け』作戦も”. 東京新聞. (2005年6月28日) 
  6. ^ “「騒音おばさんの町」もうまっぴら 奈良・平群町 条例制定へ”. 産経新聞. (2005年11月16日) 
  7. ^ “「陰湿な犯行」 騒音おばさんに懲役3年求刑”. 産経新聞. (2006年2月25日) 
  8. ^ “「騒音おばさん、判決にも黙らず 懲役1年 即日控訴”. 産経新聞. (2006年4月22日) 
  9. ^ “「騒音おばさん」地検側も控訴”. 中日新聞. (2006年5月2日) 
  10. ^ “「騒音おばさん」弁護側無罪主張 控訴審初公判/大阪高裁”. 読売新聞. (2006年9月13日) 
  11. ^ ““騒音おばさん”懲役1年8月判決 傷害の確定的故意認定”. 産経新聞. (2006年12月27日) 
  12. ^ 最高裁判例 平成17年3月29日 最高裁判所第2法廷
  13. ^ “「騒音おばさん」実刑確定へ”. 産経新聞. (2007年4月13日) 
  14. ^ “騒音おばさん実刑確定、夏にも出所”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ). (2007年4月12日). オリジナルの2007年4月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070415055738/http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070412-183688.html 2011年10月17日閲覧。 
  15. ^ “「騒音おばさん」 200万円賠償確定”. 産経新聞. (2006年7月21日) 
  16. ^ “週間asahi.com アクセスランキング 4月17日〜23日”. 朝日新聞. (2006年4月30日) 
  17. ^ a b “ブログ「注目のことば」”. 産経新聞. (2006年4月29日) 
  18. ^ “World News IN BRIEF: 'Mrs Noisy' is finally silenced”. The Independent. (2006年4月22日) 
  19. ^ 『真相報道 バンキシャ!』ウェブサイト内コーナー「ボンキシャ!?」”. 日本テレビ (2005年4月17日). 2017年9月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月8日閲覧。
  20. ^ a b 平群町安全で安心な町づくりに関する条例」(平成18年3月24日条例第16号)および同条例施行規則(平成18年8月31日規則第27号). 平群町. 2013年4月17日閲覧。
  21. ^ “「近所迷惑」許さぬ 平群町、条例を可決”. 産経新聞. (2006年3月18日) 
  22. ^ “「騒音おばさん」封じ条例案 迷惑行為規制「ごみ屋敷」も 奈良・平群 【大阪】”. 朝日新聞. (2006年3月7日) 
  23. ^ a b “騒音防止条例:奈良・平群町、6月に施行へ”. 毎日新聞. (2006年3月18日) 
  24. ^ 片山圭子 (2008年3月29日). “[環境ルネサンス]音は語る(5)騒音トラブル、地域の悲鳴(連載)”. 読売新聞 
  25. ^ “千葉の“騒音おばさん”起訴、隣家前での「しっしっしー」否認”. サンケイスポーツ. (2007年7月14日) 
  26. ^ “大阪にも騒音おばさん 隣家に「殺すぞ。出てけ」”. 産経新聞. (2007年9月22日) 
  27. ^ “茨城の“騒音おばさん”逮捕”. 産経新聞. (2009年2月27日) 
  28. ^ “大迷惑 大騒音オバサン 着信ボイスに”. 東京スポーツ. (2005年4月15日) 
  29. ^ お笑い芸人TVジャック 下劣なバラエティ番組がテレビを席捲するワケ(やっぱりテレビなんかいらない!)」、『週刊文春』47巻20号(2005年5月26日号)、文藝春秋NAID 40006704902 pp. 41-43
  30. ^ オモロソングの調べ。 HMV&BOOKS online(2005年11月1日)
  31. ^ “THE ALFEE 高見沢 16年ぶりソロアルバム*笑い、哀愁 王子様キャラ*作詞を委ねてパロディーに*つんく、みうらじゅん…*過激にイメージ破る”. 北海道新聞. (2007年8月9日) 
  32. ^ “藤田弓子「迷惑おばさん」--テレ東ドラマ”. スポーツニッポン新聞. (2008年4月17日) 
  33. ^ ミセス・ノイズィ Mrs.Noisy 公式サイト
  34. ^ 上野裕子 (2020年12月4日). "「騒音おばさん」モチーフの映画 「視点次第で人は悪人にも善人もなる」". AERA dot. 2024年1月26日閲覧
  35. ^ 「テレビ「報道番組」は絶滅寸前」『SAPIO』2009年5月13日号。