せとぎり (護衛艦)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 艦歴 | |
|---|---|
| 発注 | 1985年 |
| 起工 | 1987年3月9日 |
| 進水 | 1988年9月12日 |
| 就役 | 1990年2月14日 |
| 退役 | |
| その後 | |
| 除籍 | |
| 要目 | |
| 排水量 | 基準 3,550 トン |
| 全長 | 137m |
| 全幅 | 14.6m |
| 吃水 | 4.5m |
| 機関 | 川崎ロールス・ロイス オリンパスSM1Aガスタービン 4基 2軸推進、54,000PS |
| 最大速 | 30ノット |
| 乗員 | 220名 |
| 兵装 | 62口径76mm単装速射砲 1門 Mk1520mmファランクスCIWS 2基 ハープーン艦対艦ミサイル4連装発射筒 2基 3型Aシースパロー艦対空ミサイル8連装発射機 1基 74式アスロック8連装発射機 1基 68式対潜短魚雷3連装発射管 2基 |
| 電子装置 | OPS-24対空レーダー OPS-28C水上レーダー 81式射撃装置2型23/2型12G OQS-4Aソナー NOLR-8 ECM OLT-3 ECM Mk137チャフ発射機 2基 |
| 搭載機 | HSS-2B/SH-60Jヘリコプター 1機 |
せとぎり(ローマ字:JS Setogiri, DD-156)は、海上自衛隊の護衛艦。あさぎり型護衛艦の6番艦。
目次 |
[編集] 艦歴
「せとぎり」は、中期業務見積りに基づく昭和60年度計画3,500トン型護衛艦2227号艦として、住友重工追浜造船所浦賀工場で建造され、1987年3月9日起工、1988年9月12日進水、1990年2月14日に就役の後に第1護衛隊群第48護衛隊に配属された。
1997年3月24日に第4護衛隊群第8護衛隊に配属され母港も大湊へ転籍となった。 1998年3月20日に第3護衛隊群第7護衛隊に配属された。
2002年6月、テロ対策特別措置法に基づき、補給艦「はまな」と共にインド洋に派遣。同年7月まで任務に従事した。
2008年3月25日、部隊再編により第3護衛隊群第3護衛隊に配属された。
2010年8月23日、海賊対処法に基づき第6次派遣海賊対策水上部隊としてソマリア沖・アデン湾に向けて出航する。僚艦の「DD-112 まきなみ」とは途中で合流し[1]、同年9月20日から12月22日までの間計28回の船団護衛を実施し、2011年1月21日に大湊に帰港する。
2011年8月1日、編制替えにより第7護衛隊(司令部:舞鶴)に転属、定形港は大湊のままである。
[編集] 歴代艦長
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 初代 | 神崎英昭 | 1990.2.14-1991.9.12 | ||||
| 2代 | 古屋克巳 | 1991.9.12-1993.8.10 | ||||
| 3代 | 森井洋明 | 1993.8.10-1995.3.10 | ||||
| 4代 | 間々田俊治 | 1995.3.10-1996.8.20 | ||||
| 5代 | 鈴木啓三 | 1996.8.20-1997.9.10 | ||||
| 6代 | 増田拓治 | 1997.9.10-1999.8.2 | ||||
| 7代 | 影山博文 | 1999.8.2-2000.8.3 | ||||
| 8代 | 中村雅樹 | 2000.8.3-2001.8.20 | ||||
| 9代 | 高巣親徳 | 2001.8.20-2002.12.20 | ||||
| 10代 | 吉元知明 | 2002.12.20-2004.4.5 | ||||
| 11代 | 棚岡充雄 | 2004.4.5-2005.3.25 | ||||
| 12代 | 市坪秀明 | 2005.3.25-2006.8.1 | ||||
| 13代 | 池田秀人 | 2006.8.1-2007.12.2 | きりしま艦長 | 2007.7.1に1等海佐に昇任 | ||
| 14代 | 田畑浩一 | 2007.12.2-2009.3.17 | ||||
| 15代 | 宮田敏邦 | 2009.3.17-2009.3.24 | ||||
| 16代 | 西脇匡史 | 2009.3.24 |
[編集] 脚注
- ^ 朝雲新聞「せとぎり」など6次隊出発 アデン湾海賊対処2010年9月2日
[編集] 参考文献
- 石橋孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』(並木書房、2002年)
- 『世界の艦船 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年)
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||