はるな (護衛艦)

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US Navy 040625-N-8157C-053 The Japanese destroyer JDS Haruna (DDH 141) passes Hospital Point in Pearl Harbor, Hawaii.jpg
艦歴
発注 1968年
起工 1970年3月19日
進水 1972年2月1日
就役 1973年2月22日
退役 2009年3月18日
その後 2009年10月 解体の為江田島に係留、2010年1月解体終了。
除籍 2009年3月18日
要目
排水量 基準 4,950トン
満載 6,850トン
全長 159m
全幅 17.5m
吃水 5.2m
機関 三菱2胴衝動型蒸気タービン 2基
三菱CE2 2胴水管型缶 2基
2軸推進
70,000ps
最大速 31ノット以上
乗員 370名
兵装 73式54口径5インチ単装速射砲 2門
74式アスロック8連装発射機 1基
高性能20mm機関砲(CIWS) 2基
GMLS-3型A シースパロー短SAM 8連装発射機 1基
68式324mm3連装短魚雷発射管 2基
電子装置 OPS-11C 対空レーダー
OPS-28 水上レーダー
OPS-20 航海レーダー
72式射撃指揮装置1型A 
81式射撃指揮装置2型-12
66式探信儀 OQS-3
NOLQ-1-3 ESM/ECM
OLR-9B ESM
Mk137 チャフ 4基
搭載機 HSS-2B/SH-60J 3機

はるなローマ字JS Haruna, DDH-141)は、海上自衛隊護衛艦はるな型護衛艦の1番艦。艦名は榛名山に因み、旧海軍金剛型戦艦榛名」に続き日本の艦艇としては2代目。

概要[編集]

本艦は日本初のヘリコプター搭載護衛艦(DDH)であり、最大の特徴はヘリコプター3機の搭載運用能力である。5000tクラスでヘリコプターを3機搭載運用する艦艇は、発展改良型のしらね型を含め、現在に至るも世界唯一と言ってよく、日本の特殊な用兵思想を色濃く反映している。装備面での特徴としては、ヘリコプター運用時に姿勢を安定させるためのフィンスタビライザーを自衛艦で初めて装備したほか、揺れる艦上における飛行作業の安全・効率化のため、着艦拘束装置(ベアトラップ)を初めて装備した。

なお、こんごう型護衛艦イージス艦)が登場するまではこのクラス(しらね型含む)が海自最大級の護衛艦であった。

艦歴[編集]

「はるな」は、第3次防衛力整備計画に基づく昭和43年度計画4,700トン型ヘリコプター搭載護衛艦2401号艦[1]として、三菱重工業長崎造船所1970年3月19日に起工し、1972年2月1日に進水、1973年2月22日に就役し、第1護衛隊群に直轄艦として編入され、横須賀に配備された。

1974年11月9日に発生した第十雄洋丸事件の際には、積み荷のナフサプロパンの爆発による二次災害を防ぐため、はるなを旗艦とする臨時処分部隊が災害派遣出動し、11月26日に「DD-164 たかつき」、「DD-166 もちづき」、「DD-102 ゆきかぜ」とともに処分現場に派遣され、翌27日から28日にかけて海没処分するための射撃を実施し、第十雄洋丸を沈没させた。

同年11月27日、護衛艦「ひえい」の就役により、同日付で第1護衛隊群隷下に第51護衛隊が新編され、ともに編入された。

1975年7月、本州南方で護衛艦「ひえい」、「あきづき」、潜水艦まきしお」、「なるしお」と共に、アメリカ海軍との合同対潜水艦戦訓練に参加した。

1981年3月27日、護衛艦「くらま」の就役により、同日付で第2護衛隊群隷下に第52護衛隊が新編され、ともに編入された。また、定係港が佐世保に転籍となる。

1983年3月30日、第52護衛隊が廃止となり、第2護衛隊群直轄艦となる。

1984年3月30日第3護衛隊群に編入され、直轄艦(旗艦)となる。

1986年3月31日より三菱重工業長崎造船所においてFRAM改修に入る。この改修により対潜捜索能力、個艦防空能力、戦闘指揮・情報処理能力、電子戦能力が向上し、艦齢は8年延長された。このFRAM改修作業は1987年10月31日に完了し、第3護衛隊群旗艦に復帰した。

1989年、護衛艦「しまかぜ」、「みねゆき」と共に日米合同演習READIEX89-4Aに参加した。

1990年環太平洋合同演習(RIMPAC)に参加。

1998年3月20日、定係港が舞鶴に転籍となる。 同年、10月13日韓国釜山で実施された韓国建国50周年記念国際観艦式に護衛艦「せとぎり」、「みょうこう」とともに参加した。

1999年3月24日能登半島沖不審船事件において、初の「海上における警備行動」が発令され、護衛艦「みょうこう」、「あぶくま」と共に不審船に対して警告射撃を実施した。

2002年2月12日テロ対策特別措置法に基づき、護衛艦「さわかぜ」、補給艦ときわ」と共にインド洋に派遣。同年6月まで任務に従事し、8月7日に帰国した。

2003年7月15日、テロ対策特別措置法に基づき、護衛艦(当時)「あさぎり」、補給艦「とわだ」と共にインド洋に派遣。同年10月まで任務に従事し、11月19日に帰国した。

2004年、RIMPACに参加。

2007年8月21日ウラジオストクロシア太平洋艦隊基地に親善訪問を行う。到着の会見式典は金角湾で行われた。

2008年3月26日、護衛隊改編により第3護衛隊群第3護衛隊に編入。

2008年、RIMPACに参加。

2009年3月18日、除籍。代艦は同日就役した「ひゅうが」だが、「ひゅうが」は第1護衛隊群第1護衛隊に配属され、同隊所属の「しらね」が同日付、第3護衛隊に編入され「はるな」の後任に就いた。[2][3]

歴代艦長[編集]

歴代艦長(特記ない限り1等海佐
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
1 坪田文雄 1973.2.22 - 1974.7.15      
2 橋本哲人 1974.7.16 - 1976.6.15       着任時2等海佐
3 保田 貢 1976.6.16 - 1977.6.30    
4 小川正美 1977.7.1 - 1978.8.22      
5 河嶋正夫 1978.8.23 - 1979.12.4      
6 小林康伸 1979.12.5 - 1981.12.1      
7 守田 豊 1981.12.2 - 1984.7.31 幹部学校教官 2等海佐
8 田中 晃 1984.8.1 - 1987.6.30 2等海佐
9 石井泰彦 1987.7.1 - 1989.12.14 2等海佐
10 新野克洋 1989.12.15 - 1992.3.22 2等海佐
11 樋口善治 1992.3.23 - 1993.6.30 2等海佐
12 山村洋行 1993.7.1 - 1994.12.19 舞鶴地方総監部監察官 2等海佐
13 谷津憲治 1994.12.20 - 1996.3.31 ときわ艦長
14 光安 壮 1996.4.1 - 1998.12.7 呉地方総監部監察官 2等海佐
15 森井洋明 1998.12.8 - 1999.12.19 誘導武器教育訓練隊教育部長兼学生隊長兼研究室長 2等海佐
16 坂上隆康 1999.12.20 - 2001.4.1 護衛艦隊司令部 2等海佐
17 野島 豊 2001.4.2 - 2002.8.19 大湊地方総監部監察官 2等海佐
18 清水利広 2002.8.20 - 2004.8.19
19 伊藤 誠 2004.8.20 - 2006.1.9     舞鶴地方総監部監察官
20 大原知之 2006.1.10 - 2007.3.27   ひびき艦長 自衛艦隊司令部監察主任幕僚 着任時は2等海佐、2006.7.1昇任
21 星山良一 2007.3.28 - 2009.3.18   舞鶴地方総監部人事課長 いせ艦長

延命の検討とCICの移植[編集]

2007年12月14日に発生した護衛艦「しらね」の火災事故により、防衛省は損傷した「しらね」の指揮通信系統を全て交換修理しなければならなくなった。見積もりの結果「しらね」の指揮通信系統の新造修理には多大な時間と費用がかかる事が判明したので、当初、防衛省は損傷した「しらね」をそのまま退役させ、退役予定の「はるな」を延命する事を検討していた。しかし防衛省は「はるな」の艦体の老朽化を鑑み、最終的には退役予定の「はるな」のCICを「しらね」へ移植して修理することに決定した。その後「はるな」のCICを流用して修理された「しらね」は運用に復帰し、「はるな」は予定通り退役した。

参考文献[編集]

  • 石橋孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』(並木書房、2002年)
  • 世界の艦船 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年)
  • 『世界の艦船 第750集』海人社、2011年11月号

脚注[編集]

  1. ^ DSI 現有艦艇一覧(有料)
  2. ^ 「しらね」は同日付で第1護衛隊群第1護衛隊から第3護衛隊群第3護衛隊に配置換えになったものの、IHIマリンユナイテッド横浜工場で移植修理・延命工事が行われ、舞鶴基地へ配備されたのは2009年9月末
  3. ^ 2009年4月2日付 朝雲ニュース(リンク切れ)

外部リンク[編集]