いせ (護衛艦)

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JS Ise, Haruyuki and Abukuma in the East China Sea after Keen Sword 2013, -16 Nov. 2012 c.jpg
艦歴
発注 2006年
起工 2008年5月30日
進水 2009年8月21日
就役 2011年3月16日
要目
排水量 基準 13,950トン
満載 19,000トン
全長 197m
全幅 33m
吃水 7m
機関 IHILM2500ガスタービン 4基
2軸推進、100,000PS
最大速 30ノット
乗員 約340~360名
兵装 Mk15ファランクスCIWS 2基
12.7ミリ単装機関銃 7丁
HOS-303 3連装短魚雷発射管 2基
Mk41VLS 16セル
電子装置 OYQ-10 情報処理装置
FCS-3改 対空捜索レーダー
OPS-20C 対水上レーダー
QQS-21 ソナー
FCS-3
NOLR-3C 電子戦装置
Mk36SRBOC チャフ発射機 4基
搭載機 (通常)ヘリコプター 3-4機
(最大)ヘリコプター 11機

いせローマ字JS Ise, DDH-182)は、海上自衛隊護衛艦ひゅうが型護衛艦の2番艦。艦名は令制国伊勢国に由来し、戦艦航空戦艦伊勢に次いで二代目、海上自衛隊の護衛艦としては初代である。

艦歴[編集]

「いせ」は、中期防衛力整備計画に基づく平成18年度計画13,500トン型ヘリコプター搭載護衛艦2320号艦として、アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド横浜工場で2008年(平成20年)5月30日に起工し、2009年8月21日にアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド横浜工場で挙行された。進水・命名式において、防衛大臣政務官岸信夫により「いせ」と命名された[1]。艦番号は当初DDH-146、建造番号2406号が与えられていたが、その後艦番号DDH-182、建造番号も2320号に変更された。

2011年(平成23年)3月16日に就役。第4護衛隊群第4護衛隊に編入され、護衛隊旗艦となった。定係港はであり、就役後呉基地を拠点として訓練が実施された。艦名板は伊勢神宮大宮司:鷹司尚武の揮毫によるもので、木材は宇治橋に使用されていたが使用された[2]

2013年11月8日フィリピンを襲った台風30号の被害の救援のため、フィリピン国際緊急援助隊が編成され、輸送艦「おおすみ」、補給艦「とわだ」、と共に派遣された(「サンカイ(現地語で友達)作戦」)[3]11月18日、呉を出港、11月22日レイテ湾に到着[3]、救援物資輸送や医療、防疫活動を実施し、12月20日帰国した。

2014年6月7日、米国派遣訓練及び環太平洋合同演習に参加するため呉を出港、各種戦術訓練及びHA/DR(人道支援・災害救済)訓練等を実施し、8月21日呉に帰港した[4]

歴代艦長[編集]

歴代艦長(特記ない限り1等海佐
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
艤装員長
  星山良一 2009.8.21 - 2011.3.15 防衛大学校・26期 開発隊群司令部  
 艦長
1 星山良一 2011.3.16 - 2012.7.31 防衛大学校・26期 呉海上訓練指導隊司令  
2 梅崎時彦 2012.8.1 - 2014.2.20 防衛大学校・29期 呉地方総監部監察官 護衛艦隊司令部付
3 藤原秀幸 2014.2.21 - しらね艦長

脚注[編集]

  1. ^ 2009年8月31日 朝雲新聞ヘリ搭載大型護衛艦「いせ」が進水
  2. ^ 2011年6月24日 海上自衛新聞「「いせ」に艦名板 伊勢神宮大宮司の揮毫で」
  3. ^ a b 自衛隊比艦隊、レイテ島沖に到着、「友達作戦」展開へ 過去最大1180人態勢 産経新聞 11月22日(金)10時31分配信 同日閲覧
  4. ^ 平成26年度米国派遣訓練及びRIMPAC2014への参加について(PDF)

関連項目[編集]