大いなる帰還
『大いなる帰還』(おおいなるきかん、原題:英: The Sister City)は、イギリスのホラー小説家ブライアン・ラムレイが1969年に発表した短編ホラー小説。本作はラムレイの初期クトゥルフ神話の短編であり、アーカムハウスの単行本『クトゥルフ神話作品集』に収録された。
東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて「取り替え子<チェンジリング>の伝説を蜥蜴神ボクラグに結び付けた着想が面白い。神話世界の中で無邪気に遊んでみせる書きぶりは、新世代神話作家の出現を印象づけるものであった」[1]と解説している。
タイトルは意訳邦題である。内容はラヴクラフトの『サルナスの滅亡』を継承している。サルナスを含むムナールの地はドリームランドにあるという設定が主流だが、ラムレイは目覚めの世界に設定した。インスマス系とは異なる身体変異が描かれる。
第一稿ではもっと長かったが、単行本化に際してダーレスが短くするよう要求したという裏事情がある[2]。ラムレイが了承して出来上がったのが本作であるが、後にラムレイは本作を原型にした長編『荒野の底に』(Beneath the Moors)へと発展させる。長編版は日本では未訳である。
あらすじ
15歳のロバート・クルークは、ロンドン空襲で家と両親を失い、怪我で2年間の入院生活を余儀なくされる。ロバートは入院中に読書で神話や伝説に魅了され、退院後は数年かけて古代遺跡の探究のために世界各地を遍歴する。ロバートは旅を続けるうちに成人し、指に水かきができるなど、身体が変異していく。
ロバートはアラビアの無名都市伝説やムナールの地を訪れる。ムナールには、古代都市イブの廃墟と、サルナスが沈んだと伝説される湖があった。ロバートはイブの遺跡にて、理由のわからない懐かしさを覚え、己の故郷を探したいと考える。そして廃墟のモノリスに記されていた文字や、カイロの学者から、イブの姉妹都市キンメリアが、故国イギリスの北東部地域の古名であることを知る。
帰郷したロバートは、弁護士から父の遺言状を受け取る。イブのモノリスと同じ古代文字で書かれた手紙を、ロバートはすらすらと読むことができた。そこには、両親はイギリス人どころか人間でもなく、死を装って故郷に帰還したことが記されていた。ロバートは、母から呼ばれていた「ボオ」という名前から、己をイブの水蜥蜴神ボクラグの末裔であると悟り、全てを理解して真の故郷ル=イブへの帰還に歓喜する。
1952年、ロバートは、石炭採掘委員会の地底爆破計画に「我らの種族を脅かすものである」という抗議文を送った後、立入禁止区域で目撃されたのを最後に消息を絶つ。警察はロバートを精神異常の自殺志願者とみなして捜査を打ち切り、新たに見つかった捨て子の身元と両親の捜索に仕事を切り替える。
主な登場人物
- ロバート・クルーク - 主人公。母からはボオの名で呼ばれていた。全身無毛で、尾骶骨が長く、手足の指の間に水かき状のものがある。潜水に異常に長けた特技を持つ。さらに身体は変異していく。
- ハーヴェイ弁護士 - 帰宅したロバートに、父の遺言状を渡す。
- エイマリー・ウェンディ=スミス卿 - グ・ハーンの廃都を探しにアフリカへ出かけた。本来は別作品の登場人物。
- クルークの両親 - 人間として生きていたが、非人間種族であった。偽装死のために家を爆破して姿を消すが、タイミングを間違えたために息子を殺しかけてしまう。
用語
- 「緑の人形」
- ロバートがサルナスの湖の底で拾ったもの。同じものがイギリス北東部からも見つかる。
- イブ
- ムナール地方の都市。非人間種族が住んでいたが、人間達に一方的に嫌悪感を抱かれ、滅ぼされる。ドリームランドという設定で、ラヴクラフトの『サルナスの滅亡』に登場する。
- ル=イブ
- イブの姉妹都市。イギリス北部、かつてキンメリアと呼ばれていた荒野の地底にある。ラムレイ設定では、イブと共に目覚めの世界に位置する。
- 史実のキンメリアとは名前が同じだけの別物。キンメリアは、ロバート・E・ハワードの英雄コナンの出身地である。
- ボクラグ
- 『サルナスの滅亡』に登場する、イブの都で非人間種族に信仰された水蜥蜴神。
- イブを滅ぼしたサルナスの人間達に報復する。彼らをイブ種族と同じ姿に変え、都市を湖に水没させる。
- スーム=ハー
- かつてイブの都に棲み、20世紀時点でもル=イブに棲む非人間種族。本作中では単に「一族」と呼ばれるのみで、長編『荒野の底に』にて種族名が命名された。
- 水蜥蜴・両生類の特徴をもつ知的種族。成人前、第一変異期、第二変異期、第三変異期で容姿が異なる。
- ル=イブの気候は子供には適さず、大人の容姿は人間社会には受け入れられない。ル=イブで産まれた子供は、イギリスに連れて来られて、置き去りにされる。故郷へ帰る方法を見つけられずに終わる子供達が多く、幸いなごく一部が故郷に帰還する。これは淘汰の作用であり、心身ともに優れた者が帰還する仕組みとなっている。
- 第二変異期ならば外界の条件に適応ができ、イギリスを訪れて子供を見つけて帰る者もいる。ロバートの両親は第二変異期に、赤子のロバートを連れてイギリスにやって来て、子を愛するゆえに掟を破り、共にイギリスで暮らしていた。第三の外見変異が訪れたことで、もはやイギリスにいられなくなり、死んだと見せかけて故郷に帰った。
- 己を人間と信じている子供は、身体変異に心が耐え切れず発狂する者もいる。別種の深きものどもに仲間入りして、ダゴンとクトゥルフに仕える者もいるらしい。
収録
関連作品
- 幻夢の狂月 Mad Moon of Dreams - ラムレイの作品。ドリームランドを舞台に、蜥蜴神ムノムクアが登場する。ムノムクアはボクルグの上位神。
- ウルトラマンガイア第5話「もう一人の巨人」 - ボクルグをモデルにしたウルトラ怪獣「大海魔ボクラグ」が登場する。ウルトラマンアグル(海の青トラマン)と、生まれ故郷を題材にしたエピソード。