祇園四条駅

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祇園四条駅*
四条大橋北側4番出入口
四条大橋北側4番出入口
ぎおんしじょう - Gion-shijo
KH38 清水五条 (0.9km)
(0.7km) 三条 KH40
所在地 京都市東山区四条大橋東詰[1]
駅番号 KH 39
所属事業者 京阪電気鉄道
所属路線 京阪本線
キロ程 48.6km(淀屋橋起点)
電報略号 四(駅名略称方式)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗降人員
-統計年度-
44,570人/日
-2013年-
開業年月日 1915年大正4年)10月27日
乗換 阪急京都本線河原町駅[2]**
備考 * 2008年(平成20年)に四条駅から改称[3]
** 通常、乗り換え駅としては案内されていない。
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配線図

清水五条駅

2 1


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三条駅

祇園四条駅[4](ぎおんしじょうえき)は、京都府京都市東山区にある、京阪電気鉄道京阪本線。地元の人は、当駅を含めた周辺地区を四条京阪と呼ぶことが多い。駅番号はKH39

駅構造[編集]

島式1面2線のホームを持つ地下駅である。四条大橋東詰、川端通四条通との交差点の直下に位置する。地下1階のコンコースは川端通沿い南北と四条通東側へ張り出した凸形をしていて四条通側に駅事務所が設けられている。改札口は北改札と南改札の2か所、ホームは地下2階にある。2015年8月現在コンコースのリニューアル工事中[5]で、9月7日より北改札口の閉鎖と南改札口に新設されたエレベーターの使用が開始された[6]

コンコース階の改札外の自動券売機・定期券売り場の間にATMコーナーが設置されている。テナントとしてコンビニ「アンスリー」も入っている、また駅事務所の向かいに仮設のみやげ物販売[7]をしている。

身障者対応エレベーターは、ホーム階とコンコースの間はホームの北端と北改札を繋ぐ1基(2015年9月・改良工事により北口閉鎖により南改札口に移設)。コンコースと地上との間はコンコースの駅事務所の東側と川端四条交差点東入る北側のバス停前(南座正面玄関の向かい)を結んでいる。車椅子対応のトイレは南改札口の奥にある。

エスカレーターは南改札内に上り下り各1基、コンコース地上間は2基の登りエスカレーターで四条大橋交差点の北西角に出られる。

駅ホームのカラーリングは、町衆の富とエネルギーを象徴させたウコン色(黄色)が採用されている[8]

のりば[編集]

1 京阪本線(上り) 三条出町柳方面
2 京阪本線(下り) 中書島枚方市淀屋橋中之島線方面

※両ホームとも有効長は8両。自動放送における編成長案内は、かつては2番線のみ挿入されていたが、2008年10月ダイヤ改正時点では1番線でも行われている。

モニュメント[編集]

駅の地下化時にコンコースフロアーの壁面に幅1.8m高さ2.8mの「祇園祭山鉾巡行絵図」が設置されている、これは8800形2階建て特急車の壁面の時代祭行列図[9]の作者「西協友一」の作品。

その他[編集]

列車運行管理システム ADEC(自立分散式運行管理システム)の駅制御装置が配置された駅ではないが、近隣のADEC制御装置駅からの制御で案内放送や行き先表示などが自動化されている[10]

災害対策 水害対策として既存の建物(南座)を利用した出入り口を除き、出入り口には金属製の床板が起き上がる止水板が設置されている。駅構内は防災管理盤によりモニターリングされ、万が一の火災発生時には防火防煙シャッターの制御・排煙機の運転、避難路確保の為の自動改札機の開放、火災発生表示機の点灯・運転指令所への通報が自動またはワンスイッチでおこなえる。また地下駅の構内でも警察無線や消防無線が使えるように無線通信補助設備や防災電話などが完備されている[11]

当駅から接続する鉄道路線[編集]

乗り換えは一度地上に出て四条大橋を渡り、再び阪急の地下駅に向かう必要がある(徒歩約5分[2])。相互の乗り換えアナウンスはないが、乗り換え利用者も多く、最近では河原町駅ともに、連絡通路に相手方の駅の発車時刻表を掲出している。

利用状況[編集]

  • 2012年10月の1日乗降人員は44,124人であり、京阪の京都府内の駅では丹波橋駅に次いで2番目に多い[12]
  • 2009年11月10日の乗降人員は43,672人である[13]

近年の1日あたりの利用状況は下記の通り[14][15]

年度 乗降人員 乗車人員
2007年 51,241 23,309
2008年 47,363 23,458
2009年 45,375 22,101
2010年 43,416 21,370
2011年 44,748 22,060
2012年 45,776 22,507
2013年 44,570 22,603

駅周辺[編集]

駅すぐ上のレストラン菊水。京阪特急の広告看板がかかる。

駅東側は祇園の繁華街である。四条大橋の交差点に面して南座があり、その向かいには昭和初期の名建築「菊水ビル」(レストラン菊水)、北側の市営鴨東駐車場を挟んで井筒八ッ橋本舗の本店「北座ビル」がある。四条通を東へ進むと八坂神社の石段に突きあたる。さらに東には円山公園知恩院がある。

南側の出口を出て団栗通を東へ進むと、建仁寺、弥栄会館(ギオンコーナー)、祇園甲部歌舞練場ウインズ京都(場外馬券場)に至る。団栗通の南側は、東山女子技芸学校がある宮川町花街となる。

駅のすぐ西を鴨川が流れており、駅出口の前に四条大橋がかかる。橋を渡ると対岸南側には、昭和初期の名建築「東華菜館ビル」(ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計)がある。その西側には先斗町通が交差し、さらに西へ行くと木屋町通高瀬川を渡り、四条河原町へと続く。

バスのりば[編集]

四条大橋東詰(四条通川端通との交差点)の界隈に京都市営バス京都市交通局)、京都バス京阪バスの3事業者が、川端通沿い(フレスコ祇園店向かい)に大阪さやま交通がそれぞれ停留所を配置している。停留所名は、京都市営バスと京都バスは「四条京阪前」、京阪バスは「四条京阪」、大阪さやま交通が「祇園四条駅」となっている。

京都市営バス[編集]

京都バス[編集]

  • 16系統出町柳駅・八瀬駅前 経由 大原行
  • 21・23系統出町柳駅・上高野 経由 岩倉実相院
  • 41・43系統:出町柳駅・上高野 経由 岩倉村松行
  • 63系統堀川御池(二条城)・映画村 経由 嵐山・苔寺すず虫寺
  • 64系統:堀川御池(二条城)・映画村 経由 嵐山・大覚寺・清滝行
  • 65系統:堀川御池(二条城)・映画村 経由 有栖川行
  • 四条河原町 経由 高野車庫

京阪バス[編集]

  • 19系統:山科駅
  • 83・83A・85・87・88A・88C系統:東山通 醍醐バスターミナル京阪六地蔵・大宅行
  • 83・83A・85A・86B・87A・87B・88B系統:三条京阪・四条烏丸・四条大宮行
  • 84・84C・86・86A系統:四条河原町 醍醐バスターミナル・大宅行

大阪さやま交通[編集]

なお、徒歩数分程度のところに所在する「四条河原町」停留所からもバスが多数発着している。

歴史[編集]

四条通を横切り四条駅に入るびわこ号。1934年から1938年までに撮影。
四条通り踏切 1981年頃撮影
改称前の駅出入口。後ろは南座。2008年3月15日撮影。
上記写真の改称後の駅出入口。2008年10月21日撮影。

1915年・京阪線三条駅への延伸に伴い開業、京都市電四条線が先に開通していたために平面交差が設けられた。当初は上下線とも四条通の北側に相対式のホームを設けていた(びわこ号が写った戦前の写真を参照。写真の右側が北)。のちに、上りホームを四条通南側に移設し、三条行・天満橋淀屋橋)行共に四条通の手前で停車する千鳥配置に変更された。さらにその後、後述する地下化工事の進捗に伴い、今度は下りホームを四条通南側に移設して再び相対式ホームとなり、その状態で地下化工事の完成を迎えた。

1935年の「鴨川水害」では鉄筋コンクリート製アーチ橋の四条大橋に、上流より流された木製の三条大橋などの残骸が引っかかり鴨川を堰き止め、あふれた水が四条駅や周辺に大きな被害を与えた[16]。この後に鴨川の洪水対策として川底を掘り下げ、四条大橋は1942年(昭和17年)に橋脚タイプの現在の橋に架け替えられた[17][18]。併せて「京阪線を地下化して鴨川を拡幅する」との計画が作成されたが、折からの日中戦争からの戦時体制で計画は縮小され、鴨川の川底の掘り下げと堰の設置が1947年まで続けられた[19]

鴨川べりの京阪線の地下化は頓挫したかに思われたが、1960年代末からのモータリゼーションに伴い京阪線の踏切が東西交通の妨げになることや、東大路通河原町通の混雑緩和となる川端通の建設計画と鴨東線の地下鉄道による新設計画が持ちあがり、京阪線の地下化が1975年10月に都市計画決定された。この計画は1977年6月に事業認可されて1979年3月に着工し[20]、1987年5月に地下化が完了した。同年7月には付帯工事区間で集中豪雨により四条駅北側の白川から地下線に大量の水が流れ込み1日運休する被害が発生している[21]。翌年5月にすべての付帯工事も完成し、地上線路跡に川端通が開通した。

沿革[編集]

  • 1915年大正4年)10月27日 - (旧)京阪電気鉄道の京阪本線五条(現・清水五条) - 三条間延伸により開業。
  • 1916年(大正5年)4月1日 - 最急行(同年6月1日廃止)および急行の停車駅となる。
  • 1928年昭和3年)11月3日 - 上下線のホーム改築[22]
  • 1935年(昭和10年)6月29日 - 「鴨川大水害」で駅舎ホームが破損するなど大きな被害を受ける。
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 阪神急行電鉄との合併により、京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。
  • 1946年(昭和21年)1月3日 - 駅構内で電車の追突事故(重傷者4人軽症者20人)[23]
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社譲渡により、京阪電気鉄道の駅となる。
  • 1950年(昭和25年)9月1日 - 特急停車駅となる。
  • 1962年(昭和37年)8月5日 - 上下線のホーム延伸、大阪行き改札口改良・2階に食堂新設[22]
  • 1963年(昭和38年)
    • 4月15日 - 旧字体の「四條」を新字体の「四条」に表記変更。
    • 7月16日 - 琵琶湖疏水の上に大阪行き駅舎新築し使用開始[22]
  • 1972年(昭和47年)
    • 1月23日 - 京都市電四条線(祇園 - 四条大宮)の廃止に伴い、平面交差がなくなる。
    • 7月10日 - 定期券発行機を設置使用開始[24]
  • 1982年(昭和57年)11月 - 地下化工事に伴い、淀屋橋行きホームを四条通り北側から南側へ移設。「四条通り踏切」に遮断機を設置[25]
  • 1987年(昭和62年)
    • 5月24日 - 駅地下化[22]。併せて朝夕の通勤時間帯に禁煙タイムを実施。
    • 7月15日 - 浸水事故で終日閉鎖・列車運行は七条 - 淀屋橋間で折り返し。
  • 1988年(昭和63年)
  • 1992年平成4年)10月21日 - 京阪初の乗り越し精算機を設置。
  • 1996年(平成8年)
  • 2008年(平成20年)10月19日 - 駅名を「四条」から「祇園四条」に改称[3]
  • 2015年(平成27年)
    • 9月7日 - 駅改良工事に伴い、北改札口閉鎖・エレベーター南改札側に新設[6]
    • 11月13日 - 駅改良工事に伴い、定期券売り場を閉鎖[29]

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京阪本線
快速特急(行楽期の土休日・正月のみ運転)・特急・通勤快急(平日下りのみ運転)・快速急行
七条駅 (KH37) - 祇園四条駅 (KH39) - 三条駅 (KH40)
急行・通勤準急(平日下りのみ運転)・準急・普通
清水五条駅 (KH38)- 祇園四条駅 (KH39) - 三条駅 (KH40)
  • ()内は駅番号を示す。

脚注[編集]

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  1. ^ 京阪電鉄株式会社の表記による。[1]
  2. ^ a b 他社線からの乗換案内 「阪急沿線から」をクリック
  3. ^ a b 京都市内の京阪線3駅の駅名を変更します (PDF) - 2007年11月6日京阪電鉄報道発表資料。
  4. ^ 「ネ+氏」の表記が正式である件については、10.19中之島線開業と新ダイヤについてご紹介!”. 京阪電気鉄道. 2008年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月6日閲覧。 を参照。
  5. ^ 出典・京阪駅置き広報誌「K PRESS」2015年8月号16面『くらしのなかの京阪』より
  6. ^ a b 出典・京阪駅置き広報誌「K PRESS」2015年9月号16面『くらしのなかの京阪』より
  7. ^ 元々はアンスリーの店舗場所に「のれん街」として営業していた。出典・季刊広報誌「グラフ京阪」1987年『京都地下線開通特集号』
  8. ^ 出典・季刊広報誌「グラフ京阪」1987年『京都地下線開通特集号』P5の四条駅の解説文より
  9. ^ 時代祭絵図は三条駅のモニュメントの二次使用
  10. ^ 出典・「鉄道ピクトリアル」2009年8月増刊号『<特集>京阪電気鉄道』の76-78頁の「列車運行管理システム」より
  11. ^ 出典・「鉄道ピクトリアル」1991年12月増刊号『<特集>京阪電気鉄道』の45頁より
  12. ^ 京阪電車の交通広告ガイド|沿線概要”. 2014年9月27日閲覧。
  13. ^ 『京阪百年のあゆみ[資料編]』より
  14. ^ 京都市統計ポータル/京都市統計書”. 2015年4月6日閲覧。1日平均乗降人員は暦年数値を日数で除したものであり、統計表は年1回実施される流動調査の実績を基礎として、京阪の提示する数値を基に京都市が作成している。
  15. ^ 京都府統計書「鉄道乗車人員」”. 2015年4月6日閲覧。1日平均乗車人員は年度数値を日数で除して算出。
  16. ^ 四条駅周辺の被災写真
  17. ^ 京都市発行 市民しんぶん東山区版「こちら東山」平成21年7月15日号の「東山区【2】〜過去から未来へ〜」
  18. ^ 1890年代の京都・四条大橋 - 『OLD PHOTOS of JAPAN』より
  19. ^ 参考文献・鉄道ピクトリアル1984年1月増刊号「特集 京阪電気鉄道」中P78『京都市内の地下化工事の経過と今後の予定』1)戦前の計画・種村善博著「京都の治水と昭和大水害」文理閣刊
  20. ^ 鉄道ピクトリアル『特集 京阪電気鉄道』P.78「京都市内の地下化工事の経過と今後の予定」(電気車研究会、1984年1月増刊)
  21. ^ 京都新聞1987年7月15日付夕刊・同16日付朝刊。
  22. ^ a b c d 「京阪百年のあゆみ」資料編143頁
  23. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編206頁
  24. ^ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編234頁
  25. ^ 出典・京阪広報誌「くらしの中の京阪」1982年11月号
  26. ^ 出典・京阪広報誌「くらしの中の京阪」1988年9月号
  27. ^ 出典・京阪広報誌「くらしの中の京阪」1996年4月号
  28. ^ 出典・京阪広報誌「くらしの中の京阪」1996年8月号
  29. ^ 出典・「K PRESS」2015年11月号16面『くらしのなかの京阪』より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]