中書島駅

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中書島駅
中書島駅駅舎(2017年10月14日撮影)
中書島駅駅舎(2017年10月14日撮影)
ちゅうしょじま
Chushojima
所在地 京都市伏見区葭島矢倉町59番地
駅番号 KH  28
所属事業者 京阪電気鉄道
電報略号 中書(駅名略称方式)
駅構造 地上駅
ホーム 3面4線
乗降人員
-統計年度-
11,700人/日
-2016年-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 京阪本線
キロ程 39.7km(淀屋橋起点)
KH27 (4.4km)
(0.9km) 伏見桃山 KH29
所属路線 宇治線
キロ程 0.0km(中書島起点)
(0.7km) 観月橋 KH71
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リニューアル前の北出口
南出口
駅ホーム(左側の1、2番ホームが京阪本線のホーム、右側の3、4番ホームが宇治線ホーム)

中書島駅(ちゅうしょじまえき)は、京都府京都市伏見区葭島(よしじま)矢倉町にある、京阪電気鉄道。駅番号はKH28

利用可能な鉄道路線[編集]

歴史[編集]

開業時・駅横に変電所が造られ、伏見港との接続。大正時代には宇治線の開通と京都電気鉄道伏見線の開業、急行運転の開始と共に急行停車駅となる。太平洋戦争末期には他の交通機関との連絡をするためにと伏見港への側線が建設されている(完成は戦後)。戦後・現在の中央の島ホームの京都向きに凹形の折り返しホームがあった[1]。また1969年には踏切集中監視制御システムの中央装置が設けられる[2]。平成になると特急停車駅に格上げされ、中書島事務所が竣工(ADECと電力管理システム中央装置の更新、緊急地震警報システム導入)[3]、と京阪の京都側の交通の要所として発展してきた。

駅名の由来[編集]

文禄年間、中務少輔に任官していた脇坂安治宇治川の分流に囲まれた島に屋敷を建て住んだことから、「中書島」の名前が生まれたとされる。中務少輔の唐名が「中書」であったことから、脇坂は「中書(ちゅうじょう)さま」と呼ばれていた。その「中書さま」の住む屋敷の島という理由で「中書島」と呼ばれるようになった[4]

正式な地名には使用されておらず、駅の所在地の葭島矢倉町のほかに北浜町・西浜町・東柳町などが中書島とよばれる区画に属している。

年表[編集]

  • 1910年明治43年)4月15日 - 京阪本線開通と同時に開業。
  • 1913年大正2年)6月1日 - 京阪宇治線開業。駅を移設して乗換駅となる[5]
  • 1914年(大正3年)8月25日 - 京都電気鉄道伏見線(1918年7月1日より京都市電)が当駅まで延伸。
  • 1916年(大正5年)4月1日 - 急行停車駅となる。
  • 1917年(大正6年)10月1日 - 大正水害により淀-中書島駅間の堤防破損ほかで京阪本線・宇治線が不通。10月11日三条-中書島間運転再開。同月18日淀-中書島駅間が復旧、運転再開[6]
  • 1939年昭和14年)2月21日 - 駅信号扱所が原因不明の火災で全焼[7]
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。
  • 1947年(昭和22年)4月30日 - 伏見港修築に伴う新設貨物線竣工[5]
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
  • 1951年(昭和26年)5月15日 - 一部配線変更[5]
  • 1964年(昭和39年)10月22日 - 駅構内で普通列車脱線事故発生[8]
  • 1965年(昭和40年)2月25日 - 3番線ホームを廃止[5]
  • 1967年(昭和42年)1月28日 - 構内地下道使用開始、構内踏切を廃止。それまでの4番線→3番線、5番線→4番線に呼称を変更[5]
  • 1969年(昭和44年)3月 - 踏切集中制御装置の中央装置を設置[2]
  • 1970年(昭和45年)4月1日 - 京都市電伏見線(塩小路高倉~中書島)が廃止。
  • 1975年(昭和50年)4月3日 - 駅舎改造工事竣工[5]
  • 1984年(昭和59年)6月2日 - 駅舎改築使用開始[9]
  • 1985年(昭和60年)4月17日 - 2番線ホーム下にホーム転落検知装置を設置し運用開始[10]
  • 1989年平成元年)9月27日 - 構内跨線橋完成[5]
  • 1991年(平成3年) 7月 - 1番ホーム、2.3番ホームに冷房付き待合室運用開始[11]
  • 1993年(平成5年)1月30日 - ダイヤ改正で平日朝ラッシュの淀屋橋行き特急6本に限り停車するようになる。なお出町柳行きは引き続き全列車通過。
  • 1995年(平成7年)12月27日 - 1番ホームの待合室が移動しリニューアル冷暖房完備[12]
  • 1996年(平成8年)4月1日 - 構内跨線橋とホームの間にエレベーター3基を設置運用開始[13]
  • 2000年(平成12年)7月1日 - ダイヤ改正で特急終日停車駅となる。宇治 - 三条(出町柳)間の直通列車がほとんど廃止されたことに伴い、昼間時に4番線発着の中書島 - 三条(出町柳)間区間運転列車が設定される(事実上、宇治直通列車の系統を当駅を境に分割した形)。
  • 2003年(平成15年)9月6日 - 中書島 - 三条(出町柳)区間運転列車が平日朝の1本のみとなり、4番線発着列車が大幅減少。
  • 2004年(平成16年)8月9日 - 駅南側にバスターミナル開設に併せて、南改札口新設[14][15]
  • 2005年(平成17年)5月30日 - 駅前広場完成[5]
  • 2006年(平成18年)4月16日 - 中書島 - 三条(出町柳)区間運転列車がダイヤ改定で全廃、淀駅の仮移転に伴う臨時電車の待機場所に4番線が使われるようになる。
  • 2006年(平成18年)4月16日 - 中書島事務所が竣工(ADECと電力管理システム中央装置の更新、緊急地震警報システム導入)[3]
  • 2008年(平成20年)
    • 2月 - 「ホーム異常通報装置」新設[16]
    • 3月27日 - 各ホームにLED列車案内表示機を設置。
  • 2012年(平成24年)4月 - 駅舎リニューアル工事竣工「けいはんインフォステーション」を新設[17]
  • 2013年(平成25年)8月5日 - 2番線ホームの足下灯をLEDライトに更新[18]
  • 2016年(平成28年)
    • 3月15日 - 事故情報などをリアルタイムに知らせる「旅客案内ディスプレー」を設置[19]
    • 3月19日 - ダイヤ改正で日中の普通電車の運用がなくなり、準急・特急のみ停車する時間帯が生まれた。

駅構造[編集]

相対式ホームの間に島式ホーム1面がある3面4線の地上駅。駅舎は南北双方(北改札は1番ホーム、南改札は4番ホームの、それぞれ淀屋橋寄り)にあり、各ホームは跨線橋と地下道で連絡している。跨線橋と各ホームを結ぶエレベーターもある。

1番ホーム上にコンビニ(アンスリー)がある。2・3番ホームにうどん屋「麺座」と、従来型の売店「セカンド・ポシェ」があったが平成27年3月上旬にアンスリーへとリニューアルされた。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1 京阪本線 上り 丹波橋三条出町柳方面
2 下り 枚方市京橋淀屋橋中之島線方面
3・4 宇治線 六地蔵黄檗宇治方面

宇治線の列車は原則3番線を使用し、4番線は朝方のみ使用する。また、京阪本線も含めた3方向の入線・出発に対応している。

配線図[編集]

京阪電気鉄道 中書島駅 構内配線略図
京阪本線
三条出町柳方面

京阪本線
枚方市京橋
淀屋橋中之島
方面
京阪電気鉄道 中書島駅 構内配線略図
宇治線
六地蔵宇治
方面
凡例
出典:[20]


備考[編集]

駅構内は急カーブ上に位置し、線路もそれによって1番線寄りに急傾斜している。1962年に脱線事故があった記録[8]もあり、3番線発着の列車はかなり減速した上で駅構内へ進入する。なお、宇治線の列車は後述の宇治側の留置線の辺りから駅構内にかけて15km/hで走行する。

ホームから東に(宇治寄り)に20m程進んだ所に宇治線を挟んで2線の留置線があり、北側の留置線は5両編成の車両が、南側(新日本理化)は7両編成の車両が留置出来る。また、4番線の大阪側にも8連対応の留置線が1線設けられていて、臨時特急に運用される8000系30番台が待機していたこともあった。

宇治より南側留置線の本線進入部分は、現在は社員用駐車場への踏切が設けられているが、かつてはそこから伏見港まで引込み線が伸びていた。これは第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)に、B-29の爆撃で交通網が分断された場合に備え、他の交通機関との連携強化ために敷設されたとされる(京都市電の側線も造られた)。しかし、完成は終戦後の1946年(昭和21年)で1951年(昭和26年)には撤去されている[21]

2006年からは高架化工事の進捗によって、淀駅の下りホームの位置変更により淀発の下り列車は一番列車の準急以外、一度当駅の4番線に入りそこから淀駅に向かっていた。その関係で4番線の宇治よりには7・8両用の乗務員専用の小型ホームが設置してある。主に淀発下り準急と臨時列車運転時に使われていたが、高架化工事完了以降は当駅まで出向いて折返す運用はほとんどなくなっている。この小型ホームも現在は撤去されている。

2・3番線は同一平面上にあるため、本線下り列車と宇治線列車の相互乗換は容易で、1・2番線は8両編成、3・4番線は5両編成まで停車可能である。(3番線は2番線と隣同士でスペースはあるが、ポイント事情のため柵が付けてある)当・中書島駅以北では8両編成の各駅停車(普通列車準急行列車守口市駅通過の通勤準急列車)は、全くない。(ただし、当駅0時17分に発車する特急三条行きは三条駅から普通出町柳行きとなる。)

宇治線系統の列車が朝方のみ使用する4番線はもともと宇治線から京阪本線に直通する三条・出町柳行き列車用のホームであった。2000年に宇治線と京阪本線の直通列車が当駅を境に系統分割された後も当駅折返し三条・出町柳行ホームとして使用されていたが、2003年秋のダイヤ改正とともに当駅折返し列車は平日1往復となり、さらに2006年春のダイヤ改定後は当駅折返し列車が全廃された。

4番線は南改札口設置直後は「当駅始発 三条・宇治方面」の記載であったが、しばらくして「当駅始発(早朝のみ)」という表示に変わった。しかし前述した通り、現在発着する列車は宇治線列車と回送列車のみとなり実情と異なる記載になったため、2008年にLED式に更新された発車案内のみ、3番線と同じく「宇治線 六地蔵・宇治方面」と記載されている。

発車メロディ導入駅であり、宇治行きの場合、発車案内放送が通常のものとは違うタイプになっている。2003年のダイヤ改正時点では「3(4)番線の各駅停車が発車します」となっていたが、その後「3(4)番線の宇治行きが発車します」、そして2007年6月の自動放送更新後は「3(4)番線・宇治行きの扉が閉まります」となった。同じようなタイプの放送は枚方市駅(私市行き)、京橋駅及び天満橋駅(淀屋橋行きと中之島行き)にも見られる。京阪本線のホームは計2線であるが、宇治線の起点駅でもあるため京阪本線ホームでも発車メロディが使用されている。

1番線ホームの出町柳寄りの壁面にある駅名標には宇治線の次駅である観月橋駅が案内されている。(1番線からは宇治線に入線できない。)

利用状況[編集]

2016年(平成28年)度の1日平均乗降人員は11,700人である。

近年の1日あたり利用客数の推移は下記の通り[22][23]

年度 乗降人員 乗車人員
2007年 12,893 6,082
2008年 13,249 6,633
2009年 12,975 6,438
2010年 13,679 6,762
2011年 13,093 6,421
2012年 13,393 6,608
2013年 12,940 6,534
2014年 13,143 6,649
2015年 14,326 7,213
2016年 11,700 5,811

駅周辺[編集]

京都市自然100選「伏見濠川の柳並木」
舟宿・寺田屋

橋本同様、戦前までは遊廓があり賑わった。現在は駅前に飲食店が軒を連ねるものの、かつての名残は遊廓だった一部の建物が民家として残るのみ。

バス路線[編集]

京阪中書島
京阪中書島・伏見港公園
81号系統ののりばは京阪中書島(南口)から徒歩3分の伏見港公園そば、他の系統ののりばは駅南側ロータリー内にある。
中書島
京阪中書島駅(北口)から徒歩3分の府道上にある。
  • 京都市バス
    • 19号系統:京都駅行(京阪国道経由)/横大路車庫行
    • 20号系統:京阪淀駅方面(免許試験場前経由、南横大路経由)/横大路車庫行
    • 22号系統:南工業団地行(久我経由)/横大路車庫行
    • 81号系統:京都駅行(竹田街道経由)/横大路車庫行
    • 105号系統南5号系統:京都駅行(稲荷大社前経由)/横大路車庫行
    • 南3号系統:竹田駅西口行/横大路車庫行
    • 南8号系統:竹田駅東口行(桃陵団地前経由)/横大路車庫前行(大手筋通経由)
  • 京阪バス/京都京阪バス

その他[編集]

  • 北口を出た北側には、京都市電伏見線の乗り場が1914年から1970年まであり、市電廃止後は代替の市バスをはじめとするバス乗り場として使われていた。バス乗り場だった当時は、転回するスペースがないため、ターンテーブルが設置されていた。その後バスが経由しなくなり一時空き地となっていたが、現在は有料駐輪場スペースとして活用されている。
  • 本線から宇治線への乗り換え案内は、以前は「六地蔵・黄檗・宇治方面」と呼称していたが、2003年以降は「宇治線」とだけ呼称している。
  • 4番線は2004年頃に2代目おけいはん新撰組編)のCM撮影に使われたことがある。
  • 乗降客数が10296人と京阪本線特急停車駅では最も少なく[25]駅前の商店街の利用客も少ないため、商店の女将たちが集まり女性の視点で中書島を活性化させようと活動している[26]

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京阪本線
快速特急
通過
特急・通勤快急(平日下りのみ運転)・快速急行
樟葉駅 (KH24) - 中書島駅 (KH28) - 丹波橋駅 (KH30)
急行
八幡市駅 (KH26) - 中書島駅 (KH28) - 丹波橋駅 (KH30)
急行(淀始終着の列車)
淀駅(京都競馬場)(KH27) - 中書島駅 (KH28) - 丹波橋駅 (KH30)
通勤準急(平日下りのみ運転)・準急・普通
淀駅(京都競馬場)(KH27) - 中書島駅 (KH28) - 伏見桃山駅 (KH29)
宇治線(全列車各駅に停車)
中書島駅 (KH28) - 観月橋駅 (KH71)
  • 括弧内は副駅名および駅番号を示す。

脚注[編集]

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  1. ^ 出典・「鉄道ピクトリアル2009年8月増刊号『特集京阪電気鉄道』P140の線路図より
  2. ^ a b 出典・深草駅・枚方市駅・守口駅にも設置される。出典・鉄道ピクトリアル1973年7月増刊号102頁。現在は中書島駅と枚方市駅に集約されている、出典・鉄道ピクトリアル2009年8月増刊号76頁より
  3. ^ a b 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編262頁より
  4. ^ 出典・「関西の鉄道」№53 2007年7月20日発行 95頁「中書島のはなし」
  5. ^ a b c d e f g h 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編141頁
  6. ^ 出典・京阪100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』84頁「淀川の決壊」より
  7. ^ 出典・京阪100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編200頁
  8. ^ a b 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」資料編226頁の巻末年表より
  9. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1984年6月号より
  10. ^ 出典・駅置き広報誌・「くらしの中の京阪」1985年5月号より
  11. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1991年9月号より
  12. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1996年2月号より
  13. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1996年5月号より
  14. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2004年8月号の16面「くらしのなかの京阪」
  15. ^ 「鉄道記録帳」、『RAIL FAN』第51巻第11号、鉄道友の会、2004年11月号、 27頁。
  16. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2009年3月号の16面「くらしのなかの京阪」
  17. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2012年5月号の16面「くらしのなかの京阪」
  18. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2013年9月号の16面「くらしのなかの京阪」
  19. ^ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2016年3月号の16面「くらしのなかの京阪」
  20. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』 第59巻第8号 通巻第822号 2009年8月 臨時増刊号 「特集 - 京阪電気鉄道」、巻末折込「京阪電気鉄道線路配線略図」、2009.6.3現在
  21. ^ 出典・「関西の鉄道」№38京阪電気鉄道特集PartⅢのP53の記事・同P54に掲載の国土地理院発行の昭和26年修正の地図より
  22. ^ 京都市統計ポータル/京都市統計書 暦年数値を日数で除したものであり、統計表は年1回実施される流動調査の実績を基礎として、京阪の提示する数値を基に京都市が作成している。
  23. ^ 京都府統計書「鉄道乗車人員」”. 2015年4月6日閲覧。年度数値を日数で除して算出。
  24. ^ 京阪線開通時に設置された変電所、竣工は1910年4月2日。出典・開業80周年記念誌「街をつなぐ 心をむすぶ」52.53頁より。現在は京阪本線の北側に移設され旧変電所跡地は中書島事務所になっている
  25. ^ 参考文献『京阪百年のあゆみ』資料編103頁「駅別徐行客数の推移」
  26. ^ 出典:京都新聞2011年7月5日朝刊京都市民版20面の記事「特急停車駅『元気だそう』」より

参考文献[編集]

  • 『京阪百年のあゆみ』2011年3月24日発行・京阪電気鉄道刊
  • 「関西の鉄道」№38 1999年10月1日発行
  • 「関西の鉄道」№53 2007年7月20日発行
  • 「鉄道ピクトリアル」2009年8月増刊号
  • 「鉄道ピクトリアル」1973年7月増刊号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]