守口市駅

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守口市駅*
守口市駅と京阪百貨店守口店
守口市駅と京阪百貨店守口店
もりぐちし
Moriguchishi
KH10 土居 (0.7km)
(1.1km) 西三荘 KH12
所在地 大阪府守口市寺内町二丁目
駅番号 KH  11
所属事業者 Keihan railway logo.svg京阪電気鉄道
所属路線 京阪本線
キロ程 8.3km(淀屋橋起点)
電報略号 守(駅名略称方式)
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
18,797人/日(降車客含まず)
-2014年-
乗降人員
-統計年度-
36,778人/日
-2014年-
開業年月日 1910年明治43年)4月15日
備考 * 1971年に守口駅から改称
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守口市駅(もりぐちしえき)は、大阪府守口市寺内町二丁目にある、京阪電気鉄道京阪本線。駅番号はKH11

歴史[編集]

京阪開業と同時に駅が開業、電車に送電する変電所も併設された。大正時代・駅の京都側に網島より車庫と車両工場が移設され、昭和初期には「野江の七曲り」と言われた守口-野江間の直線への付け替えと立体交差化、さらに複々線化。それに対抗するように大阪市電が守口市に乗り入れ。戦後は守口-寝屋川信号所間の複々線高架化、それに伴い車庫と車両工場の寝屋川市への移設し撤去、その跡地に京阪百貨店の新設や駅前広場「カナディアンスクエア」が整備された。この時期には平行路線として大阪市営地下鉄谷町線が延長されるなどしている。

年表[編集]

  • 1910年(明治43年)4月15日 - 京阪本線開通と同時に守口駅として開業。
  • 1918年(大正7年)3月1日 - 当駅の京都側に守口車庫が竣工[1]
  • 1931年(昭和6年)10月14日 - 当駅から蒲生(現在の京橋)駅まで専用軌道化[1]
  • 1933年(昭和8年)12月29日 - 当駅から蒲生信号所まで複々線化[1]
  • 1934年(昭和9年)9月21日 - 室戸台風で、隣接する守口車庫の木造検車庫が半壊(修復に桂車庫の検車庫を移築[1])。
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)7月16日 - 急行停車駅となる[2]
  • 1946年(昭和21年)2月15日 - 大戦末期廃止されていた急行運転が再開、しかし急行通過駅となる[3]
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
  • 1955年(昭和30年)11月15日 - 拡張工事竣工[4]
  • 1964年(昭和39年)
    • 4月1日 - 京阪守口ビル竣工[5]
    • 8月12日 - 橋上駅舎完成[4]
  • 1971年(昭和46年)6月20日 - 守口市駅に改称[4]
  • 1972年(昭和47年)
    • 2月2日 - 隣接していた守口工場・守口車庫が廃止、車庫線の一部は留置線として高架化まで使用された。
    • 11月28日 - 土居 - 寝屋川信号所間の高架複々線化工事着工、守口市駅を京都側の守口車庫の跡地に仮駅建設工事着手[6]
  • 1976年(昭和51年)8月22日 - 守口車庫跡地に造られた仮駅舎使用開始[6]
  • 1979年(昭和54年)4月15日 - 京都行きホーム高架化[6]
  • 1980年(昭和55年)
    • 3月23日 - 朝夕を除いて急行・準急が停車するようになる[6]
    • 6月8日 - 大阪行きホーム高架化[7]
  • 1982年(昭和57年)3月29日 - 高架化工事竣工[8]
  • 1985年(昭和60年)
    • 10月1日 - 途中下車指定駅に[9](1995年11月で途中下車指定駅制度が廃止)。
    • 10月6日 - 駅前バスターミナルが完成、京阪バスが乗り入れ開始[10]
    • 10月12日 - 守口工場・守口車庫跡地に京阪百貨店1号店開業、残り用地は駐車場に使用。
    • 12月7日 - 「エル守口」営業開始[11]
  • 1990年(平成2年)7月1日 - 上下各ホームにある待合室を冷房化[12]
  • 1993年(平成5年)7月31日 - 「エル守口・グルメスクエア」営業開始[13]
  • 1994年(平成6年)11月 - 駅事務所でコインFAXに因るファクシミリサービス開始[14]
  • 1998年(平成10年)
    • 9月 - 東口・西口のトイレに「多目的トイレ」を設置[15]
    • 10月22日 - 京都行きプラットホームに売店が開店[16]
    • 12月2日 - 西口に直結する京阪守口ビル1F2Fにグルメゾーン「QUONE」オープン[16]
    • 12月18日 - 改札内にATM設置(旧大和銀行[16]
    • 12月21日 - 東口前にコンビニ4号店「アンスリー守口」開業[16]
  • 2004年(平成16年)12月 - ホーム東口側に車イス対応エレベーター2基・コンコース地上間に1基を設置[17]
  • 2005年(平成17年)12月3日 - 「けいはんインフォステーション」新設[18]
  • 2006年(平成18年)
    • 3月17日 - 駅構内に『ユニクロ京阪守口店』開店[19]
    • 12月 - ホーム異常通報装置を設置[20]
    • 12月21日 - 継続定期のみ利用可能な自動定期券発行機を試験導入、翌年2月1日より使用開始[21]
  • 2007年(平成19年)
    • 2月1日 - 自動定期券発行機を使用開始[21]
    • 7月9日 - 新規購入も可能な自動定期券発行機を導入、使用開始[21]
  • 2008年(平成20年)
    • 6月26日 - 改札内に週代わりスイーツ販売店「SWEETS BOX」開業。
    • 10月19日 - 新たに設定された快速急行の停車駅となる(ただし、通勤快急は通過)。
  • 2016年(平成28年)3月15日 - 事故情報などをリアルタイムに知らせる「旅客案内ディスプレー」を設置[22]

高架複々線化工事での逸話[編集]

現在では守口市駅は高架化されているが、1933年12月に蒲生信号所から守口駅までが複々線立体交差化された時点では地上駅で大阪側には踏切も存在した、また完成時期が世界恐慌の真っ最中で新京阪線(現阪急京都線)の待避線・ポイントを撤去して転用したといわれている[1]

1970年3月に守口(現・守口市)駅-新門真(現・門真市)駅間の複々線高架化の認可申請をした段階では守口駅の京都側から高架化される計画で1972年(昭和47年)の高架化工事着工時にも守口市駅の高架化の認可はなされていなかった。しかし守口市が守口市駅の高架化を前提に再開発計画を立てていたため、翌1973年4月11日付けで萱島駅の設計変更と共に高架化が認可された。また高架工事に伴い移設された仮駅舎は1975年の夏にはほぼ完成していたが、仮駅前のバスターミナルへの進入路の借地交渉が纏まらず約1年間使用できなかった。このため高架化工事が約2年間遅延し、守口市駅下り線(大阪行き)の高架化工事の完成を持って土居駅-寝屋川信号所間の複々線高架化は竣工した。 また守口市駅の京都側には車庫への出入庫線のほかに京阪本線の中央部に引き上げ線が設置され淀屋橋駅 - 守口市間の普通が折り返しに使用していたが1980年の3月のダイヤ改正で運転区間が萱島駅まで延長されたため引き上げ線は廃止撤去[6]され、同年6月8日に下り線も高架化され、ようやく淀屋橋-寝屋川信号所間約14kmが連続立体交差化された。 その後も付帯工事が続けられ1982年3月に竣工した。

駅構造[編集]

2015年8月現在、駅構内の耐震補強工事中、2016年3月末終了[23]

当駅は3層構造の高架駅であり、改札・コンコースは2階、ホームは3階に位置する。所属の京阪本線は東西に走っている。改札口は東西1ヶ所ずつ設けられ、東改札には京阪百貨店が隣接し、エレベーターが設置されている。

当駅は京阪本線の複々線区間に位置しており、島式2面4線のホームによって、快速急行・準急等の速達列車と各駅停車列車との接続を可能としている。早朝の一部を除いて、中央寄りの2・3番線(A線)に準急・急行・快速急行が発着し、外側の1・4番線(B線)に各駅停車・区間急行が発着する。ホームはいずれも8両編成の列車が停車可能である。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1・2 京阪本線 上り 枚方市中書島三条出町柳方面
3・4 京阪本線 下り 京橋淀屋橋中之島線方面

特徴[編集]

発車メロディが導入されている。

区間急行以外の優等列車が停まらない平日朝ラッシュ時下りを除き、ほぼ終日に渡って、この駅で普通列車と、急行または準急(時間帯によっては快速急行も)が接続を図っている。なお日中上りの枚方市行き普通は当駅発車後、枚方市駅まで先着する。

近年は当駅への急行・準急の停車時間帯が拡大傾向にある(現在、当駅を通過する急行は深夜急行、準急は通勤準急に改称され、通勤快急ともども片道のみの設定)。その反面、それらの通過時間のカバーの役割をになっていた区間急行は減少傾向にあったが、2006年4月16日のダイヤ改定で準急に代わって昼間時にも運転されるようになった。しかし、2011年5月28日のダイヤ変更により昼間時の区間急行は消滅した。

2008年10月からの新列車種別快速急行の停車駅となったが、平日朝ラッシュ時下りは代わりに当駅通過となる通勤快急が運転される。

京都方面から当駅まで運転される最終の普通列車は、当駅が終点である。2016年のダイヤ改定までは、その列車は4番線で夜間留置され、翌朝に当駅始発中之島行き普通列車として運転されていたが、同日のダイヤ改定で翌朝の当駅始発中之島行き普通列車が廃止された関係上、到着後に折返し寝屋川信号所まで回送するダイヤに変更されたため、同改定以降夜間留置は廃止されている(このため、2番線と3番線間にある京都方の渡り線はこの改定以前は非常渡り線であったが、同日以降は正式な渡り線に変更している)。

駅構内にはエル守口と呼ばれるショッピングエリア・Plag-in(旧・アンスリー)・ユニクロなどの商業施設が並んでいる(一部は京阪百貨店の店舗)。

利用状況[編集]

2014年度の1日乗降人員36,778人(乗車人員:18,797人、降車人員:17,981人)である。

近年の特定日における1日乗降・乗車人員は下表のとおりである。

年度 特定日 出典
乗降人員 乗車人員
1990年(平成02年) 58,433 29,663 [24]
1991年(平成03年) -
1992年(平成04年) 60,052 30,490 [25]
1993年(平成05年) -
1994年(平成06年) -
1995年(平成07年) 56,902 28,492 [26]
1996年(平成08年) -
1997年(平成09年) -
1998年(平成10年) 52,524 26,906 [27]
1999年(平成11年) -
2000年(平成12年) 49,330 25,379 [28]
2001年(平成13年) -
2002年(平成14年) 51,103 26,348 [29]
2003年(平成15年) 49,553 25,127 [30]
2004年(平成16年) 49,564 25,431 [31]
2005年(平成17年) 48,349 24,765 [32]
2006年(平成18年) 46,733 23,910 [33]
2007年(平成19年) 47,556 24,465 [34]
2008年(平成20年) 44,910 22,864 [35]
2009年(平成21年) 42,724 21,722 [36]
2010年(平成22年) 42,332 21,819 [37]
2011年(平成23年) 43,152 22,106 [38]
2012年(平成24年) 39,684 20,397 [39]
2013年(平成25年) 37,765 19,350 [40]
2014年(平成26年) 36,778 18,797 [41]

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

京阪バスが運行。

現行経路[編集]

一般路線[編集]

全路線京阪バス寝屋川営業所が担当。

  • 1のりば
    • 1号経路 八番経由 仁和寺・寝屋川市駅行き(土居を経由する便としない便あり。最終便は寝屋川車庫止め)
    • 3号経路 八番・摂南大学経由 寝屋川市駅行き
  • 2のりば
    • 2号経路 金田経由 仁和寺行き(大日駅経由する便としない便あり)
    • 4号経路 金田・葛原経由 寝屋川市駅行き(大日駅経由する便としない便あり)
  • 3のりば
  • 4のりば
  • 5のりば
    • 19号経路 東郷通・焼野経由 鶴見緑地行き(東郷通止めあり)
    • 29号経路 南寺方方面循環
    • 30号経路 東郷通経由 世木公園方面循環

リムジンバス[編集]

京阪バス門真営業所が担当。6のりばから発車。

廃止経路[編集]

一般路線[編集]

15号経路を除き門真営業所が担当。

  • くるっとBUS(ひだり回り)
  • くるっとBUS(みぎ回り)
  • 11号経路 東郷通・三島経由 門真団地行き
  • 15号経路 京阪門真市駅経由 仁和寺行き(この経路のみ寝屋川営業所担当)
  • 24号経路 京阪大和田駅経由 清滝団地行き

高速バス[編集]

エピソード[編集]

  • 江戸川乱歩1924年(大正13年)、当駅から大阪毎日新聞社へ通勤していた。帰宅中に線路沿いの古枕木を使用した柵の向こう側の風景が歩くと次々現れては隠れるのを見て、明智小五郎が初登場する「D坂の殺人事件」の棒縞の浴衣と格子戸のトリックを思いついた[42]。当時乱歩が書斎として使っていた家が、「江戸川乱歩寓居の跡」のプレートを掲げて2010年まで地下鉄守口駅付近に残っていた。
  • グリコ・森永事件の犯人グループによる森永製菓脅迫事件の際、1984年9月18日に犯人側は当駅の東口を最終的な現金の受け渡し場所に指定したが、結局犯人は現れなかった[43]

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京阪本線
快速特急・特急・通勤快急・深夜急行・通勤準急
通過
快速急行・急行
京橋駅 (KH04) - 守口市駅 (KH11) - 寝屋川市駅 (KH17)
準急
京橋駅 (KH04) - 守口市駅 (KH11) - 萱島駅 (KH16)
区間急行(当駅から西三荘方の各駅に停車)
京橋駅 (KH04) - 守口市駅 (KH11) - 西三荘駅 (KH12)
普通
土居駅 (KH10) - 守口市駅 (KH11) - 西三荘駅 (KH12)
  • 括弧内は駅番号を示す。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 出典・「鉄道ピクトリアル」1984年1月増刊号『特集 京阪電気鉄道』P82-92「線路改良のうつりかわり」
  2. ^ 京阪電鉄社史『鉄路五十年』(1960年)の年表による。
  3. ^ 出典・「鉄道ピクトリアル」1984年1月増刊号『特集 京阪電気鉄道』98頁の「輸送面から見た京阪の魅力」の103頁『車両事情好転で急行列車も復活』より
  4. ^ a b c 京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編137頁
  5. ^ a b 京阪電気鉄道開業90周年記念誌「街をつなぐ 心をむすぶ」209頁
  6. ^ a b c d e 出典・「鉄道ピクトリアル1980年8月号」P55-57の『京阪電鉄複々線化工事完成とダイヤ改正』より
  7. ^ 出典・関西鉄道研究会「車両発達史シリーズ1 京阪電気鉄道」24頁より
  8. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1982年4月号より
  9. ^ 出典・京阪電車開業80周年記念誌『過去が咲いている今』(1990年7月1日発行)の年表より
  10. ^ 出典・京阪電気鉄道開業百年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編・巻末年表244頁
  11. ^ 出典・京阪電気鉄道開業90周年記念誌「街をつなぐ 心をむすぶ」212頁より
  12. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1990年9月号より
  13. ^ 出典・京阪電気鉄道開業90周年記念誌「街をつなぐ 心をむすぶ」170頁より
  14. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1994年12月号より
  15. ^ 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1998年10月号より
  16. ^ a b c d 出典・駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1998年12月号より
  17. ^ 出典・駅置きの広報誌「K PRESS」2005年2月号12面『くらしのなかの京阪』より
  18. ^ 出典・京阪電気鉄道開業百年記念誌『京阪百年のあゆみ』538頁「駅施設の改良」
  19. ^ 出典・京阪電気鉄道開業百年記念誌『京阪百年のあゆみ』565-566頁「多様な流通事業」
  20. ^ 出典・駅置きの広報誌「K PRESS」2006年1月号16面『くらしのなかの京阪』
  21. ^ a b c 出典・京阪電気鉄道開業百年記念誌『京阪百年のあゆみ』539頁「駅施設の改良」
  22. ^ 出典・駅置きの広報誌「K PRESS」2016年3月号16面『くらしのなかの京阪』
  23. ^ 出典・駅置き沿線情報誌『K PRESS』2015年8月号16面「くらしのなかの京阪」より
  24. ^ 大阪府統計年鑑(平成3年) (PDF)
  25. ^ 大阪府統計年鑑(平成5年) (PDF)
  26. ^ 大阪府統計年鑑(平成8年) (PDF)
  27. ^ 大阪府統計年鑑(平成11年) (PDF)
  28. ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF)
  29. ^ 大阪府統計年鑑(平成15年) (PDF)
  30. ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF)
  31. ^ 大阪府統計年鑑(平成17年) (PDF)
  32. ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF)
  33. ^ 大阪府統計年鑑(平成19年) (PDF)
  34. ^ 大阪府統計年鑑(平成20年) (PDF)
  35. ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF)
  36. ^ 大阪府統計年鑑(平成22年) (PDF)
  37. ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF)
  38. ^ 大阪府統計年鑑(平成24年) (PDF)
  39. ^ 大阪府統計年鑑(平成25年) (PDF)
  40. ^ 大阪府統計年鑑(平成26年) (PDF)
  41. ^ 大阪府統計年鑑(平成27年) (PDF)
  42. ^ この執筆裏話の初出は平凡社「江戸川乱歩全集」第十三巻(1932年)の巻末の随筆「探偵小説十年」だが、「探偵小説四十年」の中の「余技時代」に再録されている。昭和30年代に撮影された柵の写真が新潮日本文学アルバム41『江戸川乱歩』(新潮社 、1993年)に掲載されている。
  43. ^ 朝日新聞1984年10月13日朝刊23面

関連項目[編集]

外部リンク[編集]