和泉史郎

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いずみ しろう
和泉 史郎
本名 常盤 一郎
生年月日 (1961-05-06) 1961年5月6日(59歳)
出生地 日本の旗 日本千葉県
身長 180 cm[1]
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画舞台
活動期間 1984年 - 2000年
事務所 放映新社( - 2000年
主な作品
テレビドラマ
電撃戦隊チェンジマン
恐竜戦隊ジュウレンジャー
おんな風林火山
暴れん坊将軍III
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和泉 史郎(いずみ しろう、1961年5月6日[1][2] - )は、日本の元俳優。本名は常盤 一郎ときわ いちろう[1]

千葉県出身[1][2]千葉県立八千代東高等学校卒業[1]。以前は、Vacdeville[2]放映新社[1]に所属していた。既婚。

来歴・人物[編集]

東映演技研修所を経て、東映俳優センターに所属[3][4]。その後、劇団東京ヴォードヴィルショーなどで活躍した[5]

1985年スーパー戦隊シリーズ第9作『電撃戦隊チェンジマン』の大空勇馬 / チェンジペガサス役として出演。

1992年、同じくスーパー戦隊シリーズの第16作『恐竜戦隊ジュウレンジャー』のブライ / ドラゴンレンジャー役として再び出演し、シリーズ初の6人目の戦士を演じた。

特技は、剣道野球ゴルフ[1]2000年に芸能界を引退している。

エピソード[編集]

『チェンジマン』では、レッド役(剣飛竜 / チェンジドラゴン役)狙いでオーディションを受けたが、最終的には三枚目の役で起用された[4]。自動二輪免許を取得していたため、同じく免許を持っていた疾風翔 / チェンジグリフォン役の河合宏とともにオートバイのシーンを担うことが多かった[4]

『ジュウレンジャー』でのブライ / ドラゴンレンジャー役は、当初は5話程度のゲスト出演でオファーを受けたものの人気を獲得したことで、予定を変更して番組後半まで活躍することになった[4]。ファンレターの多くは、『チェンジマン』をリアルタイムで視聴していた母親層からであったという[2][4]。自宅の前にファンの親子が待っていたが、洗濯物を盗まれたり車に落書きをされるなどの迷惑行為もあった[1]。共演した望月祐多は、和泉について年上で頼れる存在であったといい、役柄同様に兄のように慕っていたと述べている[6]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

舞台[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 最終話ではチェンジペガサスのスーツアクターも担当した[4]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 日本タレント名鑑2000』VIPタイムズ社、2000年、36頁。
  2. ^ a b c d 「特別企画 恐竜戦隊ジュウレンジャーメモリアル座談会 さようなら栄光の戦士たち」『恐竜戦隊ジュウレンジャー スーパー戦隊超全集小学館てれびくんデラックス愛蔵版〉、1993年4月20日、73-77頁。ISBN 978-4-09-101435-1
  3. ^ 『日本タレント名鑑'88』VIPタイムズ社、1988年、20頁。
  4. ^ a b c d e f 超世紀全戦隊大全集 1993, p. 187, 「戦隊シリーズ キャストインタビュー 和泉史郎」
  5. ^ 『日本タレント名鑑'92』VIPタイムズ社、1992年、26頁。
  6. ^ 「SPECIAL INTERVIEW'92 望月祐多」『スーパー戦隊 Official Mook 20世紀 1992 恐竜戦隊ジュウレンジャー』講談社〈講談社シリーズMOOK〉、2019年3月8日、20-21頁。ISBN 978-4-06-513708-6

参考文献[編集]

外部リンク[編集]