ロッキード コンステレーション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

コンステレーション

トランスワールド航空のL-1049「スーパー・コンステレーション」の派生型L-1649「スターライナー」(主翼が新設計)

トランスワールド航空
L-1049「スーパー・コンステレーション」の派生型L-1649「スターライナー」(主翼が新設計)

ロッキード コンステレーション (Lockheed Constellation) は、アメリカ合衆国の航空機メーカー・ロッキード社が開発・製造した、与圧構造装備の大型プロペラ旅客機である。コニー (Connie) のニックネームでも知られる4発の高速旅客機で、レシプロエンジン旅客機の歴史の最後を飾る存在として著名である。

概要[編集]

開発開始[編集]

C-69(L-049)投影図
VC-121A「バターン号」
L-049コンステレーション(英国海外航空
L-649コンステレーション(イースタン航空
L-749コンステレーション(南アフリカ航空
L-1049G スーパー・コンステレーション(KLMオランダ航空)
L-1649A スターライナー(トランス・ワールド航空)

1939年に、トランス・ワールド航空のオーナーで、大富豪として知られるハワード・ヒューズの支援の元、当時の新鋭長距離爆撃機を超える飛行性能と与圧された客室を持ち、北アメリカ大陸無着陸横断飛行が可能な旅客輸送機を目標に、ロッキード社のカリフォルニア州バーバンク工場で「L-49」の計画名称で開発が始まった。

初期型[編集]

1943年1月9日に初飛行。プラット・アンド・ホイットニー R-2800型を4基搭載し、航続距離、巡航速度は世界最高性能を誇った。第二次世界大戦への参戦により、アメリカが戦時体制下に置かれたことから、完成したL-49は、トランスワールド航空ではなくアメリカ陸軍に輸送機「C-69」として納入されることが決定していた。しかし、ロッキード社ではP-38ライトニングなどの製造が優先され、量産計画も立てられない状況が続き、1945年8月の戦争終結まで数機が完成して訓練用などに用いられたに留まり、実戦配備には至らなかった。

1944年4月17日には、2号機として完成したC-69にハワード・ヒューズと トランスワールド航空社長ジャック・フライ (Jack Frye)らが搭乗してカリフォルニア州バーバンク から ワシントンD.C. までの2,300マイル(3,700 km)を 6時間57分で飛行、平均速度331マイル/h (533 km/h)を記録し北米大陸横断最短時間記録を打ち立てた。

生産再開[編集]

戦時中、「L-49」の計画名称はロッキード社設計チームとトランスワールド航空の技術職員が討議した改良案で「L-049」に変更された。終戦後、完成が遅れ未納入であった陸軍発注のC-69仕様機体を違約金を払って買い戻してL-049に改修、さらに追って発生したキャンセル分から本格生産が開始された。1945年10月1日トランスワールド航空が一機目を受領、同年12月3日ワシントンD.C.〜パリ便から就航した。

ライバルのパンアメリカン航空をはじめ、各国で民間航空が復活するとともに英国海外航空エールフランス航空KLMオランダ航空など各国の航空会社に向けた生産が拡大された。

1947年には、ライバルのダグラス DC-6に対抗する2モデルを発表した。大西洋横断飛行用に燃料タンクを増設した「L-749 コンステレーション」と、北米大陸横断飛行用にカスタマイズした「L-049-84」案からの量産モデル「L-649」である。いずれもエンジンをライト R-3350型749C18BDデュプレックス・サイクロンに換装し、巡航速度を向上させ搭載重量を大幅に増やしている。1947年3月14日L-749[1]が投入され、トランス・ワールド航空やパンアメリカン航空の大西洋横断路線に導入された。L-649[2]は同年5月にイースタン航空へ納入された。ここで高評価を得て、トランスワールド航空、エールフランス航空の追加採用、ウェスタン航空などからの発注が続いた。ペイロード強化には成功した反面、手荷物や郵便物などを扱う貨物室の狭さや、日を追って増加する乗客に対応するため機体の大型化による容積の拡大が要望され、搭載重量に余裕があるL-649の機体中央に懸架するカッターボート状で非与圧の脱着式貨物用バルク「スピードパック(Speedpak)」をオプションとして開発し、イースタン航空やウェスタン航空が採用した[3]

L-749は軍用の「C-121」として採用され、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領の専用機(VC-121)やダグラス・マッカーサー元帥の専用機「バターン号(VC-121A)」としても使用された。

航続距離延長型[編集]

ダグラスがDC-6のペイロード増加型貨物輸送機DC-6Aから旅客型DC-6Bを開発して販売したのにともない、ロッキード社は胴体を5.64m延長した「L-1049スーパー・コンステレーション」を発表した。

これにより懸案だった容積不足は解消したが、L-1049は北米大陸横断便では搭載人員に対するエンジンの出力不足は否めず、また大西洋横断路線便用のL-749は航続距離不足でトランスワールド航空のハブ空港であったニューヨークのアイドルワイルド国際空港からの大西洋無着陸飛行ができなかった(アイルランドシャノンカナダガンダー、グース・ベイなどへ、燃料給油のための着陸が必要であった)。

このためL-1049を更に改良し、1950年にはエンジンをターボコンパウンド付ライトR-3350型972-TC-18DAに換装し出力不足を解消、構造を強化したL-1049Cと貨客混載型L-1049Dを追加した。1951年7月には航続距離を向上させたL-1049Gが導入され、トランス・ワールド航空のみならず長距離路線を多く保有するエール・フランスルフトハンザ・ドイツ航空ヴァリグ・ブラジル航空など世界の大手航空会社に導入されたL-1049Gの特色とされる翼端燃料タンク、通称「チップ・タンク」はオプションで、おもに大洋横断飛行用など長距離飛行用仕様機に装備され、陸上を飛行するL-1049Gや準同型のL-1049Hでは取り付けない機体もあった。

L-1049Gからは後部に大型貨物ドアをもつモデルが派生しL-1049Hとなった。貨物専用か旅客専用にコンヴァート可能で、アメリカ軍の人員や物資輸送支援を行っていた航空会社がおもに採用し、スリック航空とフライング・タイガーシーボード・ワールド航空en)では以前受領したL-1049DをL-1049Hに改修した。本型を3機導入したブラジルのレアル航空(en)では貨客混載型として使用、生産最終期のL-1049Hにチップ・タンクを装備し、1958年からリオデジャネイロ発ニューヨーク便やロサンゼルス便に南米大陸縦断便を展開し、1960年にはリオデジャネイロ発ホノルル経由東京便を開設した。

その多くが太平洋や大西洋横断路線、アメリカ大陸横断路線などの長距離かつ需要の大きい路線にDC-6などともに投入され、その結果1950年代に至るまで「クイーン・メリー」や「ユナイテッド・ステーツ」、「クイーン・エリザベス」などの豪華客船が大きなシェアを占めていた大西洋横断航路や平洋横断航路は衰退に追い込まれた。

1956年には、開発中のDC-7Cに対抗してより大きな翼型に設計を変更し、航続距離をさらに伸ばした最終発展型のL-1649A スターライナーが追加されたが、生産は44機、採用はトランス・ワールド航空、ルフトハンザドイツ航空、エールフランス航空の3社に留まった。

ボーイング377やDC-7Cとともにレシプロ機の黄金時代の最後を飾った。

トランス・ワールド航空とエールフランス航空[編集]

ローンチカスタマーのトランス・ワールド航空はハワード・ヒューズとの繋がりからハリウッド映画やTVドラマのスポンサーや撮影協力を引き受けており、当時の映像作品や写真で多くの同社使用のコンステレーションを見ることが出来る。西ドイツでルフトハンザが事業を再開する際には提携して援助している。

エールフランスはコンステレーションシリーズすべてのモデルを採用した。

航路新規開設、増便対策で多くの機材を確保するため、L-749、L-1049GとDC-6B、DC-7など競合する機材両方を保有するオペレータは数社みられた。

生産中止[編集]

新型ターボプロップ機のL-188 エレクトラの生産開始を受け、1958年にL-1049Hの生産を終了、ターボプロップ機やボーイング707ダグラス DC-8などのジェット機に道を譲った。生産が開始された1943年から1958年までの間に、民間型、軍用型合わせて856機が生産された。

その後[編集]

第一線からの退役[編集]

1960年代初頭には、世界中の大手航空会社においてジェット機やターボプロップ機に入れ替わり、ライバルのダグラス DC-4/ DC-6/ DC-7同様に、南アメリカアフリカなどのローカル中距離路線や、アメリカやヨーロッパでチャーター便を運行する会社に引き取られた。民間旅客型や定期便の退役は早かったが、アメリカ軍のC-121の派生で哨戒機のEC-121型は、1970年代半ばまで現役に留まった。

1954年ヒースロー空港のTWA、L-749A「N6022C・Star of Virginia」スピードパックを取付けている。

ジェット旅客機の就航でL-1049は国際旅客定期便幹線から急速に姿を消し、北米国内定期便ではイースタン航空などが1967年まで運用した。 最終型「L-1649A スターライナー」は1957年6月に就航、トランス・ワールド航空はジェットストリーム(Jetstream)の愛称で北大西洋路線で1961年10月、国内旅客定期便は1962年12月まで運用し、改装後は定期貨物便に就航、1967年5月11日に運行を終了した。旅客定期便は1967年4月6日ニューヨークカンザスシティ行249便のL-749A(愛称)Star of Kentucky(機体記号N6020C)を最後にチャーター貨物便で飛び続けたL-749Aとともに引退した。ルフトハンザは旅客便を1960年まで運行した後、L-1649Aを貨物機としてフランクフルト・ニューヨーク定期便に復帰、L-1049と共に1967年頃まで使用した。

1961年ルフトハンザのL-1649Aスターライナー貨物機

エールフランス航空はL-1649Aをスーパースターライナー(Super Starliner)の愛称でアフリカや中南米便、香港や東京へ就航させた。旧植民地などのローカル長距離路線が多く旅客定期便の引退は遅かったが、1967年には退役した。 L-1049を使用したヴァリグ・ブラジル航空は1967年まで運行した。

EC-121P
カンタス航空OBらの動態保存機・EC-121P「VH-EAG」

中古旅客機としてのコンステレーションシリーズは油圧式操縦系統で、メンテナンスの煩雑さや部品供給が不評で、ダグラスのDCシリーズより早く姿を消した。貨物機としてはデッキが高い独特な胴体は積載作業に都合が悪く、長胴型のL-1049が早々に退役する一方で、初期型L-04型やターボコンパウンドのないR-3350型エンジンのL-749は積載容積や運用用途から重宝され長らえた。[4]

現在[編集]

「セイブ・ア・コニー」のL-1049Hスーパー・コンステレーション

その後2000年代初頭までごく少数が貨物機として運航されていたが、現在は現役を離れ、その美しい機体デザインから多数の航空博物館で保存されている。カンタス航空OBなどの当時携わった有志がC-121を買い取り、かつてのL-1049G型機国籍登録記号VH-EAGに模した動態保存機がオーストラリアに、レッドブル会長のディートリヒ・マテシッツなどの愛好家などがアメリカ軍のC-121からレストアした機体が遊覧飛行やエアショーに使用されている。

民間保存団体が胴体保存する「セイブ・ア・コニー(Save-A-Connie)」[1]が特に有名で、かつての トランス・ワールド航空に模した塗装を施し映画撮影などに利用されている。

N6937C

動態保存機の多くはL-749とL-1049Hの軍用モデルC-121の払い下げであるが、「セイブ・ア・コニー」はスリック航空の純民間型L-1049Hで最初の機体登録記号「N6937C」を維持し、保存団体の手で気象レーダーや燃料タンク(チップタンク)が装備されているが、原型の貨客混載型で保存されている(トランス・ワールド航空ではL-1049Hは採用していないが、貨物型転用機は存在する)。スリック航空は米軍の後方支援チャーター便を請負い、「N6937C」機もその業務で1960年代に日本へ幾度か飛来し、羽田空港などで撮影された写真が残されている。

技術[編集]

コンステレーションのコックピット

機首では細く、主翼付け根部分で太くなり、また後尾にかけて窄まる胴体と、3枚の垂直尾翼という特徴的な形態を備える。

翼型はロッキード製のP-38ライトニング戦闘機と同一で大きさが違うだけである[5]。本機を特徴付ける3枚の垂直尾翼はトランスワールド航空格納庫に収納するために低くする必要があったため。しかし、これにより空気抵抗が増え、重量も増加した[6]。油圧操舵機構と着氷を防ぐ目的で主翼と尾翼の先端に熱による防氷装置を有している[7]

スペック (投影図はL-1049C)[編集]

Lockheed Super Constellation L-1049A.svg

(L-1049 "スーパー・コンステレーション")

  • 全長: 37.5 m
  • 全幅: 34.7 m
  • 全高: 7.6 m
  • 速度: 約 550 km/h
  • 乗客数:約 80 - 100名

(L-049 "C-69″)

  • 全長: 29.0 m
  • 全幅: 37.5 m
  • 全高: 7.2 m
  • 翼面積: 153.3 m2
  • 自重: 22,907 kg
  • 全備重量: 32,659 kg
  • 発動機:ライトR-3350-35 2,200hp×4
  • 最高速度: 571 km/h=M0.47
  • 巡航速度: 503.72 km/h=M0.41
  • 上昇率: 494 m/min
  • 実用上昇限度: 7,770 m
  • 航続距離:6,429 km
  • 乗員:6 + 81名

派生型[編集]

L-049
軍の指定
L-049 コンステレーション
L-049の民間向け名称
L-649 コンステレーション
L-749 コンステレーション
L-1049 スーパー・コンステレーション
L-1249 スーパー・コンステレーション
L-1649 スターライナー
EC-121 ウォーニングスター
早期警戒機 アメリカ海軍が使用

運航者[編集]

航空会社[編集]

L-1049Gスーパー・コンステレーション(エールフランス航空)

軍用[編集]

アメリカの軍用スーパー・コンステレーション YC-121F(ターボプロップ・エンジンのテスト機)
フランスの旗 フランス
インドの旗 インド
インドネシアの旗 インドネシア
イスラエルの旗 イスラエル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

日本におけるコンステレーション[編集]

立川基地をタクシングするアメリカ軍のC-121

日本では日本航空がDC-4B、DC-6、DC-7Cとダグラス製の機材を導入し、同社以外にこのクラスの大型機を運航できる航空会社なかったため、本シリーズは導入されなかった。

パンアメリカン航空やエールフランス、ルフトハンザや大韓航空などの定期便やチャーター便が乗り入れたほか、アメリカ軍のチャーターで立川基地横田基地に乗り入れる航空会社があった。また1964年に開催された東京オリンピックのチャーター機としても使用された。なお、エールフランスは日本航空とともに東京国際空港 - オルリー空港パリ)間に共同運航便を運航していたことから、1950年代後半から1960年代前半にかけて、エールフランスのL-1049/L-1649に日本航空のロゴを入れ、客室乗務員を乗務させ同路線を運航していた[8]

1972年にL-1649 スターライナー(N1102)が名古屋空港に飛来した後に解体され、新潟に運ばれてレストランとして再利用された。1979年には千葉の谷津遊園に移設されたが、同園閉園の際にスクラップ処分された。[9]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 巡航速度345マイル/h(555km/h)
  2. ^ 巡航速度327マイル/h(526km/h)ペイロード増加により速度が低下した。
  3. ^ 速度低下は軽微でL-749に用いた写真も残っている。
  4. ^ 軍払い下げ「C-121」型やその部品が比較的豊富に出回った。
  5. ^ Johnson, Clarence L. "Kelly" (), Kelly: More Than My Share of it All. Washington, DC: Smithsonian Books, 1985. ISBN 0-87474-491-1.
  6. ^ Boyne 1998, pp. 135–137.
  7. ^ Taylor 1993, pp. 606–607.
  8. ^ www.airliners.net
  9. ^ 三条市と習志野のロッキードL1649Aスターライナー

関連項目[編集]

外部リンク[編集]