エル・アル航空
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| 設立 | 1948年 | |||
|---|---|---|---|---|
| ハブ空港 | ベン・グリオン国際空港 | |||
| 焦点空港 |
エイラート空港 オブダ国際空港 | |||
| マイレージサービス | Matmid | |||
| 会員ラウンジ | King David Lounge | |||
| 航空連合 | 未加盟 | |||
| 保有機材数 | 43機 | |||
| 就航地 | 51都市 | |||
| 本拠地 | イスラエル ロード | |||
| 代表者 |
アミカム・コーヘン 会長 デヴィッド・マイモン CEO/社長 | |||
| 外部リンク | http://www.elal.com/ | |||
エル・アル航空(英語:El Al、ヘブライ語:אל על、アラビア語:إل عال)はイスラエルの国営航空会社。エル・アル・イスラエル航空と呼ばれることもある。
目次
概要[編集]
独立直後の1948年に、イスラエルのフラッグ・キャリアとして創業。最初のフライトはスイスのジュネーヴ路線であった。その後ヨーロッパ諸国や北アメリカ、アジアやアフリカ諸国への路線を開設した。
テルアビブのベン・グリオン国際空港をハブとしている。イスラエルの国益を守るためにソロモン作戦やモーゼ作戦など、イエメンやエチオピアからのユダヤ人移送にも活躍してきた。国内線はエイラートへの便がある。
2018年現在、航空会社アライアンスには加盟していない。なお複数の航空会社とのコードシェア便も運航している。航空券の座席予約システム(CRS)は、アマデウスITグループが運営するアマデウスを利用している。 [1]
厳重なセキュリティ検査[編集]
ユダヤ人国家であるイスラエルが周辺のアラブ系国家と対立していることもあり、さらに過去にハイジャックやテロの目標とされたことから、これを避けるために、搭乗時のセキュリティチェックが厳しく、3-4時間前にはチェックインが必須である。
チェックイン前に、必ず専門係員による質問がある。係員は3人程度の交代で、質問を繰り返し、荷物の経緯や、航空券の取得方法、渡航目的などを尋ね、つじつまが合うかどうか、不審者でないかどうか、その人物がテロリストに利用されている恐れは無いかを見分ける。同時に、搭乗客名簿をシャバックやFBIなどの危険人物リストと照合するという。
係員による質問は一般的に英語またはヘブライ語で行われるが、英語が話せない乗客用に日本語で書かれた質問表も用意されている。乗客の荷物は、搭乗前に別室で一旦開け、一つ一つ金属探知機での検査と火薬反応を調べる。これらのチェックはイスラエル政府や友好国の政府機関の人間も例外なく受けなければならない。さらに爆発物を探し出すために、機内預けの全ての荷物は減圧室を通らねばならず、これは国や空港のいかんを問わず例外なく行われている。
また、全ての国際線の便には過去には2人、現在では最大6人の銃を持ったスカイマーシャルが一般乗客に紛れて搭乗している。エル・アルのパイロットのほとんどがイスラエル空軍の出身である。なおコックピットへのドアは二重となっており、それぞれ暗号コードが合わないと開かない仕組みになっている。二枚目のドアを開けられるのは機長と副操縦士だけである。
2002年にモンバサからエル・アルの航空機が地対空ミサイルで狙われたため、赤外線ホーミングの地対空ミサイルを避けるための装置「フライトガード」(ミサイル警報・妨害装置)が全機に装着されている。エル・アルの航空機は特別に強化された床・壁となっており、貨物室は耐爆構造になっていると言われている。
以上のような厳重な検査の結果、1968年以来ハイジャック事件や旅客便の墜落事故は全く起こっておらず、「世界一安全な航空会社」ともいわれている。「旅客便」と断りがあるのは、1992年にアムステルダムでボーイング747貨物機が墜落事故を起こしているためである(エル・アル航空1862便墜落事故)。
保有機材[編集]
同社は、イスラエルとアメリカとの深い交流などから殆どアメリカ製の機材でその多くがボーイング社製で固められている。 また、同社が発注したボーイング製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は58で、航空機の型式名は767-358ER、777-258ERなどとなる。
運用機材[編集]
| エル・アル航空 旅客運用機材(2017年現在)[2] | ||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 機材 | 運用機数 | 発注機数 | 席数 | 備考 | ||||||||
| F | C | Y+ | Y | Total | ||||||||
| ボーイング737-800[3] | 10 | — | 0 | 16 | 0 | 138 | 154 | |||||
| 4 | 0 | 36 | 144 | 180 | 子会社LCC「UP」で運用 | |||||||
| 1 | 0 | 189 | 189 | 子会社「Sun d'Or」で運用 | ||||||||
| ボーイング737-900ER | 8 | — | 0 | 16 | 0 | 156 | 172 | |||||
| ボーイング747-400 | 5 | — | 8 | 49 | 39 | 348 | 405 | 順次787-9へ入替 | ||||
| 12 | 50 | 39 | 280 | 381 | ||||||||
| 0 | 26 | 40 | 389 | 455 | ||||||||
| ボーイング767-300ER | 7 | — | 0 | 22 | 28 | 168 | 218 | 順次787-8へ入替 | ||||
| 178 | 228 | |||||||||||
| 30 | 157 | 215 | ||||||||||
| ボーイング777-200ER | 6 | — | 6 | 35 | 34 | 204 | 279 | [4] | ||||
| 12 | 35 | 0 | 232 | |||||||||
| ボーイング787-8 | — | 7 | TBA | 順次767-300と入替 | ||||||||
| ボーイング787-9 | 1 | 8 | 0 | 32 | 28 | 222 | 282 | 順次747-400と入替 | ||||
| エル・アル航空 貨物運用機材 | ||||||||||||
| ボーイング747-400F | 1 | — | 貨物機 | 成田や中部への乗り入れもあった。 | ||||||||
| Total | 43 | 15 | ||||||||||
導入予定機材[編集]
- ボーイング787型機 18機(リース、型式内訳不明機も含む)[5]
787-8は767-300ER、787-9は747-400の機材更新として、2017年から2020年にかけて導入予定。[6]。
退役機材[編集]
- ブリストル ブリタニア型機
- ボーイング707-300C型機
- ボーイング720B型機
- ボーイング737-200/-700型機
- ボーイング757-200型機
- ボーイング767-200/200ER型機
- ボーイング747-100/-100F/-200B/-200C/-200F型機
- ダグラスDC-4
- カーチス C-46 コマンドー
- マクドネル・ダグラスMD-11型機(1機のみリース機で運用履歴あり)
- ロッキード コンステレーション型機
就航路線[編集]
オーストラリアを除く全ての大陸に乗り入れている。周辺のいくつかの対立するアラブ諸国から領空通過を拒否されているため、これらを避けるように航路がとられている。
イスラエルはいくつかのアラブ諸国と対立しているが、国交のあるエジプトにはフライトがあった(ヨルダンとも国交はあるが、エル・アル機のフライトはない)。イスラエルのフラッグ・キャリアがエジプトに飛ぶことに対する反感も多いことから、この路線(テルアビブ - カイロ線)専用に、機体に国名も社名も書かれていない専用機体を用意し飛ばしていた。
2国間の航空協定によりすでに関西国際空港や東京国際空港の乗り入れは可能で、ボーイング767-300ERや777-200ERなどでのチャーター便での乗り入れも行われている。2015年には成田国際空港への乗り入れも可能となったが、その後具体的な乗り入れの検討は行われていなかったが[7]、2018年に両国政府が2019年の成田-テルアビブ間のチャーター便就航に向けて協議を進めており、将来の定期便就航の可能性も示唆している[8]。
過去には、チャーター便で名古屋や福岡空港にも767-200を運行させたり、時には747-200をテルアビブからニューヨークまでの定期便をアンカレッジ経由で名古屋までフェリーし最終的にモスクワ経由でテルアビブへ1992年夏運航していた。1990年代中盤では747-400を福岡へ稀に767の代わりに運航していた。
エピソード[編集]
アイヒマン逮捕[編集]
ドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の親衛隊(SS)の中佐で、ナチ政権によるユダヤ人の組織的虐殺の歯車として働き、数百万の人々を強制収容所へ移送するにあたり指揮的役割を執ったアドルフ・アイヒマンを、イスラエル諜報特務庁がアルゼンチン国内で逮捕しイスラエルに移動させる際に、エル・アル航空のブリストル ブリタニア機が利用された。
出国の際にアイヒマンは、エル・アル航空の客室乗務員の制服を着させられた上に薬で寝かされ、「酒に酔って寝込んだ非番の客室乗務員」としてアルゼンチンの出国審査官の目を誤魔化したという。
1フライト輸送最大人数記録[編集]
1991年5月に実行された「ソロモン作戦」において、エチオピアからユダヤ人を脱出させる際に使用された航空機のうち、ボーイング747の1機が、全てのギャレーと4箇所のラバトリーを除いて全て撤去した上で760席の座席を設けた特別仕様により使用された[9]。さらに、座席の肘掛を全て跳ね上げることにより、より着席人数を多く確保できるようにしていた[9]。この作戦で実際に搭乗したのは1087人(このうち3人は機内で誕生した新生児)で、これは1フライトで輸送した人数としては最大の人数である[9]。
事故とハイジャック[編集]
ハイジャック[編集]
- 1968年7月23日、ロンドン発ローマ経由テルアビブ行きの426便がローマを離陸した直後にパレスチナ解放人民戦線のテロリストにハイジャックされた。エル・アルのハイジャックが成功した唯一の事例で、その後、エル・アルの対ハイジャック対策が向上する(エル・アル航空426便ハイジャック事件)。
- 1969年1月、チューリッヒ発テルアビブ行きの707便がパレスチナ解放人民戦線のテロリストにハイジャックされた。しかし、搭乗していたスカイマーシャルが1人を射殺、残りの犯人も逮捕され、世界を驚かせた。
- PFLP旅客機同時ハイジャック事件
事故[編集]
出典・脚注[編集]
- ^ “Airlines using Amadeus” (英語). アマデウスITグループ. 2015年9月27日閲覧。
- ^ El Al Israel Airlines Fleet Details
- ^ Boeing 737-800 seating map, El Al website
- ^ Boeing 777 seating map, El Al website
- ^ エルアル・イスラエル航空、787初号機受領 ALCからリース
- ^ エル・アル航空、747-400は787-9、767-300ERは787-8に機材更新
- ^ 747-400F貨物機は成田国際空港や中部国際空港へ乗り入れを行ったことがある
- ^ 成田-テルアビブ便就航へ 両政府、定期便も視野
- ^ a b c イカロス出版『航空ギネスブック日本語版』p128