メガドライブ

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メガドライブ/GENESIS
Mega Drive.jpg
Mega Drive 2.jpg
メガドライブ(上)、メガドライブ2(下)
メーカー セガ・エンタープライゼス
種別 据置型ゲーム機
世代 第4世代
発売日 日本の旗 1988年10月29日
アメリカ合衆国の旗 1989年8月14日
韓国の旗 1990年8月
欧州連合の旗 1990年11月30日
ブラジルの旗 1990年12月
CPU MotorolaMC68000
ZilogZ80
対応メディア ロムカセット
CD-ROMメガCD
対応ストレージ バッテリーバックアップ
コントローラ入力 ケーブル
オンラインサービス メガモデム
メガターミナル
セガチャンネル
売上台数 日本の旗 日本:358万台
アメリカ合衆国の旗 北米:2,000万台[1]
欧州連合の旗 欧州:839万台
世界 全世界累計:3,075万台[2]
※ソフト売上:1億7,580万本
最高売上ソフト ソニック・ザ・ヘッジホッグ2
世界 全世界累計:603万本
ソニック・ザ・ヘッジホッグは本体同梱含め出荷1,500万本以上
互換ハードウェア メガドライブのバリエーションを参照)
前世代ハードウェア セガ・マークIII
次世代ハードウェア セガサターン
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メガドライブMEGA DRIVE)とは、セガ・エンタープライゼス(後のセガゲームス)が1988年10月29日日本で発売した16ビット家庭用ゲーム機である。メーカー希望小売価格は21,000円。

米国カナダではジェネシスGENESIS)という名称で1989年に、ヨーロッパフランススペイン等の欧州地域やブラジルなどの南米地域では日本と同じくメガドライブの名称で1990年に発売された。

概要[編集]

メガドライブは当時のアーケード用基板SYSTEM16をベースにして作られた家庭用ゲーム機で、セガ・マークIII及びマスターシステムの後継機になる。日本では任天堂スーパーファミコンNEC HEPCエンジンと競合していた。世界市場では任天堂のSNES、北米市場ではSNESと互角の戦いを繰り広げ、次世代機のAtari Jaguar3DOとも競合した。欧州市場ではAmiga CD32などと熾烈なシェア競争を繰り広げた。 メガドライブの名称の由来は、当時使っていた容量1メガのカートリッジをドライブするというものであった。[3] 発売時のキャッチコピーは「時代が求めた16ビット」「VISUAL SHOCK! SPEED SHOCK! SOUND SHOCK![4][5]

このゲーム機には用途別に2つのCPUが搭載されている。[6]

セガという企業はアーケード事業やおもちゃ企業としての性格も持っており、メガドライブでも自社生産のアーケードゲームの移植などの商品展開をしていた、同様にアーケードで実績のあった光ディスクノウハウもメガドライブ設計時に反映しており、CD-ROMドライブ接続まで考慮されていた。[7]詳しくは#開発、経営視点での特徴の「新たなメディアや販路の模索」の項目に記載する。

市場ではセガと任天堂が競合しており、任天堂とのハードウェア及びソフトウェアの開発競争、市場でのせめぎあいの結果、セガと任天堂が立役者として「ゲーム業界」というものを一大スターダムに押し上げる事となった。[8]セガは1988年に東証二部上場し、1990年10月には東証一部指定となった。 セガは一部の大企業から独立した開発会社などを支援・活用している。代表的なメーカーには当時のドラクエ制作メンバーが独立した「クライマックス」やコナミから独立した「トレジャー」、また古代祐三が代表取締役社長を務めるエインシャントもある。

  • レッドブル・ミュージックアカデミーが配信した日本のゲーム音楽に焦点を当てたドキュメンタリー「ディギン イン ザ カーツ(DIGGIN' IN THE CARTS)」のエピソード4「クール・キッズ」で「ベア・ナックル 怒りの鉄拳」をはじめとしたメガドライブやセガのゲームミュージックを特集しており、古代祐三などにインタビューが行われている[9]

1994年11月には次世代機「セガサターン」とアーケードで世間一般まで届くほどの一大ブームになった「バーチャファイター」のセガサターン版が発売され、メガドライブから勢力を拡大した形でセガサターンへ移行していった。[10]

国内外に多くのユーザー・ファンがおり、アメリカのスミソニアン美術館で開催された「The Art of Video Games」展では「Sonic CD」「Phantasy Star 千年紀の終わりに」などが展示された。アメリカのストロング国立演劇博物館がゲーム業界や大衆文化・社会に影響を与えたゲームの認知向上を目的にした「World Video Game Hall of Fame(ビデオゲームの殿堂)」の第二回目では日本から「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」他2作品(「ゼルダの伝説」、「スペースインベーダー」)が選出された。[11]

またメガドライブで作られたゲームには今でも愛好家が多く、いくつかのゲームについては続編やリメイクに加えてリリースされている。2016年現在でも映画化などの企画[12]が進行している。「ソニック」「ファンタシースター」「シャイニングフォース」など、メガドライブで誕生したりシリーズ展開をしたものは映像作品化や舞台化などもされた。

また2016年日本科学未来館の展示イベント「GAME ON~ゲームってなんでおもしろい?~」の開催中、5月20日に行われた歴代のセガハード開発者を集めたトークイベント「セガハードの歴史を語り尽くす」では一般のセガファンにみならず業界関係者なども多数来場した結果企画当初想定していた50人を大きく超え200人以上が来場したため、急きょ場所を変更して開催することになった。[13]

関係の深い作品・人物・企業(代表例)[編集]

  • Herzog Zwei(テクノソフト)- [リアルタイムストラテジー]に属するゲーム。このソフトにインスパイアされたのが「AirMech Arena(アメリカCarbon Games社)」である。[14]
  • 重装機兵レイノス(メサイヤ) - 株式会社ドラキューがグラフィックを刷新して2015年にプレイステーション4に移植した。
  • アドバンスド大戦略 -ドイツ電撃作戦- - セガ社内に中に「大戦略」が好きな人がおり、ユニットや設計などで非常にこだわった作品になっていた。それは「おいおい、ここまでやるのかよ。」「まあ、セガさんならいいだろ。」とシステムソフトの石川淳一・福田史裕もコスト面で心配になるほどだった。そのため石川淳一からは「あのゲームは実に幸せなパターンのライセンス」という評価で締めくくられている。[15][16]
  • マイケル・ジャクソン(人物) - セガの本社へお忍びで遊びに行ったりアポイントの電話を本人が直接かけるほどのファン。[17]昭和63年の12月の訪問の時に、セガの中山社長が「音楽の世界では一芸に秀でた彼をセガがバックアップすれば面白いゲームができるかもしれない。」と判断し、マイケルに提案をすると彼は快諾した。マイケルが非公開にしていた秘密のスタジオにセガ社員を招き、彼のアイデアが形になると子供のように喜んだという[18]。そして完成したのがMichael Jackson's Moonwalkerで、のちに「The Art of Video Games」展でも展示された作品でもある。同名のアーケード版も開発された。
  • テクノソフト(企業) - 『[サンダーフォース]II MD』以降メガドライブをはじめとしたゲーム機を中心にソフトを供給していた。元テクノソフト社長の大園氏が生前に「テクノソフトのブランドを途切れさせたくない、引き受けてくれるのはセガさんしかないんじゃないか?」と発言しており、テクノソフトが開発したゲームの知的財産権をセガホールディングスが、開発・製造・販売権をセガゲームスがそれぞれ取得している[19]。ガンバリオンの吉田秀治も「テクノソフトの全タイトル権利はセガさんへ。会場の熱気で胸熱 #テクノソフト[20]」と歓迎の意向を示した。

仕様[編集]

CPU(MPU)[編集]

  • メインCPU : MC68000(7.67MHz)
    • メイン側からサウンド処理をすることも可能。テラドライブでは東芝製が搭載されており、10MHz動作も可能である。
  • サブCPU(サウンド処理・外部通信の制御) : Z80A(3.58MHz)
    • 別売りオプションのメガアダプタを使用した際には、サブのZ80がメインCPUとして互換動作する。
      本家のザイログ製よりもセカンドソースのシャープ製の方が多く使用されておりロットによりNEC製などの同等品も使用されている。

RAM[編集]

  • メインメモリ(68000用) : 64KB
  • サブメモリ(Z80用) : 8KB
  • VRAM : デュアルポートDRAM 64KB(32KBx2)
    テラドライブのVDP用VRAMは倍の128KBが搭載されている。

VDP(315-5313)[編集]

ヤマハ製のメガドライブ専用カスタムチップである。[21]

  • 画面表示 : 横320または256ドット×縦224ライン(インターレース表示で448ラインも可能)
  • 同時発色数 : 512色[22]中64色(16色×4パレット[23]
    この通常性能を2倍の128色に高めることも可能であった[24]。発色数の増加には後述の「シャドウ・ハイライト機能」を利用するソフトもある。

スプライト[編集]

  • 1画面 : 最大80個
    • 画面表示が横320ドット時に1ラインあたり20個まで表示できる。
    • 画面表示が横256ドット時は1ラインあたり16個までの表示となる。

スプライトのサイズは最小8×8ドットから最大32×32ドットまで8ドット単位で16種類のサイズをスプライト毎に指定できる。また、画面上方で表示したスプライトを画面下方で再利用する事により1画面上のスプライト表示数を増やす「スプライトダブラー」という技法が使われていた。

スクロール[編集]

  • 2画面(独立球面スクロールが可能) - 2つのスクロール面を合成して表示できる。各スクロール面のサイズは256x256ドットの画面を最大4画面連結したサイズ(512x512ドット、1024x256ドット、256x1024ドット)まで指定できる。
    水平スクロール - 画面全体のスクロール以外に8ライン単位もしくは1ライン単位に独立して表示位置を指定できる。1ライン単位のスクロールはラスタースクロール機能と呼ばれ、擬似的な遠近表現、空間の歪みなどの演出に多用された。
    垂直スクロール - 画面全体のスクロール以外に横16ドット単位に独立して表示位置を指定できる。水平スクロールの機能と組み合わせると角度限定の回転表示などに利用された。国内では「ダイナマイトヘッディー」「ガンスターヒーローズ」「ヴァンパイアキラー」などに使われている処理である。

特殊機能[編集]

  • シャドウ・ハイライト機能 - スプライトもしくはBGをマスクにして画面の一部の輝度を変更する=機能限定ではあるが半透明処理が行える。
    主に影や光の表現に使われており、国内の使用例では「エクスランザー」「ヴァンパイアキラー」などがある。
  • ウィンドウ機能 - 1つのBG画面はスクロールとは無関係に一部の表示位置を固定したままにすることが可能で、主にゲームのスコア表示部分などに使われる。
  • インターレスモード - データ量を増やさないで描写回数を増やすモード。

内蔵音源[編集]

メガドライブに採用されているFM音源 YM2612
  • ヤマハYM2612(OPN2 7.67MHz)[25]ステレオFM音源 6ch
    内1chを8ビットリニアPCMとして使用が可能で、再生レートはCPUに依存する。音質はメーカーおよびドライバに依存する。
  • テキサス・インスツルメンツSN76489PSG 3ch +ノイズ 1ch
    メガアダプタ使用時の下位互換が考慮され、セガ・マークIIIと同じ音源をVDP内に搭載している。正確には「PSG類似」音源(DCSG)だが、一般的にはPSGと同一扱いされており、PSGとの大きな違いは矩形波チャンネル3つ+ノイズ発生チャンネル1の合計4チャンネルで構成されているところである。PSG(SSG)はその構造上ノイズの音量制御が3つのチャンネルのどれかに依存してしまうが、SN76489にはこの制限はなく、独立したノイズチャンネル単体で自由に音量制御が可能。ハードウェアエンベロープは持たない。

スロット[編集]

  • カートリッジ用: 1スロット(スロット保護用の自動開閉式シャッターつき)
    メガドライブ用ソフトのロムカセット及び、周辺機器メガアダプタスーパー32Xの接続が可能。
    本スロットには、電源投入中のカセット抜去を防止するためのロックアームが付いている。メガドライブ本体を振った時にカラカラと鳴るのはこれが原因である。左側のみがロックされるため、知らずに抜こうとすると左側だけ引っかかり歪な抜け方になる。[要出典]
  • 拡張用: 本体側面に1スロット。周辺機器メガCD/メガCD2の接続に使われる。
    本体の開発当時は、2インチのフロッピーディスクドライブの接続も予定されたが[26]、発売はされなかった。

接続端子[編集]

  • コントロール端子: 2ポート
    SC-3000から継続してATARI規格に準拠したD-sub9ピンコネクタ(オス)が採用された。
  • 拡張コントロール端子(初期モデルのみ): 1ポート
    初期モデルはD-sub9ピンコネクタ(メス)のシリアルポート(300-4800bps)が採用され、メガモデムメガターミナル等の取り付けが可能である。後期モデルのメガドライブ2では削除された。
  • A/V出力端子: 1ポート
    初期モデルは 8ピンDINコネクタ(メス)が採用され、コンポジット映像信号・RGB信号(コンポジットシンク)・モノラル音声信号が出力されている。後期モデルのメガドライブ2は9ピンミニ DINコネクタ(メス)が採用され、コンポジット映像信号・RGB信号(コンポジットシンク)・モノラル音声信号・ステレオ音声信号が出力されている。
    ビデオエンコーダー(RGB信号からNTSC方式のコンポジット映像信号に変換)はソニー製のCXA1145。
    付属品のAVケーブルの映像はコンポジット映像信号ビデオ端子)、音声は当時の一般家庭に普及していたテレビの仕様に合わせてモノラルである。
    なお、S端子RGB接続ユニットが電波新聞社などサードパーティから発売された。セガ純正ではフランス向けのみにRGB接続ケーブルが付属された。
  • ACアダプタ端子: 1ポート
    初期モデルは専用ACアダプタ(DC9V)が1個付属された。消費電力は約13Wである。後期モデルのメガドライブ2ではEIAJ規格の専用ACアダプタ(DC10V)が1個付属された。消費電力は約7Wに下がった。
  • ヘッドホン端子(初期モデルのみ): 1ポート
    は3.5mm径ミニプラグが採用されており、上記A/V出力端子の理由から音量調節用のヘッドフォンボリュームも装備している。
    本体開発スタッフの「ユーザーにステレオサウンドを聴いてもらいたい。」との意向で本体前面にヘッドホン端子が装備される事になった[26]。初期の本体ではノイズが混入している場合があるなど、基板リビジョンにより出力は大きく異なっている。
    後期モデルのメガドライブ2ではヘッドホン端子とヘッドホンボリュームは削除された。

コントロールパッド[編集]

デザインは手にフィットすることを念頭に曲線主体で『手にすっぽり収まる形』とした[27]エルゴノミクスデザインを意識したパッドである。トリガーボタンもこれに合わせて扇状に配置された。これはファミコンのように直線を基調としたデザインでは手にフィットしないという理由があったからである。

初期標準パッド[編集]

方向ボタン・スタートボタン・トリガーボタン(A・B・Cの3ボタン)で構成されたパッド。 ただし方向ボタンは斜め方向へ入りやすく、操作には多少の慣れが必要だった。クライマックス内藤寛はこの操作性を逆手に取って、ゲーム画面を斜め見下ろし型にした『ランドストーカー ~皇帝の財宝~』を開発したという[28]

後期標準パッド(ファイティングパッド6B)[編集]

初期標準パッドで指摘されていた方向ボタンの問題点解消したパッド。方向ボタンは内部的にはジョイスティックに近い構造になっており[29]、外から見える方向ボタンはレバーの天辺にあたる。また初期標準パッドのボタンにX・Y・Z・modeボタンの4つが追加されている。[30]デザインと方向ボタンの構造は若干変更されセガサターンの標準パッドに受け継がれていった。

開発、経営視点での特徴[編集]

MC68000採用の影響[編集]

セガは本体コストを抑えるためにモトローラ社や日立をはじめ、様々な会社と交渉を行なったが、シグネティクス社が68000CPUのビジネスを模索しているという情報を得て一個400円以下の価格で30万個一括発注の交渉を持ちかけた。さらにセガのアメリカにおける「マスターシステム」の販売実績[31]を元に交渉し、目的通り一個400円を切る形で確保することができた[32]

そのためメガドライブは68000CPUを搭載する機械としては安価なものとして普及することとなった。[33]

メガドライブが発売される以前の1986年頃は、MC68000の総出荷数は70万個程度だったが、メガドライブ(海外名ジェネシス)がもたらした売り上げは大きく、これを機にMC68000の生産数は一気に増え、同時に量産効果でコストが大幅に引き下げられた。そのため、当時組み込み用などに安価で出回っていたZ80に替わって新たにMC68000が組み込み用として採用されるまでに需要が拡大した。

この結果を受け、セガはモトローラ社から大手顧客として表彰された[7]この表彰式にはセガと並んでアップルも呼ばれている。授賞式に出席したのは価格交渉も行ったセガの佐藤秀樹だが、後に「モトローラもちだからファーストクラスに乗った。」「空港で荷物が出てこなかった。」というエピソードを語っている。[34]

その後セガとモトローラ社の協力関係は長く続き、2002年3月にはゲーム用APIおよびそれに最適化したマイクロプロセッサ「DragonBall MX1」や「DragonBall Super VZ」の開発で提携している。[35]このように取引相手の業績にも大きな影響を及ぼすほどゲーム業界が成長していった。

海外生産体制の確立とライセンス事業[編集]

海外市場では任天堂のSNES(スーパーファミコン)のリリースが遅々として進まなかった事にソフトハウスが不満を漏らしており、また16ビットではセガが先行していたことでソフト資産が豊富であった。特に400万本以上[36]を売り上げた『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』[37]が原因でアメリカでのジェネシスの人気が爆発し、その急激な売れ方によりアメリカへの供給が間に合わなくなった。クリスマスシーズンに向けて百万台の追加増産が決定され、また円高の影響を受けにくい海外市場への生産へシフトすることで台湾や中国を皮切りに協力工場を世界規模に広げていった。もともとメガドライブは誰でも組み立てられるという設計思想で作られているため可能であった。アメリカへの空輸も大きな問題で飛行機の貨物室を全日借り切りで一か月の間空輸し続けたためアメリカでは「ジェネシス・イズ・イン」という言葉が生まれたほどである。(この時アメリカでは300万台売り上げた)[38]

メガドライブ・ジェネシス本体はほとんど部分を世界共通にしておりカートリッジのピン配列も共通でリージョンコードのみ基板上のジャンパーで設定していた。リージョンチェックがあるためリージョンの違うソフトは通常では使用できないが、ジャンパー部分に改造を施して海外製のソフトをプレイするユーザーもいた。その後、リージョンコードを変換する海外製の中間アダプタが輸入されるようになり、本体を改造する必要はなくなった。 なおリージョンフリーの海外製ソフトもありそのようなソフトはカートリッジロック用のアームを除去すればそのまま挿して使用できた。

セガは海外の販売にディストリビューターを活用しており、また国によってはライセンスによる製造も認めていた。サムスン電子Tectoy、マジェスコ社などがそれで、互換機市場が作られていった。

ユーザー層と販売にまつわる特徴[編集]

ユーザー層はビデオゲーム・アーケードゲームを基準にしてゲームを見ているところがある。また『Beep!メガドライブ』誌発祥の言葉としてメガドライブのユーザー層を指す「MEGADRIVER」がある。[4]主にアクションやシューティングに加えシミュレーションゲームも好んでおり1992年のSRPG「シャイニング・フォース 神々の遺産」では30万本近くの販売実績もある。[39]

メガドライブのソフトは他社ゲーム機と比較してリピートのかかる率が高いという特徴があり[40]。この特徴もあり#メガドライブのハード事業終了後の展開の「互換機」に書かれているように2016年現在でも互換機市場が存在する。このような他社と違う売れ方は数字には表れにくく、また公表される事例も皆無(例外はブラジルでの互換機市場)である。

コンシューマー部門とアーケード部門の連携、広報体制の再構築[編集]

  • コンシューマー部門とアーケード部門の連携
セガ体感ゲームの開発チームAM2研S.S.T.BANDなどがメガドライブ用のソフトを手掛けている。代表例としては「ヴァーミリオン」や「レンタヒーロー」がある。また、メガドライブではデュアルポートDRAMをアーケード部門よりも先に採用しており、アーケード部門でデュアルポートDRAMを採用したときはコンシューマー部門への問い合わせもあったという。
  • サードパーティーでも「ゲームセンターの興奮を家庭に」というギャッチフレーズのもとにアーケードの開発メンバーがそのままメガドライブ版の開発に着手し、その結果短期間でのリリースを可能としていた。[40]
  • 広報体制の再構築
セガ関連の情報は当初ファミ通のような雑誌で取り上げられる事は少なかった。これはセガ社内の各部署が独自に情報を公開し広報の一元管理がされていなかった事が原因であった。当時のユーザーは雑誌広告や雑誌の記事に加えテレビCMを見て、その評価をもとにしてソフトを購入するのが一般的であった。そのためこの状況はメガドライブの事業展開に不利に働いた。[40]そのためセガは販売機会を得るチャンスの多くをロスしていたことになる。
この問題は次世代機の発売を翌年に控えた1993年、セガに竹崎忠が入社して一元管理体制が整う事でようやく解消される事となった。ファミ通に記事が掲載されるようになったのはその半年後になる。[41]

雑誌以外の広報ではファンへ向けてのイベントというものもあり、1992年12月6日に行われたメガドライブとアーケードのイベント「遊星セガワールド」では一万二千人が来場した。

サードパーティーの充実[編集]

メガドライブの発売を機に、セガはサードパーティー制に本腰を入れるようになった。[42] ただしアーケード競合他社にとっては「アーケード大手のセガの家庭用ゲーム機」に参入することは「敵に塩を送る行為」でしかなく任天堂とは違い「セガ自身がアーケード大手」ということが競合他社にとっての参入の障壁になっていた。それでもメガドライブの普及に伴い競争相手からも参入するメーカーが現れるようになった。中にはカプコンのように自社ソフトに合わせて自社生産のスティック『CPS Fighter-MD(CPS-A13CA)』の製造・販売を手掛けるメーカーも登場している。

サードパーティーの拡充は同時にサードパーティー自身による企画提案と要望という形でセガの開発姿勢への影響も与え、セガもサードパーティーに寄り添う姿勢を見せている。

  • テクノソフト - メガドライブのサードパーティーで一番に名乗りを上げたメーカーで、サンダーフォースIIの移植では見た目の美しさという視点をセガに認識させた。[43]。(その後については#概要の「関係の深い作品・人物・企業(代表例)」の欄も参照のこと)
  • ゲームアーツ - 代表取締役社長の宮路洋一は会社設立当初からCD-ROMの重要性を認識しておりパソコンメーカー各社にCD-ROM搭載パソコンを作るように依頼していた。セガのメガCDの開発を知るとメガドライブに参入。メガCDのメモリが計画当初2Mbitだった時期にメモリの増強を強く要望し、セガに対してメガCDメモリを6Mbitに拡充させるきっかけとなった。[44]
  • テンゲン - セガにマルチタップの企画を持ち込んだ会社。元々は同社移植作品「ガントレット」の4人同時プレイの実現のためのものだった。[45]

X68000とスペックを共有し移植が容易[46]ウルフ・チーム(PCエンジン用OEMで同ハードのスペックに限界を感じて参入[47])をはじめとした国内PCソフトハウス、海外のエレクトロニック・アーツU.S. Gold等、多くのパソコンソフトメーカーがコンシューマーゲーム市場へ初参入した。

新たなメディアや販路の模索[編集]

  • CD-ROM採用について

セガはアストロンベルト(1983年)やGPワールド(1984年)で早い時期に光ディスクをメディアにしたゲームの開発実績のあった。家庭用でも将来ゲームのデータ容量の増加の可能性(ROMカートリッジの時代はそれほど長くないと考えていた)があったため、あらかじめ将来CD-ROMドライブ接続が必要になった場合に備えメガドライブ設計時に必要な配線を拡張用スロットに引き出した設計にしていた。[7](なお、半導体製造の依頼を行うため設計時に図面をNECに提出していた。[7]

開発の途中までは販売価格を重視して搭載メモリを2メガで設計されていたがゲームアーツの強い要望により6メガに増強された。この際コストが本体1台当たり1万円増加したという。[48]

ドライブの精度も高くシーク時間は0.8秒となった。「ROMに対するCD-ROMの欠点への対策」も考えられており、読み取り時のエラー補正機能やランダムアクセス機能はメガCDの設計に取り入れられていった。初代メガCDがコストアップ覚悟でフロントローディングを採用していたのもCDの振動とそれに伴うトラブルを防ぐ意味でもあった。[49][7]

メガCD自体に68000CPUを搭載しており、これを利用することで動画の展開と表示を並列的に行うため1時間以上の動画再生が可能であった。音源についても同様で、データアクセス時[50]にもCD-DAに近い品質でBGMを流し続けられるように設計された。[49][51]このような動画再生とゲームの進行を同時に扱える特性を生かした作品にナイトトラップのようなインタラクティブムービーやシルフィードなどがあり、32ビット機以前のゲーム機では唯一スターブレード(ナムコ)の移植も可能にしている。ナムコにとってはこれがCD-ROM事業への参入第一弾となった。[52] また任天堂のスーパーファミコンを意識して回転拡大縮小機能を有している。反面、互換性を維持[49]する必要性から発色数やスプライトの増強は見送られた。

メガCDの仕様に強く関与したゲームアーツなど、一部のメーカーは積極的にソフトをリリースしたものの、基本的にサードパーティーはCD-ROMの規模に合わせて開発期間が長くなることを危惧しており、また8-16メガのROMでやる事があると考えていた。そのROM容量の増加でさえ「容量だけを増やしても発想が貧弱になる。」「2Mだろうと1Mだろうと大した問題ではない」という考えさえあった。[40][53] このためメガドライブの市場はROMカートリッジが主流のままで進みCD-ROMへの市場の移行はほとんどなかったが、メガCDの普及当初(20万台程度の時点)にゲームアーツが発売した「ルナ」及び「シルフィード」はそれぞれ10万本以上の売り上げがあった。[54]

動画の使用を前提に設計されたメガCDには上記のソフト以外にスターウォーズレベルアサルトやジュラシックパーク、マイクロコズム、トムキャットアレイのような実写・特撮・ポリゴンを素材したソフトが多く発売されており、それがメガCDの特色となっていた。

  • ネットワーク経由の配信事業

セガは8ビット機時代からゲーム機本体をつないだ通信対戦[55]を実現させていたが。メガドライブ以降では外部ネットワークを利用した通信対戦やゲーム配信事業を行っていた。これらの機能とサービスはドリームキャストになると「@barai(アクティベーション)」や「ドリム」によるネット決済機能も実装し、2016年現在の家庭用ゲーム機メーカーでも同様の事業展開[56]がされている。[57] なおセガは郵政省主催のCATV協議会のゲームソフト部門でセガが主査企業に指名されている。[58]

    • ゲーム図書館
電話回線を利用した配信事業。ゲームだけでなくセガ・ネット・ニュースという情報サービスもあった。サービスの利用料金は月額制。家庭用ゲーム機で本格的な通信を導入した先駆的なサービスだった。[59]
    • セガチャンネル
ケーブルテレビ回線を利用した配信事業。ゲーム図書館とは違いサードパーティーを含めROMですでに販売されていたゲームを配信していた。ゲームソフトだけでなく「プラネットメッセージクイズ」や「入試直前チェック難問奇門危機解決」のような学習ソフトの配信も行われた。
  • メガドライブのアーキテクチャの関連商品への活用

アーケード用基板SYSTEM16の設計を基にして作られたメガドライブだが、そのアーキテクチャは一部の仕様を拡張もしくは簡略化した形で設計が共用された。これによりコンシューマー・アーケード間で相乗効果を持たせることができた。

メガドライブのハード事業終了後の展開[編集]

互換機[編集]

セガがメガドライブを販売していた頃に各国での現地生産体制を確立していた。そのためセガ自身がメガドライブ本体の販売を終了し[60]ライセンス提供に舵を切った後もGENESIS3を皮切りに様々な互換機が発売されることとなった。2016年(確認が取れている範囲での最後)にはAt Gamesが「MEGA DRIVE ULTIMATE PORTABLE GAME PLAYER」を発売している。[61]

互換機の一例[編集]

  • レトロフリーク
  • RETRON(シリーズ)
  • FCツイン+MD
  • GAME JOY
  • SEGA GENESIS ULTIMATE PORTABLE GAME PLAYER[62]
  • SEGA GENESIS ULTIMATE PORTABLE GAME PLAYER 2015
  • MEGA DRIVE ULTIMATE PORTABLE GAME PLAYER[63]
  • MEGA DRIVE CLASSIC GAME CONSOLE[63]

各時代の現役ハードへのソフト移植と展開[編集]

  • ニンテンドー3DSダウンロード専売ソフトとして2012年から展開されている「セガ3D復刻プロジェクト」では、メガドライブ用ソフトの幾つかが3D立体視に対応させて移植されている[64]。このプロジェクトの功績が認められ、『国際3D先進映像協会 グッドプラクティス・アワード 2014 本賞』を受賞している。[65]
  • このプロジェクトによりパッケージソフトとしてセガ3D復刻アーカイブスセガ3D復刻アーカイブス2がリリースされた。2016年末には「セガ3D復刻アーカイブス3 FINAL STAGE」の販売が予定されている。
  • ナムコが参入(ファミコン、スーパーファミコン、メガドライブ)していた家庭用ゲーム機の名作を集めたナムコアンソロジーの一作目『ナムコアンソロジー1』では「レッスルボール」が収録されている

また、重装機兵レイノス鋼鉄帝国のように2016年の時点での現役ハードに移植され続けるソフトも存在する。

コラボレーション[編集]

メガドライブと異業種とのコラボ商品が発売されている。

  • 2014年末にトランスフォーマーとのコラボでタカラトミーから『メガドライブメガトロン』が発売された。[66]
  • アパレルでは「しまむらxセガハードコラボシリーズ」が展開されている。2016年のコラボ商品はスウェットであった。[67]同様のコラボはコスパ・タブリエグループの「コスパ」ブランドブランドでも行われてきており、2015年は「メガドライブ ワッペンベースワークシャツ」や「メガドライブカートリッジ フルグラフィックTシャツ」[68]、2016年は「16-BIT」のデザインを使ったシルバーリングであった。[69]

市場動向[編集]

北米市場[編集]

アメリカ・カナダを含む北米市場では、1989年に『SEGA GENESIS』として発売された。

発売当初は任天堂のNESが8割という圧倒的なシェアを背景に1社独占のシステムを販売店や流通など業界内外の隅々まで行き渡らせており、サードパーティの参入や小売店への納品すら困難だった。

セガ・オブ・アメリカ副社長だった豊田信夫はアメリカのスタッフが作るアメリカ的なゲームこそがアメリカ市場で受け入れられると考え、セガがマーベルコミックス社からライセンスを受けて『スパイダーマン』をゲーム化する際、セガ・オブ・アメリカ主導での開発許可を貰った。また、北米スポーツゲームの市場が約4割と非常にシェアが大きいアメリカでの販売促進を狙って、大物スポーツ選手の起用によるビッグタイトルを発売すべく、全米スポーツ界No1のスター選手であるNFLサンフランシスコ49ersジョー・モンタナが要求したロイヤリティー契約では、国際電話で中山隼雄社長から承諾を得て任天堂よりも好条件を提示して交渉を成立させ、『ジョー・モンタナフットボール』シリーズを発売。100万本の売り上げを記録した。他にもF1レーサーのアイルトン・セナや大物ミュージシャンマイケル・ジャクソンなど、世界的に人気にある著名人ともライセンス契約を締結してゲームを発売した。

これらを機に、セガの意欲と、市場の存在がエレクトロニック・アーツアクレイムなど海外のソフトメーカーにも伝わり、参入を決めるサードパーティが次々と増えたという[70]

任天堂のSNESが北米市場で発売された1991年の年末商戦には、キラータイトルである『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』を全面的に押し出した。当時SNESは『スーパーマリオワールド』同梱で199ドル、GENESISは『ソニック1』同梱で149ドルであり、GENESISとSNESの2台を並べてマリオに対してソニックのスピード感と販売価格の優位性をアピールするTVCMなど徹底した比較広告戦略を展開。これが功を奏して、アメリカ最大手の新聞紙USA TODAYでは、「ゲームマーケットで遂にセガが優位に立った」という記事が掲載されるなど、同年のクリスマスシーズンではマスコミ各社が米ゲーム市場でのセガの成功を報じた[70]

1994年末にSNESでリリースされた『スーパードンキーコング』などの大ヒットにより、Newsweek紙の報道では1995年度での販売台数がSNESの270万台に対し、GENESISの販売台数は210万台に留まるなど、単年度では逆転された[71]。しかし、1995年1月の時点でコンシューマ市場で55%のシェア[72]および2,000万台の売り上げを記録した。

しかし、当時の北米市場ではセガ・オブ・アメリカ主導で作られた周辺機器であるスーパー32Xの失敗及び、ジェネシスのデッドストックが問題[73]となっており、次世代ゲーム機であるセガサターンに移行する上での大きな障害となっていた。当時のセガ社長の入交昭一郎は「サターンを出しても上手くいかず、現地の人達が意欲を失っていた時、16ビット時代からの在庫のツケなどが非常に重く、よい話は何もなかった」「1996年の7月に、『終戦処理を私がしましょう』ということでアメリカまで行った」「アメリカでは1,500万台程度の販売台数」と語っている。[74]セガは1996年末にアメリカの連結子会社「セガ・オブ・アメリカ」の累積損失処理と、旧型の16ビット機(ジェネシス)の廃棄損合わせて270億円を1997年3月期の決算において特別損失として計上することを発表した[75]

NPD英語版調査でも1994年以降の本体売り上げやゲームソフトのラインナップなどでSNESを上回り、次世代ゲーム機であるPlayStationやセガサターンが発売がされてからも、MLBNBA、NFL、NHLなど人気スポーツゲームは1998年頃まで発売され続けた。結果GENESISは、16ビット機市場トップの座を守り通した[76]。 結果として『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』『2』『3』『ナックルズ』『スピンボール』といったソニックシリーズ作品や『モータルコンバット』『NBA Jam』シリーズ、『獣王記』『ストリートファイターIIダッシュプラス』『Street of Rage』の他にも、ディズニー作品など映画を題材にした『アラジン』『ライオンキング』『ジュラシック・パーク』や北米で人気のタイトルをゲーム化した『X-MEN』『パワーレンジャー』などは100万本以上のミリオンセラーを記録した

南米市場[編集]

南米各国では1990年にセガの正規代理店であるブラジルのTectoy社によって発売された。

特にブラジルではゲーム機を含むなどの精密機器への「輸入税」が高額であったが、ブラジル国内での製造はTectoy社が請け負っておりマスターシステムやメガドライブは輸入税の影響を受けなかったため消費者が購入しやすい価格帯に止めることができた。さらにセガが2001年にゲームハード事業から撤退後もTectoy社は両ハードのの製造・販売・移植を継続していた。そのため2015年現在でブラジルの家庭用ゲーム機市場では健在であった。[77][78]。 ソニーもセガと同様にゲーム機の現地生産を行うことで価格を抑える戦略をとっている。

ファンタシースターII』『III』や『シャイニング&ザ・ダクネス』『幽☆遊☆白書 魔強統一戦』などが移植されたほか、ブローダーバンド社が発売した教育ソフトウェアカルメン・サンディエゴを追え! 世界編』のコンセプトを使ったテレビの教育バラエティ番組『カルメン・サンディエゴを探せ!(原題:Where in the Universe is Carmen Sandiego?)』など現地メーカーが開発したオリジナル作品も存在する。

2012年度でも、マスターシステムとメガドライブがあわせて年間15万台は売れているなど、販売台数を伸ばしている[79]

南米市場では約300万台の販売台数を記録している。また、2009年以降はTectoy社によって、音楽ゲームとギター型コントローラーが付属したメガドライブ互換機「Mega Drive 4 Guitar Idol」が発売されたほか、2013年現在でも携帯型メガドライブ互換機「MD Play」などのメガドライブ互換機が販売されている[80]。これらのメガドライブ互換機は本体にゲームソフトが内蔵されており、カートリッジの利用はできない。

欧州市場[編集]

フランス・ヨーロッパ・オーストラリアを含む欧州市場では1990年に日本と同様、メガドライブの名称で発売された。

元々セガは、NESの投入が遅れていた欧州市場に先行してマスターシステムを発売して市場を形成するなど、早くからブランドイメージが確立されていた。さらに、欧州で人気を博していたAmigaは、ゲームの違法コピーが蔓延していた事から、多くのソフトメーカーがメガドライブへ参入した。

北米市場と同様に、SNESに対しても互角の市場を構築。日本ではPlayStationやセガサターン、ニンテンドウ64で発売された『FIFA ロード・トゥ・ワールドカップ98 ワールドカップへの道』が発売されるなど、次世代ゲーム機が登場してからもソフトは供給され続けた。

欧州市場での販売台数は839万台で、SNESの815万台をわずかながら上回った。

国内シェアの補足[編集]

1990年時点の市場調査[81]によると、各ハードのシェアはスーパーファミコンが55.9%、PCエンジンが24.7%、メガドライブ19.4%がとなっていた。[82]この時期のメガドライブの出荷数は年間70万台としている。[83]日経産業新聞「主要100品目シェア 各年度版」によると1993年には任天堂が91.3%、セガが4.1%、NECが3.0%であった。[84]

最終的に公表された出荷台数はスーパーファミコンが1,714万台、PCエンジンが584万台[85][86][87][88]メガドライブが318万台[74])となっている。

バリエーション[編集]

(→メガCDも参照のこと)

NOMAD
Victor ワンダーメガ
セガ製
メガドライブ (HAA-2500)
初期型。1988年10月29日発売。価格21,000円。
メガドライブ2 (HAA-2502)
メガドライブの廉価版。本体が小型化され、AV端子の形状が変更されてステレオ出力になった。6ボタンパッド1個付属。メガCD/メガCD2も接続可能。ヘッドホン端子は削除された。1993年4月23日発売。価格12,800円。
ワンダーメガ (HWM-5000)
メガCD一体型のメガドライブ。MIDI出力、S端子などを備える。CDドライブはトップローディングだが、開閉は電動式。1992年4月24日発売。価格:79,800円。
マルチメガ
メガCD一体型のメガドライブ。国内では未発売。海外では1994年発売。
メガジェット
本体・6ボタンコントローラ一体型のメガドライブ。駆動は商用電源のみ、画面は通常のテレビに出力して使用する。元々は旅客機内の貸し出しサービス用として日本航空と共同開発したもののため周辺機器による機能の拡張は元から考慮されていない。1994年3月10日一般発売。価格15,000円。
ノーマッド
海外のみで発売。液晶画面を搭載し単3電池6本で駆動する携帯ゲーム機。コントローラー端子も装備され一つの画面で2人プレイも可能。別途ケーブルでテレビ画面への出力も可能。周辺機器による機能の拡張は元から考慮されていない。
他社製
ワンダーメガ (RG-M1)(RG-M2)(日本ビクター(後のJVCケンウッド))
その他
LDゲーム機・レーザーアクティブパイオニア)に装着して使用するコントローラーパック、アイワ製のCDラジカセ型のものなどのバリエーションが存在していた。

イメージキャラクター[編集]

専門誌[編集]

以下の6冊は海外で発売されたメガドライブの専門誌。

周辺機器[編集]

セガ純正[編集]

セガ非公認のタップ
型番 名称 備考
HAA-2600 メガアダプタ セガ・マークIII/マスターシステムのソフトを使うためのアダプタ。
SG-1000用のカートリッジやマイカードは使用不可で、FM音源にも非対応。元々はメガドライブ発売最初期のソフト不足をカバーするための補助製品であり、ある程度メガドライブ用のソフトが出揃うと販売終了した。
HAA-2651 セガマウス 正式名称は、メガドライブ用マウス/マイクロトラックボール。
SEGAロゴが入ったマウスパッドが同梱されており、裏返すとトラックボールとしても使用が可能な自動切換機能が内蔵されている。
HAA-2652 セガタップ 「ガントレット」制作時に4人同時プレイの実現させるためにやテンゲン社内で作ったタップで「生産まではまだ確約出来ないけど、生産出来なくてもマニュアルに回路図載せるってのでどう?」という意見がありセガに持ち込んだところ、純正品として発売される流れとなった。
セガから発売されたものは4つの端子の1つのみを有効にする機能を持つセレクター役目も兼ねておりこれを経由していれば用途に応じてコントローラーの切り替えができた。(エンターブレイン、セガ・コンシューマー・ヒストリー105ページ115ページ)[89]ガントレットの開発では「メガモデムの端子を使ってメガドライブを2台繋げてみたい」という案[90]もあった。
HAA-2654 コードレスパッドセット SJ-6500と受光ユニットのセット。
HAA-2801 RFユニット
HAA-2810 モノラルディンプラグコード
HAA-2811 ステレオディンプラグコード メガドライブ2およびスーパー32Xのみ使用できる赤・黄・白のステレオディンプラグコード。
HAA-2910
HAA-2912
メガCD・メガCD2 メガドライブ専用CD-ROMドライブ。
HAA-2951 メガモデム モデム。セガ・ゲーム図書館などに使用。
ゲーム図書館専用ゲームソフトのダウンロード配信や、一部ソフトによる通信対戦にも対応している。
HSC-0101 セガチャンネル専用レシーバーカートリッジ ケーブルテレビ回線を使用してメガドライブ用ゲームソフトの配信を行うサービス『セガチャンネル』専用のカートリッジ。
SA-160
SA-190
ACアダプタ
SJ-3500 コントロールパッド
アーケードパワースティック
SJ-6000 ファイティングパッド6B 6ボタンジョイパッド。メガドライブ2には標準で付属。
旧型の3ボタンコントロールパッド(SJ-3500)に比べて操作性が向上している。
SJ-6500 コードレスパッド6B
SJ-6600 アーケードパワースティック6B アーケード用のレバーとボタンを採用しており、A・B・C・X・Y・Zの6ボタンに個別対応した1秒間に6 - 24発までの無段階スライド式連射調節機能と、通電中でも変更が可能な3-6ボタン切り替えスイッチを装備している。
G-2920 バックアップ RAMカートリッジ メガCDの各種セーブデータを保存・管理する補助記憶装置。
記憶容量はメガCD内蔵バックアップRAMの約16倍に相当する2045ブロック1Mbit(128KB)。
HMA-0001 スーパー32X メガドライブを32ビット機にするアダプタ。

未発売[編集]

開発されたが、発売されなかった周辺機器。

サードパーティー[編集]

名称 発売元 備考
XMD-1 RGB マイコンソフト メガドライブの映像をパソコンなどのRGBディスプレイに出力するアダプタ。
箱や説明書に明記は無いが、マークIII・マスターシステムでも使用が可能である。
XMD-2 RGB/S マイコンソフト XMD-1 RGBの改良版。S映像出力に対応した。
箱や説明書に明記は無いもののマークIIIでも使用が可能。マスターシステムには非対応である。
XMD-3 RGB/S マイコンソフト XMD-2 RGB/Sのメガドライブ2以降用。
MEGA S-01 サンタ 初期型メガドライブ専用S端子+ステレオ音声出力アダプタ。黄色いRCA端子にはモノラル音声が割り当てられておりコンポジットビデオではない[91]
MEGA S-02 サンタ MEGA S-01のメガドライブ2以降用。
XE-1AP マイコンソフト アナログ入力対応のジョイパッド。
8個トリガーボタン、アナログスティック、アナログスロットルレバーを搭載しており、デジタルモードへの切り替え可能で非対応ソフトでも使用可能である。
CPS Fighter-MD(CPS-A13CA) カプコン メガドライブ用のカプコン純正スティック。
CPSF-PC(CPA001) カプコン 当時カプコンが参入していた2つのハード(メガドライブ・スーパーファミコン)向けに発売していたジョイスティックCPS Fighter-MD及びCPS Fighter-AをATARI規格ジョイスティックとして使用するカプコン製のコントローラー変換アダプタ。
CPS Fighter-Aとの接続では専用の端子を使っており、実質同社ジョイスティック専用であるが、CPS Fighter-MDとの接続ではアダプタのほうにメガドライブのジョイパッドと同じ規格の端子を備えており、CPS Fighter-MD以外にパッドも接続・変換できるようになっている。
メガコマンダー HORI スーパーファミコン用連射パッドのファイティングコマンダーのメガドライブ版。
高速連射機能(数秒20発の連射機能)、連射ホールド機能、スローモーションスイッチを備えている。
CY-RF-5 サイバーガジェット レトロフリーク用ギアコンバーター。メガドライブに接続すると純正メガアダプタ(HAA-2600)と同じ機能を持つ[92]

関連項目[編集]

メガドライブの亜種など[編集]

ソフト一覧[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ NY Times、1998年3月14日の記事
  2. ^ 「第11章 CESAゲームアーカイブス」『2014 CESAゲーム白書』、CESA、159頁。
  3. ^ 講談社「セガ ゲームの王国」大下英治 著 p244
  4. ^ a b トレジャーの『エイリアンソルジャー』ではゲームタイトル画面にはこのキャッチコピーと共にと共に「FOR MEGADRIVERS CUSTOM」と表示される
  5. ^ TVCMにはいとうせいこうを起用していた。
  6. ^ 週刊ファミ通 2013年8月8日発売号別冊付録 “SEGA CONSUMER 30th ANNIVERSARY BOOK”メガドライブ編/開発を手掛けた石川氏が当時を振り返る!”. 2014年11月4日閲覧。
  7. ^ a b c d e 太田出版「メガドライブ大全 増補改訂版」 p314-316。セガの佐藤という人物は未来を見据えており、正しいと判断した判断した場合可能性が1パーセントでも行く人とのこと。
  8. ^ 大月書店「日本のビッグ・ビジネス(21)任天堂・セガ」逸見啓・大西勝明 著 p115,116、日本能率協会マネジメントセンター「セガvs.任天堂」赤木哲平 著、p1
  9. ^ Diggin' in the Carts: 予告編・各エピソード概要紹介を参照。
  10. ^ エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』p.202~204
  11. ^ 日本から「ゼルダの伝説」「インベーダー」など3作品が選出 米博物館が「ビデオゲームの殿堂」を発表
  12. ^ セガの『レンタヒーロー』のハリウッド映画化計画が発表。『忍』、『バーチャファイター』、『ゴールデンアックス』、『獣王記』なども検討中
  13. ^ 「GAME ON」トークイベント「セガハードの歴史を語り尽くす」「歴代セガハードの生みの親が集結した夢のキャスティングが実現!」
  14. ^ 開発者のCarbonJamesの発言より「I LOVED Herzog Zwei when I was a kid,」
  15. ^ 福田 史裕x藤本 淳一x石川 淳一、無職の青年が持ち込んだゲームが歴史を変えた。約20年ぶりに再会を果たした初期メンバーが語る「大戦略」開発秘話より「ちなみに、結局『大戦略』で一番メジャーになったのは、やっぱり『アドバンスド大戦略』ですか。」に対する返答。
  16. ^ 不幸なパターンとして開発者が挙げたのは「ファミコン版『大戦略』」であった。
  17. ^ 週刊ファミ通2011年5月12・19日合併号 P180より。他に音速の貴公子をはじめ、世界的な映画監督やハリウッドの二枚目俳優など多くの有名人が本社を突然訪問することがあり、セガ社員にはその状況に慣れてしまった者もいる。
  18. ^ 講談社「セガ ゲームの王国」大下英治 著 p286-288
  19. ^ 「セガ3D復刻アーカイブス3 FINAL STAGE」に「サンダーフォースIII」収録!!-テクノソフトの権利をセガが取得、元テクノソフトの新井氏も登場して経緯を語った
  20. ^ 吉田秀治@ガンバリオンのツイッターでのコメント
  21. ^ システムチップもヤマハ製の専用品である。
  22. ^ 同時発色数自体はセガ・マークIIIと同数である
  23. ^ この問題を補うためとスーパーファミコンの半透明処理の代わりににタイリングとメッシュという手法も使用された。(スタークルーザー、ソニック・ザ・ヘッジホッグ、ファイナルファイトCD等)
  24. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P126より
  25. ^ 富士通の32ビットパソコンFM TOWNSにも搭載されている。
  26. ^ a b Beep 1988年11月号『セガ、メガドライブ登場!!』
  27. ^ 講談社「セガ ゲームの王国」大下英治 著 p243
  28. ^ 太田出版 CONTINUE 『メガドライブ大全』 Special Interview Vol.2 クライマックス社長 内藤寛氏、p151参照
  29. ^ セガ8ビット機時代は方向ボタンに小型のスティックが取り付けられる構造になっていた。
  30. ^ 現在でもファイティングパッド6BをUSB接続に変換できるコンバーターが存在する。
  31. ^ 当時アメリカでは100万台以上売れた。
  32. ^ 講談社 大下英治著『セガ ゲームの王国』1993年2月1日発行 239-240ページ参照。「われわれが使えば百万本はいきます。そのうちの三十万本を、とりあえず発注したい」
  33. ^ 「GAME ON」トークイベント「セガハードの歴史を語り尽くす」レポート
  34. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P24
  35. ^ セガが行ったPalmSource Japan Forumの基調講演より。
  36. ^ 週刊ファミ通2011年5月12・19日合併号 P136
  37. ^ メディアクリエイトの集計では販売本数は10万本。[要出典]
  38. ^ 講談社「セガ ゲームの王国」大下英治 著 p293-298
  39. ^ プロデューサー 下里陽一へのインタビューより
  40. ^ a b c d BEEPメガドライブ 1990年9月号 p47-50。サードパーティーの座談会の記事より。
  41. ^ 週刊ファミ通2011年5月12・19日合併号 P152,153
  42. ^ 制度を始めたのはマークIIIから。それ以前のSC-3000などのセガ家庭用ハードでは[コンパイル (企業)|コンパイル]や[エスケープ|ウエストン ビット エンタテインメント]などがセガ発売のソフトの開発を担当していた。
  43. ^ 講談社 大下英治 著『セガ ゲームの王国』 p267。それまでのセガは見た目の美しさよりもゲーム性(ゲームとしての楽しさ)を重視していた。
  44. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P156-157
  45. ^ M2 堀井 直樹へインタビュー
  46. ^ BEEPメガドライブ 1990年4月号 p44
  47. ^ BEEPメガドライブ 1989年秋号 p9
  48. ^ 太田出版「メガドライブ大全 増補改訂版」 p151。ゲームアーツ代表取締役社長の宮路洋一へのインタビューより。
  49. ^ a b c BEEPメガドライブ 1991年10月号 p96-100
  50. ^ CD-ROMではCD-DA再生とゲームのデータアクセスは同時に行えない
  51. ^ CD-DAが必要になるのはオーケストラクラスでないと意味がないとのこと。
  52. ^ 日経BP社「新世代ゲームビジネス」p154。ナムコCS開発部長横山茂へのインタビュー記事参照。
  53. ^ BGMも音源の技術の進歩により「サンダーフォースIV」や「バッドオーメン」のような高度な演奏が可能でありCD-DAが必須という状況でもなかった。
  54. ^ エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』p.157 ゲームアーツ宮路洋一のインタビューより
  55. ^ F-16ファイティングファルコン
  56. ^ 「Xbox Live」「ニンテンドーeショップ」など
  57. ^ この流通では原理上「中古ソフト流通問題」も発生しない。
  58. ^ 大月書店「日本のビッグ・ビジネス(21)任天堂・セガ」逸見啓・大西勝明 著 p187
  59. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P134
  60. ^ しかしグループ企業のセガトイズから発売されたメガドライブ プレイTV(3までシリーズ化)事がある。同じような設計思想で作られたものに任天堂から2016年に発売された「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」がある。
  61. ^ 既に特許は切れており、2015年には「レトロフリーク」のようにノンライセンスで製造された互換機も発売されている。
  62. ^ メガドライブの携帯ゲーム機が販売中、海外版タイトル40本入り」のように国内で販売もされていた。
  63. ^ a b 任天堂の手乗りファミコンに対抗?新型メガドライブ2機種がソニック25周年記念に発売
  64. ^ セガ3D復刻プロジェクト
  65. ^ 国際3D先進映像協会 日本部会(International 3D & Advanced Imaging Society, Japan Committee)の3Dユニバーシティ・ジャパン 2014を参照
  66. ^ タカラトミー公式サイトのNEXTA『MEGA DRIVE MEGATRON』を参照。
  67. ^ 「しまむら」セガTシャツ新作登場!ドリキャスパーカーやメガドラスウェットも
  68. ^ メガドライブをイメージしたキャップやワークシャツ,ゲームギアを模したポーチなどがTGS 2015のコスパブースで先行販売
  69. ^ 『ソニック』、『NiGHTS』、メガドライブの新グッズがコスパより発売決定
  70. ^ a b 講談社『スーパーゲームマガジン 覇王』1994年4月号 p.34 - 37 特集・セガ スペシャル セガ・オブ・アメリカ躍進の秘密 参照
  71. ^ Game-System Sales”. Newsweek (1996年1月14日). 2012年1月21日閲覧。
  72. ^ Video Business誌の1995年1月号の記事「Game makers dispute who is market leader.」より
  73. ^ セガマーケティングマネージャー竹崎忠(当時)は、週刊ファミ通2001年2月号において当時の状況を語っている
  74. ^ a b セガ社長の入交昭一郎 (当時)からメガドライブの販売台数を200万台とする証言もある。週刊東洋経済、1998年2.28号
  75. ^ 「破綻した戦略なき合併 セガ・バンダイ破談の真相」(週刊ダイヤモンド 1997 年 6 月 7日)
  76. ^ Indirect Network Effects and the Product Cycle:Video Games in the U.S., 1994-2002”. 2014年11月4日閲覧。
  77. ^ ブラジルではPlayStation 4がPlayStation 3ローンチ価格のほぼ2倍となる約18万円で発売へ”. 2014年11月4日閲覧。
  78. ^ Historico Tectoy社公式サイトによるTectoyの歴史
  79. ^ Vinte anos depois, Master System e Mega Drive vendem 150 mil unidades por ano no Brasil
  80. ^ Videogame Tectoy社公式サイトによるゲーム機のラインナップ
  81. ^ 以下の数値は各社が発表基準(販売台数・出荷台数・生産出荷)のばらつきと、調査会社の推計方法によって集計結果と順位が変わるという点に注意が必要である
  82. ^ エンターブレイン『週刊ファミ通700号』p.127 総力特集・ゲームの歴史
  83. ^ 東洋大学学術情報リポジトリ テレビゲーム機の変遷--ファミコン、スーパーファミコン、プレステ、プレステ2、Wiiまで
  84. ^ 大月書店「日本のビッグ・ビジネス(21)任天堂・セガ」逸見啓・大西勝明 著 p16
  85. ^ 小川 純生テレビゲーム機の変遷--ファミコン、スーパーファミコン、プレステ、プレステ2、Wiiまで
  86. ^ NECアベニュー多部田俊雄によると、内訳としてCDROM機種は200万台である。(ユーゲーNo.06 2003年6号 『特集 PCエンジン回顧録』p.128より)
  87. ^ 日経BP社『新世代ゲームビジネス』の117ページのNEC-HE取締役支配人の小林淳二記事よると198万台と証言しているが、PCエンジンシリーズ全体の数字であるかは不明
  88. ^ 世界で580万台とする記事もある。NEC-HEの事業部長の本庄氏、NEC社長(インタビュー時は相談役)の関本氏のインタビューと資料を基にした朝日新聞2001年12月1日(夕刊)「ウィークエンド経済 第765号 あの失敗がこう生きた」より
  89. ^ エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』p.105、p115
  90. ^ 過去にマークIIIで「F16ファイティングファルコン」の通信対戦の事例がある
  91. ^ MEGA DRIVE & MEGA-CD(メガドライブ&メガCD)
  92. ^ レトロフリーク用ギアコンバーター|サイバーガジェット

外部リンク[編集]