Atari 2600

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Atari 2600
Atari2600logo.svg
Atari-2600-Wood-4Sw-Set.png
Atari2600jr.jpg
Atari VCS(上)、Atari 2600 Jr(下)
メーカー アタリ
種別 据置型ゲーム機
世代 第2世代
発売日 1977年9月11日
(Atari VCS)
CPU 6507
対応メディア ロムカセット
次世代ハードウェア Atari 5200
テンプレートを表示

Atari 2600とは、米国アタリ社が開発した家庭用ゲーム機である。 それ以前のプログラム固定方式のゲーム機と異なるロムカートリッジによってゲームソフトを供給するプログラム内蔵方式のゲーム機として1977年に「Video Computer System」の名で発売され「Atari VCS」の通称で親しまれた[1]。発売時の価格は199ドル

概要[編集]

ポン』にかわる家庭用ゲーム機として「ステラ」のコードネームで開発が開始された。 資金難から1976年ノーラン・ブッシュネルワーナー・コミュニケーションズにアタリ社の全株式を売却。翌1977年11月に「Video Computer System」の名で発売された[1]

日本ではエポック社から1979年に「カセットTVゲーム」の名称で輸入販売された[2]RF出力するチャンネルの切り替えが出来なかったため「1ch専用機」「2ch専用機」のバリエーションで販売された。また、Atari VCSの代表作となった『スペースインベーダー』の移植版も、エポック社からの移植要請を受けてアタリ社が制作した物である[3]

1982年には後継機となるAtari 5200が発売されたが、VCSもAtari 2600と改称した上で継続して販売された。

1984年、アタリ社の家庭用ゲーム部門はアタリコープとなり、1986年にAtari 5200の後継機Atari 7800と共にAtari 2600 Jrと呼ばれる廉価版を発売した。Atari 2600は業務用作品の移植の試みも多く、ローンチタイトルとなった9本の作品内の半数以上が業務用作品を元としており、その中にはポンも含まれていた。その後も『スペースインベーダー』や『パックマン』、『サーカス』などの有名ゲームが移植された。

2010年代にはレトロゲーム愛好家によって自作ゲーム開発キットという形態をとり、専用のBASICコンパイラを配布し記録媒体にSDメモリーカードが使用出来るフラッシュカートリッジが販売されている[4]

仕様[編集]

CPUモステクノロジー社の6502のコスト削減バージョンである6507、入出力制御にメモリ兼用の6532 RIOT(RAM, Input, Output, Timerの略)を採用。グラフィック処理と音源の機能はジェイ・マイナーによって開発されたTelevision Interface Adaptor(以下、TIA)と呼ばれるワンチップに収められた。

コントローラ[編集]

各種コントローラを接続するため、本機にはD-sub 9ピン(DE-9)状の台形のコネクタが2つ用意されている。コントローラとしては反射型ゲームで用いられるパドルコントローラやジョイスティック、12ボタン(横3×縦4)のキーボードなど数種類が用意された。このコネクタは、様々な仕様のコントローラに対応できるようデジタル入力、デジタル出力、アナログ入力に対応している。ピンアサインは以下の通り[5]

ピンアサイン
Pin No. 信号の種類 Atari Joystick Atari Paddle Atari Keyboard[注 1]
1 デジタル入力/デジタル出力 UP#(デジタル入力) NC 最上段の読取指定(デジタル出力)
2 デジタル入力/デジタル出力 DOWN#(デジタル入力) NC 2段目の読取指定(デジタル出力)
3 デジタル入力/デジタル出力 LEFT#(デジタル入力) BUTTON2#[注 2](デジタル入力) 3段目の読取指定(デジタル出力)
4 デジタル入力/デジタル出力 RIGHT#(デジタル入力) BUTTON1#[注 3](デジタル入力) 最下段の読取指定(デジタル出力)
5 アナログ入力/デジタル入力 NC POT1[注 4](アナログ入力) 左列のキー読取(デジタル入力)
6 デジタル入力 FIRE# NC 右列のキー読取
7 VCC(+5V) NC VCC VCC[注 5]
8 GND コモン端子 ボタンのコモン端子 コモン端子
9 アナログ入力/デジタル入力 NC POT2[注 6](アナログ入力) 中央列のキー読取(デジタル入力)

デジタル入力の読取は、プルアップされた各入力ピン(1 - 4、5、6、9番ピン)とGND(8番ピン)との短絡を検出することによって行われる。また、アナログ入力は、各入力ピン(5、9番ピン)とVCC(7番ピン)との間に可変抵抗を設け、その抵抗値を読み取るものである。1 - 4番ピンのデジタル入力/デジタル出力はピン単位で切り替え可能である一方、5、9番ピンのアナログ入力/デジタル入力の切り替えは両コントローラ用コネクタの全ての入力ピンに対して行われる(コネクタ1をアナログ入力、コネクタ2をデジタル入力とするような設定にはできない)。また、6番ピンは他のピンと同様のオンオフ検出とエッジ検出(一旦オンになったらコントローラ側でオフにしてもオンと検出され続ける)との切り替えが可能である。この切り替えも両コネクタに対して一斉に行われる。

他機種での利用[編集]

厳密に「規格」として定められていた訳ではないが、Atari 2600と部分的に互換性のある(少なくとも1ボタンのジョイスティックがそのまま使用可能な)コントローラ用コネクタが、アタリのみならずコモドール等様々な企業のパソコンやゲーム機に採用されている。日本ではPC-6001で2ボタン[注 7]と拡張し電源ピンやGNDピンの位置を変えて採用された[注 8]他、NECが規格策定の初期に関わっていたMSX規格が、PC-6001と同一のピンアサインのコネクタを採用した。ゲーム機としてのMSXなどの普及などにより、Windowsが国内で台頭するまで間、この拡張されたPC-6001と互換性のあるピンアサインのコントローラが国内ではデファクトスタンダード[注 9]となっていた。また、類似したピンアサインをシャープX1が採用した。ただし、X1の実装ではPSGの汎用I/Oが直接コネクタに出ているため、コモン端子(X1ではAtari 2600と同じくGND)の配置は同じものの、電源ピンが無く8番ピンを除く全てのピンが入出力[注 10]端子となっている。ゲーム機ではセガのSC-3000で同様にボタンが追加された仕様のコネクタが使用されており、拡張を重ねながらメガドライブまで使用されていたが、上記のPC-6000シリーズや、MSXとは拡張部分のピンアサインは別のものである。下記の様にATARI2600、MSX、X1、セガのゲームコンソールではインターフェイス側に電気的な互換性は無い。また、これらの互換性はLowになったピンの位置と意味が合致することによって維持されているため、実際のコントローラ側の実装ではスイッチが押下されたときに接続されるピンの差異などもあるため、特に電源を併用するようなコントローラでは注意が必要であり正式に製品が対応を謳っているコントローラを用いることが望ましい。なお、直接の互換性は無いものの、ピンを入れ替えるアダプタを用意することで、別の機種に用意されたものを使用するソフトウェア[注 11]なども販売されている他、電池ボックス[注 12]や、モードスイッチを装備することで、複数のコンソールに対応[注 13]するジョイスティックも発売された。 このように、厳密にはピンアサインとしては異なるものの、1ボタンのATARIコントローラが使えることから、これらのインターフェイスは「ATARI仕様準拠」[注 14]とカタログに書かれていた。

これらの端子は多くが汎用I/Oに接続される形になっていたこともあり、ソフトウェアの制御によって入力デバイス用のコネクタのみではなく、多ボタンの入力機器、マウス、通信ケーブル、MIDI機器の制御など、他の目的に使われることもあった。しかし、ホスト側の実装そのものは機種によって大きく異なり、制御可能な内容そのものも異なる上、これらの機器はソフトウェア側の対応を必要とするため、アタリ規格ではなく対象機種の専用品として販売されていた。

コントローラデバイスの複雑化などにより、1990年代中頃からはゲーム機で採用されなくなった。また、Windowsではドライバも用意されず[注 15]多くの場合においてATARI規格相当の端子が使用できなくなったことや、それらではPC/AT互換機ゲームポートがサポートされておりそちらが使われるようになっていった。更には、そのゲームポートもレガシーデバイスとして排除され、USB接続が主流になるとレトロゲーム以外では需要がなくなり次第にその姿を消した。

ピンアサイン
Pin No. Atari Joystick Atari Paddle MSX MSX MOUSE SEGA(SC-3000以降) SEGA(MEGA DRIVE) [注 16]
1 UP# NC UP# B0 UP# UP#
2 DOWN# NC DOWN# B1 DOWN# DOWN#
3 LEFT# BUTTON2# LEFT# B2 LEFT# LEFT# L
4 RIGHT# BUTTON1# RIGHT# B3 RIGHT# RIGHT# L
5 NC POT1 +5V +5V NC +5V
6 FIRE# NC A# TL# 1# B# A#
7 NC VCC B# TR# GND H L
8 GND GND COMMON STB# GND GND GND
9 NC POT2 GND GND 2# C# Start

なお、FM TOWNSでは、通常同時に押されることの無い方向キーの上下でSELECT、並びに、左右を同時に押下することでRUNの二つのボタンを標準で拡張しており、重複する方向キーと追加されたボタンは同時に正常に判別することが出来ない。

また、電波新聞社、シャープが販売したアナログスティックは、パラレル通信によって256段階の入力(3軸)と、多ボタン(10ボタン)の認識を可能にしている。

メガドライブでは6ボタンパッドもリリースされており、7番ピンを特定のタイミングで二度Highにする事によって、拡張部分の状態が返されるようにする形で認識ボタンの追加を実現している。同様に、FM TOWNSでも6ボタンパッドが提供されており、これは8番ピンをHighにすることにより拡張部分(C、X、Y、Zボタン)の状態が返されるようになる。

バリエーション[編集]

Atari 2700
ワイヤレスコントローラ同梱モデル。テレビなど他のリモコン機器に誤作動をおこすおそれがあったため、開発は終了していたものの発売はされなかった[6]。なお、のちにAtari 2600用のワイヤレスコントローラが発売された[6]
Atari 2800
Atari 2800
筐体デザインを変更した日本市場向け仕様[7]。付属コントローラもジョイスティックのつまみ部分がパドルになっていて、ジョイスティック・パドル一体型という独特な形状だった[1]
ゲームソフトは31タイトルを発売、この内の25タイトルが本体と同時発売。全てAtari 2600用ソフトのコンバージョンで、日本向け専用ソフトは1本も発売されなかった[1]
Atari Flashback
Atari 2600とAtari 7800のゲームが内蔵されたゲーム機。このゲーム機にはゲームが全部で20本内蔵されている。
Atari Flashback 2
Atari 2600のゲーム40本が内蔵されたゲーム機。後述のTVボーイと似ているがこちらはノンライセンス品ではない。Atari 2600本体の形をしている。
Atari Classics 10-in-1 TV Games
Atari 2600のゲーム10本が内蔵されたゲーム機。これもノンライセンス品ではない[8]。Atari 2600のジョイスティックの形をしていて、テレビに繋ぐと見た目はジョイスティックが直接テレビと繋がっている形になる。
Atariプレイングキーチェーン
ATARI 2600のゲーム2本が内蔵されたキーチェーンゲーム機[9]
ColecoVision Expansion Module #1
コレコのゲーム機であるコレコビジョン用の拡張モジュールで、Atari 2600互換のカートリッジ端子及びコントローラ端子を備えAtari 2600用ソフトの多くを動作させることができた。当初はアタリとの間で訴訟問題となったが後に正規ライセンスを得ている。また、コレコはこのライセンスに基づいてAtari 2600互換ゲーム機であるGeminiを販売した。

ノンライセンス品[編集]

TV Boy
TV Boy (TVボーイ)
中国製のクローン商品。海賊版ではあるが、後年ブームとなったミニファミコンメガドライブ ミニのようにソフト内蔵のゲーム機に回帰したもので、その種のゲーム機は本機が元祖という説がある[10]アクティビジョン社のレアゲームやメジャータイトルを含むAtari 2600のゲーム127本を収録するが、アタリ社の許諾は得ていないため、そのことには触れられておらず収録タイトル一覧にも適当なゲーム名があてがわれていた。UHF帯でテレビとワイヤレス接続するコントローラ一体型ゲーム機で、ATARI仕様の2P用端子を持つ。1995年[10]頃から日本国内で通信販売や店頭販売された。
学習研究社TVボーイとは異なる[10]

対応ソフト[編集]

1977年にローンチタイトルであるAir-Sea Battle, Star Ship, Street Racerなど9本が発売されて[11]しばらくの間は、世界初のアクションアドベンチャーゲームとして知られる『アドベンチャー英語版[12]や、『ブレイクアウト[13]など、アタリ製のソフトだけが発売されていた。

1980年、日本で本機を「カセットTVゲーム」として輸入・発売していたエポック社からの要請を受け、当時日本で流行していた『スペースインベーダー』の移植版を発売したところ[3]、200万部を超える大ヒット作となり[14] 、同作の大ヒットに合わせて本機の売れ行きも上がった。また、翌年に発売した『アステロイド英語版』と『ミサイルコマンド』はいずれもアタリが開発したアーケードゲームの移植版であり、こちらも大ヒットとなった。

初期のAtari2600用ソフトのカセットROMの容量は2キロバイトであるのに対し、『スペースインベーダー』や1982年に発売された River RaidのROMの容量は4キロバイトである[15]。 また、『アステロイド』は、バンク切り換えにより、Atari2600用ソフトとしては初めて8キロバイトの容量を実現した[16] 。 さらにその後発売された『ディグダグ』や『クリスタル・キャッスル英語版』といった別のアーケードゲーム作品の移植版の容量は16キロバイトである[15]

アタリショック[編集]

『スペースインベーダー』などが大ヒットした一方で、1982年までにはサードパーティによるゲームソフトの粗製濫造が相次いでいた[1]

サードパーティーの一つであるミスティーク英語版は、Atari2600向けに性的な内容を含んだソフトを開発・販売してきた。 その一つである『カスターズ・リベンジ』は、ジョージ・アームストロング・カスターがアメリカインディアン女性強姦する内容となっており[17] 、女性団体とインディアンの団体から抗議が寄せられるなど論争を呼んだ[18]

また、コレコビジョンエマーソン・アルカディアといった新しいゲーム機やコモドール64に代表される低価格パソコンとの競争にAtari 2600は晒されることになった。また、売上の増大に生産が追い付いていなかった前年10月にアタリ社が販売代理店に対し翌年分の一括発注を求めた結果、品切れを避けるために販売代理店が水増し発注を行い、その誤った需要予測に基づいて生産を行ったアタリ社は過剰在庫を抱えることとなった。たとえば、1982年春に発売された『パックマン』のAtari 2600移植版カートリッジは、当時稼働していた本体の数を数百万本も上回る数が生産された[19]。クリスマス商戦に向けて発売された『E.T.』も売上以上に大量の売れ残りが発生し、翌年には『パックマン』とともにニューメキシコ州アラモゴード市の埋め立て地「ビデオゲームの墓場」に埋められた[20]。1982年の第4四半期から翌1983年の第1四半期にかけてアタリの売上は急落。これが発端となり、1985年までにAtari 2600のみならず米国家庭用ゲーム市場そのものが急速に衰退し、一連の凋落はのちにアタリショックとして知られるようになった[1][21][2]。加えて、『E.T.』と『パックマン』はアタリショックを引き起こしたソフトとして知られるようになった[22][23]

反響[編集]

発売当初は、前年にフェアチャイルド社から発売された世界初のロムカセット式ゲーム機Video Entertainment System(後のチャンネルF)との競合もあり、その売り上げは芳しくなく、アタリとAtari 2600の生みの親であるブッシュネルが解任されるなどの事態にも至った。

だがプログラム仕様を公開してサードパーティーによるゲームソフトの開発・販売を可能としたことによって、家庭用ゲーム機独自の市場を形成するに至り、当時としてはグラフィックやサウンド機能に優れたVCSは市場をほぼ独占。日本でブームとなった『スペースインベーダー』の移植版を1980年に発売して大ヒットとなった。 その一方、前述のようにサードパーティーによるソフトの粗製濫造や、販売代理店による水増し注文が相次いだ結果、大量の売れ残りが発生し、最終的にはアタリショックと呼ばれる現象を引き起こした。

日本での反響[編集]

日本では1977年12月頃に東洋物産から94,800円(カセット1本込み)[24]で輸入販売されたことなどもあったが、その後は上記のようにインベーダーブームを受けて1980年にエポック社からカセットTVゲームとして販売された。このときの販売価格は57,300円[注 17]、カートリッジの販売価格は12,500円とまだまだ高く設定されていたことに加え、ゲーム&ウォッチといった安価な携帯型ゲーム機が普及していたため、日本での人気はいまひとつであった[25]。ライターの武層新木朗はこれらの二つに加え、VCS版『スペースインベーダー』のグラフィックがオリジナル版よりも劣っていた点が指摘されていたことや、「そして、人間とコンピューターとの対話であるインベーダーゲームは、自然界には決して存在してない遊びだから、子どもが一心不乱にブラウン管を見つめる光景は、とくにシューティングに興味がないような親たちの目には、ずいぶん奇異で不健康な遊びに映ったことだろう。」と保護者の理解が得られなかったことが、日本国内におけるVCSの販売不振につながったのではないかとみている[26]

1983年5月には、設立されたばかりのアタリファーイースト(アタリジャパンとは別の子会社)から日本市場向けに Atari 2800が定価24,800円で発売された。しかし同じ年には任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン、定価14,800円)をはじめとする、多数の安価な家庭用ゲームハードが相次いで発売されており、ちょうど次世代機競争のような形で苦戦を強いられた。児童向け漫画雑誌月刊コロコロコミック1983年10月号には、当時参入したばかりのセガ(後のセガゲームス)のSG-1000を抑えてファミコンに次ぐ2位と評価する記事が掲載されていた[27]。また、世界で実績のあるゲームタイトルを短期間で多数用意できたことも利点だった。しかしそれでもファミコンが群を抜く別格の高評価だったことには変わりなく、セガやエポック社と違って翌年以降にも後継ハードで対抗するような展開の無かったAtariは、結果的に一年たたずに日本から撤退した[1]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 1 - 4番ピンと5、9、6番ピンとの間でキーマトリクスを構成する
  2. ^ 2台目のパドルのボタン
  3. ^ 1台目のパドルのボタン
  4. ^ 1台目のパドルホイール。POTはpotentionmeter(可変抵抗)を意味する
  5. ^ 5、9番ピンをデジタル入力として使う際はプルアップ回路をコントローラ内で構成する必要があり、電源供給が必要
  6. ^ 2台目のパドルホイール
  7. ^ ただし、BASICのコマンドで取得できる入力はAtari 2600のジョイスティックと同一の方向+1ボタンである。
  8. ^ Atari 2600ではGNDだった8番ピンがデータ出力端子となっているが、このピンをLowに設定することでAtari 2600と同様コモン端子として使用可能である
  9. ^ PC-6001由来でMSX互換のジョイスティックポートは、FM-7の一部インターフェイスと後継機、JR-200SMC-777パソピアMZ-2500PC-8801mkIISRPC-9801X68000FM TOWNSなどのハードウェアに搭載されている。
  10. ^ そのデータの方向はポート全体で切り替わるものの、入力ポートとしても、出力ポートとしても使用可能である。
  11. ^ X68000用チェルノブストリートファイターIIダッシュ
  12. ^ 電波新聞社のXE-1Pro
  13. ^ 例えばXE-1ST/XE-1ST2などでは端子から電源供給されないX1で連射昨機能を実現するため電池ボックスを内蔵し、電池による電源供給を有効にするためのモードスイッチが設けられている。
  14. ^ ATARI仕様、アタリ仕様、アタリ社仕様、アタリ規格、ATARI規格、アタリ社規格などの表記ゆれも見られた。
  15. ^ FM TOWNSの場合は標準のマウスポートとして使われていることもあり、TOWNSパッドと共にTOWNS版Windows95では対応している。
  16. ^ Hは信号がHigh、Lは、Low固定。7番ピンについては、ホスト(ゲーム機側)からコントローラへの制御ピンである。
  17. ^ 1979年10月に47,300円で発売されたとも言われる[24]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g コアムックシリーズNO.682『電子ゲーム なつかしブック』p.58.
  2. ^ a b 稲元徹也 (2011年6月16日). “ビデオゲームの歴史がここに集結。激レアなコンシューマゲーム実機に触れられたE3会場の「VIDEOGAME HISTORY MUSEUM」ブースを紹介”. www.4gamer.net. Aetas. 2019年10月12日閲覧。
  3. ^ a b 寺町電人. “CLASSIC VIDEOGAME STATION ODYSSEY:VIDEOGAME HISTORY”. 2019年10月13日閲覧。
  4. ^ レトロゲーム漫遊記 レトロゲームATARI2800
  5. ^ Steve Wright "Stella Programmer's Guide"
  6. ^ a b 稲元徹也 (2013年6月20日). “今年もE3に「Videogame History Museum」が出展。レトロなアーケードゲーム筐体や家庭用ゲーム機がズラリ勢揃い”. 4Gamer.net. Aetas. 2019年10月12日閲覧。
  7. ^ 武宗しんきろう (2012年12月14日). “テレビゲームファーストジェネレーション 第2回:TVゲームグラフティー 〜1984年日本編”. ファミ通.com. KADOKAWA. 2019年10月12日閲覧。
  8. ^ 「Atari 10-In-1 TV Games」発売へ”. IT media ニュース (2002年5月16日). 2016年1月14日閲覧。
  9. ^ なつかしのゲームが遊べる!「ATARIプレイングキーチェーン」”. Impress Watch (2007年3月27日). 2016年1月14日閲覧。
  10. ^ a b c レトロンバーガー Order 1:ミニなメガドライブ,実はもうある。ミニじゃない最新型もある。PnPゲーム機を大特集編”. 4gamer.net (2018年10月17日). 2019年10月15日閲覧。
  11. ^ Video Games Console Library Atari VCS Launch Titles”. 2017年9月8日閲覧。
  12. ^ Robinett, Warren. “Adventure for the Atari 2600 Video Game Console”. 2007年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年10月11日閲覧。
  13. ^ Breakout”. Atari Mania. 2019年10月13日閲覧。
  14. ^ Atari bankruptcy: Remembering the 2600, 7 bestselling games”. Hero Complex. LA TIMES (2013年1月22日). 2013年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月13日閲覧。
  15. ^ a b Info about cart sizes and bankswitching methods” (1996年). 2019年10月13日閲覧。
  16. ^ Grand, Joe (2004). Hardware Hacking. Syngress Publishing. ISBN 978-1932266832. https://archive.org/details/hardwarehackingh00gran. 
  17. ^ Fragmaster. “Custer's Revenge”. Classic Gaming. 2009年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月6日閲覧。
  18. ^ AGH - Third Party Profile: Mystique”. AtariHQ.com. 2009年7月6日閲覧。
  19. ^ Matt Barton, Bill Loguidice (2008年2月28日). “A History of Gaming Platforms: Atari 2600 Video Computer System/VCS” (英語). Gamasutra. 2014年5月22日閲覧。
  20. ^ Atari Parts Are Dumped”. The New York Times (1983年9月28日). 2014年5月22日閲覧。
  21. ^ 藤田直樹「米国におけるビデオ・ゲーム産業の形成と急激な崩壊 ―現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程(1)―」『經濟論叢』第162巻5-6、京都大學經濟學會、1998年11月、 54-71頁、 NAID 120000904860
  22. ^ Parish, Jeremy. “Classic 1UP.Com's Essential 50”. 1UP.Com. 2007年11月8日閲覧。
  23. ^ Vendel, Curt. “The Atari 2600 Video Computer System”. Atari Museum. 2007年11月13日閲覧。
  24. ^ a b 第1回:TVゲームグラフティー[1970年代日本編]”. ファミ通.com. 2015年12月23日閲覧。
  25. ^ 武層新木朗 (2019年10月10日). “輸入テレビゲーム機 vs. 純国産ゲーム機~ハンディゲーム機が占拠する市場で選ばれたつぎの一手──ファミコン以前のテレビゲーム機の系譜を語ろう”. 電ファミニコゲーマー. 2019年10月12日閲覧。 - 週刊ファミ通誌で2008年9月12日号から掲載された全9回の短期集中連載記事の電子化
  26. ^ インベーダーゲームを家庭へ送り込め! 本格的マイコンゲーム機の登場によって進化するハードと市場──ファミコン以前のテレビゲーム機の系譜を語ろう” (日本語). 電ファミニコゲーマー – ゲームの面白い記事読んでみない?. 2019年10月12日閲覧。
  27. ^ 『月刊コロコロコミック』1983年10月号、p154 - p157

外部リンク[編集]