オデッセイ (ゲーム機)

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オデッセイ
Odyssey 20160501.JPG
メーカー マグナボックス
種別 据置型ゲーム機
世代 第1世代
発売日 アメリカ合衆国の旗 1972年9月
欧州連合の旗 1973年
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オデッセイOdyssey)とはラルフ・ベアが開発し、マグナボックス社(Magnavox)から1972年9月に発売された世界初家庭用ゲーム機である。価格は99ドル。

概要[編集]

ブラウンボックス

ドイツ生まれのユダヤ人のベアは、ナチスのユダヤ人迫害が激しくなったためアメリカに亡命、後述のゲーム機「ブラウンボックス」を作った時は軍需関連企業の サンダース・アソシエイツ(現在はBAEシステムズの一部)で航空機のレーダーに関する仕事をしていた。なお戦後すぐの1946年にはオシロスコープを使いピンポンやテニスの様なミニゲームで遊んでいたと語っており、ビデオゲームに類するものとしては確認できる中では最古であり、ベアは最初期のゲームプレイヤーの一人と見なされている。

ベアは思いついた事は全てメモをとる癖があり、1966年8月にバス停で書かれたメモには「テレビで見たくもない番組に対応するにはどうしたらいいか。テレビをゲームに使えばよい」とあり、ここからゲーム作りが始まった。テレビ工学の学士号と技術を習得済だった事からゲーム機作りは順調に進み、「キツネと犬」「ピンポン」など数種類のゲームが遊べる「ブラウンボックス」を作って会社に売り込んだ。ブラウンボックスは茶色い箱で箱の横にゲームの切り替えに使うスイッチがゲームの数だけ並んでおり、上部にはベアのサインが入っている。このためベアは最古のハード開発者であると同時にゲームクリエイターとしても認知されている。

だがこの頃、不特定多数に遊ばれていたビデオゲームは『スペースウォー!』だけだった事もあって企業幹部からの反応は著しくなかった。そのためモデルガンを改造した『光線銃ゲーム』など幾つかのゲームを追加、売り込みを続けた。その結果、実に5年もたった1971年に興味を示したマグナボックスの副社長の働きで製品化が決定、翌1972年から全米にオデッセイの名で売り出す事にした。オデッセイとは映画『2001年宇宙の旅』の固有名詞からとられたものである。

オデッセイは発売前の1971年からアメリカ各地でプライベートショーを行い、業界関係者に見てもらう事にした。宣伝にはフランク・シナトラまで起用された。オデッセイがマグナボックスにライセンス供与される事で一時的にサンダース・アソシエイツも収益を上げた。しかし、当時の宣伝内容、および人々が家庭用ゲーム機について全く知らなかった事が理由で「マグナボックス社のテレビでなければ遊べない」と思われてしまった。そのため、失敗しない程に売れたもののヒットにまでは行かず、1974年には生産を終了した。

主な仕様[編集]

コントローラーはジョイスティックでなくパドルコントローラである。一つのコントローラーにパドルが2つあり、上下左右の動きをサポート出来る。現在の多くのビデオゲームに付いているボタン類は無い。ゲームの切り替えはスイッチでなくカードを差し込む。このカードにデータ読み書き機能等はなく、ただ切り替え回線が入っているのみである。一部のゲームは別売りカードを買わなければ遊べないようになっていた。ブラウンボックスには付いていた色と音は、オデッセイではコストの関係から省かれた。また本体以外に以下のオプションが用意されていた。

オーバーレイ
Overlayとは「上に置く、重ねる、かぶせる」の意。背景の描かれた透明な板。画面に出てくるキャラクターは白い正方形のみで当時の技術では背景どころかキャラクターも表示する事が難しかったため、このオーバーレイをテレビ画面に貼り付け、ゲーム上の場所の移動可能・不可能の区別などの把握や雰囲気をサポートした。これはテレビのサイズを考えて大小2種類ある。
光線銃
前述した銃も別売りされている。当時エレメカで既に人気ジャンルとなっていたガンゲームの影響も強いと考えられる[要出典]。なおこの光線銃の製造は、ファミコンを発表する以前の任天堂に発注された[1][信頼性要検証]
おもちゃの紙幣やチップなど
画面には点数表示も無いため、これを補うために用意されている。そのため、ビデオゲームというよりボードゲームの延長線上を感じさせた[要出典]

アタリとの関係[編集]

ベアより少し後にビデオゲームの商業化を目指し始めたノーラン・ブッシュネルは、アーケードゲームゲームで『コンピュータースペース』を出して失敗した。だがその発売会社だったナッチング・アソシエーツ社の社長は1972年春、カリフォルニア州バーリンゲームでのオデッセイのプライベートショーを知りブッシュネルに調べに行かせた。ブッシュネルはナッチング社長に「そんなに面白いゲームではなかった」と報告したものの、実際にはオデッセイに影響を受けアタリ社を設立、オデッセイのピンポンゲームを真似て『ポン』を作らせ「世界で初めてヒットしたビデオゲーム」の名誉を勝ち取った。

マグナボックスはオデッセイ発売後すぐTVゲームについての特許を登録。番号の一部をとって「480」特許と呼ばれた。その2週間後『ポン』のことを知ったが、当時はベアがリサーチを行ったのみで、裁判については保留のままとしていた。しかし1976年にある会社が複数種のゲームが遊べる集積回路を発売する事になったため、『ポン』を製造したアタリ、およびコピーゲームを製造した各社に対し、いよいよ訴訟を起こした。

2社は裁判所に出廷、マグナボックスは前述したベアの几帳面さの功績もあり、ブッシュネルがプライベートショーに出席した証拠や目撃証人やプライベートショーのサインも提出した。しかしブッシュネルも彼の弁護士も対応がさっぱりで、自分で作った『コンピュータースペース』の回路図さえ説明出来なかった。『スペースウォー!』の作者であるスティーブ・ラッセルも証言に登場している。

結局アタリは、事前にマグナボックスの弁護士に話を通していた法廷外和解による解決でライセンス料70万ドルを支払うこととなった。マグナボックスがオデッセイで一番儲けた金額はこれだとも言われているが、それでもベアはこれを「安い」と語っている。

オデッセイには『ポン』の元になったピンポンゲームが入っている事から売れ行きに拍車がかかったが、それでも1974年に製造を終了した。ベアも後になって「『ポン』が出なければ、オデッセイはあんなに売れなかっただろう」と語っている。

オデッセイ2[編集]

オデッセイ2

日本ではオデッセイは発売されなかったが、次世代機のオデッセイ2 がコートン・トレーディング・トイタリー・エンタープライズより1982年9月に発売された。定価49,800円。1983年4月出荷分からは29,800円に値下げされた[2]。8方向スティック+1ボタンのコントローラが2個付属し、本体にはQWERTY配列メンブレンキーボードが搭載されていた。ソフト一本付属(スピードウェイ/スピンアウト/暗号解読の3ゲームを収録)。国内発売のソフトは米国発売のソフトの外箱側面に縦書きで和訳タイトル名のラベルが貼られ、モノクロ印刷の和訳マニュアルが添付された[3]。カタログでは「囲碁や将棋といった日本独自のゲームも現在開発中」と謳っていたが、日本独自のソフトが発売されることは無かった。オプションのボイス・シンセサイザー(音声合成ユニット)も19,800円で発売された[4]

インテレビジョンダイナビジョンなどと並ぶ、いわゆるファミコン登場以前の高級輸入ゲーム機の一つである。この後、ファミコンの登場により、他の多くのゲーム機と共に淘汰された。出荷台数は1983年3月までで3000台[2]

ソフト一覧[編集]

☆:ボイス・シンセサイザー専用ソフト
●:ボイス・シンセサイザー対応ソフト
型番 タイトル(オリジナル) タイトル(和名) 備考
9400 Speedway / Spin-Out / Crypto-Logic スピードウェイ / スピンナウト / 暗号解読 本体に付属
9401 Las Vegas Blackjack ラスベガス ブラックジャック
9402 Football アメリカン フットボール
9403 Armard Encounter / Subchase 大戦車軍団ゲーム / 潜水艦深海大作戦ゲーム 2 in 1カートリッジ
9404 Bowling / Basketball ボーリング / バスケットボール 2 in 1カートリッジ
9405 Math-A-Magic / Echo 数字マジックゲーム / ナンバー メモリーゲーム 2 in 1カートリッジ
9406 Computer Intro マイコン ティーチャー
9407 Matchmaker / Logix / Buzzword 神経衰弱ゲーム / マスターマインド / イングリッシュ・ボキャブラリー 3 in 1カートリッジ
9408 Baseball ベースボール
9410 Computer Golf コンピューター ゴルフ
9411 Cosmic Conflict 宇宙大戦争
9412 Take the Money and Run 億万長者ゲーム
9413 I've Got Your Number プレイ算数ゲーム
9414 Invaders from Hyperspace 地球防衛隊
9415 Thunderball スーパーピンボール
9416 Showdown in 2100 A.D. 2100年の決闘
9417 War of Nerves ロボット軍団ゲーム
9418 Alpine Skiing アルペン スキー
9419 Out of this World / Helicopter Rescue 月面軟着陸ゲーム / ヘリコプター救助隊 2 in 1カートリッジ
9420 Hockey / Soccer アイス ホッケー / サッカー 2 in 1カートリッジ
9421 Dynasty リバーシー
9422 Volleyball バレーボール
9423 Electronic Table Soccer エレクトロニクス テーブル サッカー
9424 Pocket Billiards ポケット ビリヤード
9425 Pachinko パチンコ
9426 Casino Slot Machine モンテカルロ スロットマシーン
9427 Block Out / Breakdown ブロックアウト / ブレークダウン 2 in 1カートリッジ
9428 Alien Invaders-Plus エイリアン&インベーダー大作戦
9429 The Quest for the Rings 中世騎士の冒険ゲーム ゲームボード, トークン付属
9430 UFO 謎のUFO
9431 Conquest of the World ウォーゲーム ゲームボード, トークン付属
9432 Monkeyshines いたずらモンキーゲーム
9433 Keyboard Creations キィー・ボード クリエーション
9434 The Great Wall Street Fortune Hunt ウォールストリート株式売買ゲーム ゲームボード, トークン付属
9436 Freedom Fighters スペース ファイター
9437 Pick Axe Pete ゴールド ラッシュ
9438 S.I.D. the Spellbinder シッド ザ スペルバインダー
9439 Nimble Numbers Ned ニンブル ナンバーズ ネッド
9440 Type & Tell タイプ アンド テル
9441 Smithereens スミザリーンズ
9442 K.C.'s Krazy Chase クレイジーチェイス
9443 P.T. Barnum's Acrobats アクロバット

脚注[編集]

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  1. ^ ファミコンとは何だったのか - ディジタルな表象文化の成立
  2. ^ a b https://www.the-nextlevel.com/odyssey2/articles/timeline/
  3. ^ コアムックシリーズNO.682『電子ゲーム なつかしブック』p.60.
  4. ^ AM Life 第5号(昭和58年5月10日発行)p.68.

参考文献[編集]