SC-3000

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SC-3000/SC-3000H
Sega SC-3000 wb.jpg
Sega SC-3000H.jpg
上:SC-3000、下:SC-3000H
メーカー セガ・エンタープライゼス
種別 据置型ゲーム機
世代 第3世代
発売日 日本の旗 1983年7月15日
オーストラリアの旗 1983年
ニュージーランドの旗 1983年
フランスの旗 1984年
イタリアの旗 1984年
スペインの旗 1984年
CPU Z80A
対応メディア ゲームカートリッジ[1]
コントローラ入力 ケーブル
外部接続 プリンター端子
カセットレコーダ端子
オンラインサービス 非対応
互換ハードウェア SG-1000
SG-1000II
SG-3000H
オセロマルチビジョン
次世代ハードウェア セガ・マークIII
セガ・マスターシステム
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SC-3000とは、セガ・エンタープライゼス(後のセガゲームス)が開発したゲームパソコン

日本国内では1983年7月15日にセガ自らが発売し、海外ではOEM販売されていた。メーカー希望小売価格は29,800円。

後に、初代機のチクレットキーボードを、プラスティックの本格的なキーボードに改良した後継の上位機種である、SC-3000H[1](メーカー希望小売価格33,800)を展開した。

特徴[編集]

別売りのBASICカートリッジを使用する事で、当時一般的だったBASIC言語によるプログラミングができた。

BASICカートリッジにはレベルII・レベルIII・ホームベーシックのように、RAMサイズ・命令・数値計算の精度が異なる複数のバリエーションがあった。レベルIIではSC-3000用のレベルIIAとSG-1000/SG-1000II対応のレベルIIBとがあった。

ホームベーシックは、メニューから呼び出せるサンプルゲームやスプライトエディタが搭載されており、言語のみではなく、単体で使えるユーティリティーを内蔵しているところは、翌1984年6月に発売されたファミリーコンピュータファミリーベーシックも同様である。

キーボードを活用したソフトウェアとしては、BASICの他に、数学英語などの学習カートリッジが発売されていた。

ボディーカラーとしての3色が存在した。

仕様[編集]

SN76489A(DCSG)
  • CPU:D780C-1(Z80A互換)(クロック周波数3.58MHz)
  • VDP:TMS9918A
  • RAM:2KB
    • BASIC-LEVEL II A:515Byte
    • BASIC-LEVEL II B:1KB
    • BASIC-LEVEL III A:16KB
    • BASIC-LEVEL III B:32KB
    • ホームベーシック:32KB(実利用フリーエリアは26KB)
  • VRAM:16KB
  • サウンド機能:SN76489PSGと機能はほぼ等価。ハードウェアによるエンベロープが無い反面、ノイズの出力をトーン出力と独立して制御可能になっている。)
  • インターフェイス
    • プリンターインターフェイス
    • カセットインターフェイス(IN,OUT)
    • AVOUT
    • ジョイスティックインターフェイス(端子形状はATARI規格と同一、ピン配置は異なる)

その他[編集]

本機はシステムプログラムが別売という条件ではありながら、同年11月発売のMSXと同等の性能で29,800円という当時のゲームパソコンよりも数万円安い低価格を実現し、発売前の受注段階で数万台の売上を計上したという。

単体ではシステムとして使用できない反面、高価であった、ROM、RAMを本体から切り離すことによって、本体価格の引き下げを可能にしているほか、購入する言語によって、メモリ容量や、仕様を選択できるという利点もあった。

この数字に自信を得た事や、同時期に任天堂がゲーム専用機を開発中である事を聞きつけた中山隼雄社長(当時)の鶴の一声で、SC-3000からキーボードやビデオ出力端子、カセット、プリンタ端子等を廃した事により、ほぼ半額の15,000円という大幅なコストダウンを実行した廉価版SG-1000も同日に発売した。なお、奇しくも任天堂ファミリーコンピュータも全く同じ日に発売されている[2]

SG-1000のSGは『Sega Game』、SC-3000のSCは『Sega Computer』の略である[2]

CPUやVDPはMSX1やSORDM5等と同じで、ほぼ同等の性能・表現力を持つ。ただし、これらは開発時に意識したという訳では無く、当時のゲームパソコンで低価格を実現するためにチップなどの汎用部品を採用した結果ほとんど同じような構成になったという[3]。そのため、コンピューターとしてのアーキテクチャーはすべて異なり、ハードウェア・ソフトウェア共に互換性は無いが、その類似性を使用し、機種依存部を書き換えコンバートしたMSXソフトウェアの海賊版などが、海外では発売されている。

対応BASICはLEVEL II、LEVEL IIIとも予約語が少なく、M5のBASIC-Gや、MSX-BASICの方が、BASICとしては高機能であった。

本機のアーケード版とも言える「パソコン学習机」も存在した。筐体に内蔵されたBASIC・各種ゲームカートリッジをコイン投入後、一定時間利用できた。

オプションとして、データレコーダSR-1000[1](9,800円)が発売されており、入出力を音でモニタできるほか、音声の入出力の信号に伴い、読み込み終了時にはモーターが停止、書き込み時には自動的にモーターが動作するようになっている。これらの実装に伴い、予約語としては用意されているMOTOR命令や、実際のREMOTE端子はハードウェア的に省略されているが、BASIC内部では、制御が行われている。

また、3インチコンパクトフロッピーディスクドライブ・64KBの拡張RAM・8KBの拡張ROM・プリンターポート・シリアルポートを搭載した拡張ユニット、スーパーコントロール・ステーションSF-7000[1](79,800円)も発売されていた。その実売価格が高価であったことなどから、実際に市場に存在する数は少ない。カートリッジの端子に接続し、ディスクから、起動することが可能になっている。フロッピーへの入出力に対応したF-BASICが添付された。

日本国外にも展開された。オーストラリアではJohn Sands社、ニュージーランドではGRANDSTAND社、フランスではYEN-O社によってOEM販売されていた他、スペイン、イタリアでもOEM販売された。販売台数は欧州だけで初年度で十数万台と、「初年度で国内外合わせて20万台」と言うセガの見込みを超える成功をおさめたが、日本やヨーロッパにはMSXなど数百万台も普及した競合機があったことを考えると、普及率としては成功したとはいいがたい。

しかしオーストラリア・ニュージーランドを中心とするオセアニア地域では低価格帯のパソコン市場に競合機が存在しなかったこともあって、市場をほぼ独占する成功をおさめた。日本同様テープ版ソフトやスーパーコントロール・ステーションが発売されたほか、日本未発売のライトペン3インチディスクパッケージソフトも発売された。ニュージーランドではSC-3000専門誌「SEGA Computer」も刊行されていた。この人気は、Amstrad CPCがオセアニアに上陸する1986年頃まで続いた。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 関連・周辺機器 | SC-3000 | セガハード大百科 | セガ
  2. ^ a b 【連載】セガハードストーリー第1回 セガはなぜ家庭用ゲームに参入したのか?セガハード大百科 2017年7月14日
  3. ^ 週刊ファミ通2013年8月29日増刊号別冊付録 SEGA CONSUMER 30th ANNIVERSARY BOOK 佐藤秀樹元セガ社長(SC-3000からドリームキャストまで、セガのすべての家庭用ハード設計開発に関わっていた人物)のインタビュー参照

関連項目[編集]

外部リンク[編集]