M5 (コンピュータ)

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M5
M5 1.jpg
SORD M5
メーカー ソード/タカラ
種別 据置型ゲーム機
世代 第3世代
発売日 日本の旗 1982年
CPU Z80
対応メディア ロムカセット
コンパクトカセット
対応ストレージ バッテリーバックアップ
コントローラ入力 ケーブル
外部接続 データレコーダ
互換ハードウェア M5Pro / M5Jr.
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M5(エムファイブ)とは、1982年にソード(後の東芝プラットフォームソリューション)が開発・発売したパソコンである。主に電器店で販売された。同時期に、タカラ(後のタカラトミー)からOEMとして、ゲームパソコンの名称で、ゲームパッドを付属した仕様で玩具店ルートで販売された[1]。タカラは後にゲームパッドを除いて1万円安くしたゲームパソコンM5を販売した。

ソードから発売された製品はm5で小文字のmだが、タカラから発売のゲームパソコンM5は大文字のMである。

m5はそれまで業務用パソコンのベンチャー企業だったソードが大企業と同じ土俵で渡り合う製品として、初めて家庭用のコンシューマー市場にリリースしたパソコンである[2][3]。一方、タカラは1970年代末期から始めたLSIゲームが大きな売上げとなっていたこと、アメリカのアタリ社からゲーム専用機Atari 2800が日本へ輸出されることから、ゲーム機なら親が難色を示すがパソコンなら理解を得やすいとの思惑からソードと組むことなった[4]


ロムカートリッジカセットテープによるゲームの供給も行われ、特に本体発売初期にはナムコ(後のバンダイナムコゲームス)のアーケードゲームが多数ラインナップされた。初年度に10万台以上、月産1万台と当時のパソコンとしては大ヒットした[1][2][5]が、1983年にMSX任天堂ファミリーコンピュータが発売されると販売が振るわなくなり、1年半後の1984年に市場から撤退した[1]。広告キャラクターは、森尾由美

Apple IIの様に各種仕様を公開したので和製Apple IIとも呼ばれ[要出典]、熱心なホビーユーザーの支持を得た。韓国ではゴールドスター(金星電子)がFC-150という名称で販売[6][7]。また東欧諸国でも互換機が販売された。

仕様[編集]

互換性はないものの、基本的な設計や性能は後に発売されたMSXセガSC-3000と類似している[4]。本体の詳細な仕様はソードから書籍『モニタハンドリングマニュアル』として公開されていた。

CPU は当時の標準だった Z80(3.58MHz)。メインボードにZ80 CTCを搭載しており、割り込みを多用してきめ細かな管理を行っている。CTCはVDPからの割り込み要求も仲介している。

VDPテキサス・インスツルメンツ社の TMS9918 を採用し、256×192ドット16色表示と16×16ドットの単色スプライト表示が可能だった。出力信号はNTSC(いわゆるビデオ)出力およびRF出力である。

音源にはSN76489を採用し、3チャネルの矩形波出力と1チャネルのノイズ出力が可能である。いわゆるPSGであるが、m5ではPSGではなくSGCと呼んだ[8]。ハードウェア的なエンベロープ生成機能はないため、M5ではモニター(いわゆるBIOSにあたる)の機能として、Z80 CTCからの割り込みを受けてRAM上の波形データに従い音量を変化させることで、ソフトウェアによるエンベロープ生成をサポートしていた。

キーボードは本体一体型のいわゆる消しゴムキーボードである。各キーが長方形の一隅が斜めにカットされた五角形となっているのが特徴である。Shiftキーは両サイドにあり、スペースキーは右Shiftキーの上にある変則的な配列だった。キーボードはエンコーダーではなく、ソフトウェアによる制御である。CPUの負荷を軽減するため、グループに区切ってI/Oポートを割り当ててスキャンすることで簡略化し、なおかつ割り込み制御を行っている[9]

本体のRAM容量は4キロバイト、内蔵モニタROM容量は8キロバイト。V-RAMは16キロバイト[2]。別売の増設RAMカートリッジにより32キロバイトまで拡張することができた。

カートリッジスロットがあり、ゲームソフトやBASIC等の言語のカートリッジを挿して使うほか、周辺機器の接続にも使われた。

その他のインターフェイス(I/F)に、ビデオI/F、プリンターI/F、ジョイパッドI/F、カセットテープI/Fがある。

カセットテープI/Fの転送レートは標準で2000bps。データレコーダ用のコントロールチップは用いておらず、タイミングはCTCとプログラムで作るソフトウェア制御である[10]。そのためRAM上のパラメータを変更することにより理論値で1600~3200bpsの範囲で変更が可能。モニターの機能によりセーブ時はカセットテープにマーク周波数が記録されており、読み込み時には自動的に転送レートを検出した[11]

BASIC[編集]

BASICは本体に内蔵せずカートリッジで提供。入門用BASIC(BASIC-I)、整数型のゲームBASIC(BASIC-G)、実数BASIC(BASIC-F) の3種類。

いずれのBASICカートリッジも4キロバイトのRAMが搭載されていて、本体内蔵RAMとの合計でRAM容量が8キロバイトに拡張される。

一画面の文字数は32文字×24行または40文字×24行。40文字表示では英数字以外はフォントの右2ドットが欠ける。

入力モードによりカーソルの表示が変わる。A英数字、Kかな文字、Gグラフィック文字。

内蔵の仮名フォントは平仮名のみで、カタカナのフォントは入っていない[12]

BASICはANSI準拠だが、コマンドの大部分はソード独自仕様で、Microsoft BASICの体系とは異なる。

BASIC-G は当時のパソコン雑誌のベンチマークテストで、並み居る高級機に並んでZ80のインタープリター言語では最速を誇り、一部のコンパイラーにも迫る早さを見せた。BASIC-GのユーザーメモリはBASIC-Iの2倍ある上、ほとんどの命令をハードウェアの割り込みで行っていた。そのため、スプライトを移動させるMOVE命令など絵を描く命令や音を出しているときも処理は独立していたため、CPUが解放されて他の処理や命令に取りかかれ、キーボードやジョイスティックの入力を受け付けた[13][14]。スプライトの処理は大幅に強化され、座標を指定するだけでスプライトが自動的に移動するMOVE命令、スプライトを複数組み合わせて1つのスプライトとして扱えるJOINT命令が用意された[13][14]。サウンドについてもBASIC-IがPOKE文やOUT命令を使うしかなく扱いが面倒だったのに対して、PLAY命令で簡単に音楽演奏機能を扱えた[14]

m5の開発者が趣味で日本語BASICを開発したが発売はされていない[15]

簡易言語[編集]

ソードは、簡易言語のPIPSのメーカーであり、M5にもFALCという簡易言語のカートリッジがオプションで用意され、表計算などにも使えた[2]。10個のコマンドがあり、カートリッジ搭載のRAM容量は5KB[16]。拡張RAMカートリッジ EM-5に対応しており、2ページのデータページを9ページに増やせる[17]

シリーズ[編集]

いくつかの国ではCGL社 (Computer Games Limited) から発売された。
m5
1982年11月発売、49,800円。BASIC-Iが付属。
ゲームパソコン
1982年11月発売、59,800円。BASIC-Iおよびコントロールパッド(タカラの製品名ではジョイコントローラー)2個が付属。
ゲームパソコンM5
1983年発売、49,800円。BASIC-Iが付属。
m5 Pro
1983年11月発売、39,800円。初代機とほぼ同一形状。BASIC-Iは付属しない。
m5 Jr.
1983年11月発売、29,800円。形状の異なる廉価版。BASIC-Iは付属しないが、ジョイパッドではなくジョイスティックが1本付属。ビデオ出力がなく画面出力はRF接続のみ、プリンターI/Fもない。カセット・インターフェースにREMOTE端子がない。M5とProでは外付けだったACアダプターを内蔵している。RESETボタンがSTARTボタンに、BREAKキーがRESETキーに変更されている。

拡張ハード[編集]

  • 拡張ボックス EB-5 - スロットを3つに拡張し、複数のカートリッジを同時挿入できるようにする。拡張RAMやFDDを使うには事実上必須である。M5 Jr.では使用できない。
  • 拡張RAMカートリッジ EM-5 - RAM容量を32キロバイト増設する。
  • 3インチフロッピーディスクドライブ FD-5 - 3インチマイクロフロッピーディスクドライブを1台搭載。
  • プリンター PT-5 - サーマルプリンタ
  • ジョイパッド JP-5 - 2台1組で10,000円
  • ジョイスティック - JS-5 1本3,500円
  • データレコーダ DR-5

主なソフト[編集]

ゲーム[編集]

ROMカートリッジ[編集]

各4,800円、『ジャン狂』のみ6,500円。

各2,800円。

  • フルーツサーチ
  • ドラゴンアタック
  • ビットチェイサー

カセットテープ[編集]

各1,800円。

  • スネーキー / バリアーアタック
  • ジョギング / サイドワインダー
  • ソリティア / ハノイの塔
  • スリーサークル / ナンバーサーチ
  • ブラックジャック / スロットマシン
  • 地球最後の日 / ミニスタートレック
  • 相性バイオリズム / ミュージックトーン
  • カウボーイ / バリゲード
  • リフレクション / レインボーブロック
  • クロスファイアー / クラッシュラリー
  • 3Dスカッシュ / タッチダウン
  • スクイジー / クレーン
  • リバシー / ビックメイズ
  • ゆみちゃんのあっちむいてホイ / ゆみちゃんのグラフィックパズル
  • 3D迷路 / 子猫の大冒険

シミュレーションゲーム。各5,200円。

  • 太陽系艦隊シリーズ No.1 太陽系艦隊
  • 太陽系艦隊シリーズ No.2 火星軌道上の勝利
  • 太陽系艦隊シリーズ No.3 オペレーションモール
  • 太陽系艦隊シリーズ No.4 コマンドチーム

スーパーアドベンチャーシリーズ[編集]

スーパーアドベンチャーシリーズは、アドベンチャーゲーム専用のスクリプト言語で作成されているため、インタプリタとなるROMカートリッジと、ソフトウェアとなるカセットテープを併用してプレイする。
  • スーパーアドベンチャー (ROM) - 9,800円。下記2本は『スーパーアドベンチャー』を本体に差し込まないと遊べない。
  • 『おーい、たすけてくれ。』 - 4,800円。無人島から脱出する内容。
  • 『にげろ、にげろ、にげろ。パート1 21世紀TOKYO編』 - 4,800円。破滅した世界から安全なところへ逃げる内容。

ツール[編集]

  • P・EDITOR - カセット、1,800円。ピクチャーエディター
  • P_Editor - ROM、9,800円。ピクチャーエディター
  • M_Editor - ROM

言語ソフト[編集]

  • FALC
  • FALC-II
  • BASIC-I - M5およびゲームパソコンM5に付属。単品販売はされていない。IはINTRODUCTIONの略[16]。その名の通り入門用BASICであり、グラフィック機能や音楽機能を利用したプログラムには不便だった[18]。たとえばサウンドに関する命令がなく、音源チップを制御するにはOUT文かPOKE文を使う必要があり難しかった[19]。ソースリストが公開されている[20]
  • BASIC-G - 9,800円。BASIC-Iの上位互換のゲーム用BASIC。整数型。BASIC-Iではサポートされていなかったスプライトや音楽、ジョイスティックに関するコマンドが実装された[21]。CIRCLEやDRAWやPAINTなどのグラフィック命令も追加されている[14]
  • BASIC-F - グラフや技術計算用。有効桁数13桁の浮動小数点が使える。1983年秋に発売。
  • Disk Basic

練習ソフト[編集]

その他[編集]

「ハードコア」というユーザーズクラブがあった。会長は後に『ゲーメストEX』誌の2代目編集長および『ニンテンドードリーム』誌の3代目編集長となる岩井浩之、副会長は『月刊アルカディア』誌の2代目編集長である杉田哲郎である。

m5のコントロールパッドは1ボタンだが内部では二つ接点を持っており、左側を押すか右側を押すかで入力が変わる。ムーンパトロールの操作ガイドでは、左側を押すとジャンプ、右側を押すと発射と説明がある。m5 Jr.に付属するジョイスティックは上下の2ボタンになっている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 滝田誠一郎 『ゲーム大国ニッポン神々の興亡』青春出版社 2000年、p.83
  2. ^ a b c d 宮永好道『誰も書けなかったパソコンの裏事情』並木書房、1998年、pp.96-97
  3. ^ 生方幸夫『ソードの挑戦 コンピュータ業界の異端児』玄龍社、1983年、p.178
  4. ^ a b 「TAKARA フェニックスとM5用 ソフトを転換、近日発売」『MSXマガジン』創刊0号、1983年、p.62
  5. ^ 生方幸夫『ソードの挑戦 コンピュータ業界の異端児』玄龍社、1983年、p.79
  6. ^ Wikipedia(ハングル版) FC-150 の項を参照
  7. ^ 8bit computer FC-150 の紹介(ハングル版)
  8. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.5
  9. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.61
  10. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.60
  11. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.28
  12. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.4
  13. ^ a b 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.56
  14. ^ a b c d オフケンアート研究会 新井進、高橋久也編著『Sord M5おもしろクリエイティブィブ いまホームコンピュータの時代』学習研究社、1983年、p.169
  15. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.8
  16. ^ a b オフケンアート研究会 新井進、高橋久也編著『Sord M5おもしろクリエイティブィブ いまホームコンピュータの時代』学習研究社、1983年、p.115
  17. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.44
  18. ^ オフケンアート研究会 新井進、高橋久也編著『Sord M5おもしろクリエイティブィブ いまホームコンピュータの時代』学習研究社、1983年、p.168
  19. ^ オフケンアート研究会 新井進、高橋久也編著『Sord M5おもしろクリエイティブィブ いまホームコンピュータの時代』学習研究社、1983年、p.69
  20. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、p.77
  21. ^ 生野弘志『M5インターフェース実戦テクニック』誠文堂新光社、1983年、pp.5-6,55

関連図書[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]