アステロイド (ゲーム)

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アステロイド
ジャンル 多方向スクロールシューティングゲーム
対応機種 アーケード, Atari 2600, Atari 7800, Atari 8ビット, Game Boy
開発元 アタリ
発売元 Atari, Inc.
タイトー
Atari Corporation (7800)
デザイナー ライル・レインズ
エド・ロッグ
ソミニク・ワルシュ
人数 1人用, 複数人用
発売日 1979年11月': アーケード
1981年 2600, Atari 8-ビット
1986年 7800
1992年 Game Boy
筐体 Upright and cocktail
CPU Template:6502
サウンド Discrete circuits
ディスプレイ モノクローム ベクタースキャン
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アステロイドAsteroids)は、宇宙を題材とした複数方向への攻撃が可能なシューティングゲームで、Lyle Rains と Ed Logg によりデザインされ、最初の版は1979年11月にアタリよりアーケードゲームとしてリリースされた[1]。 プレイヤーは小惑星帯の只中で1台の宇宙船を操作し、小惑星との衝突を避けながらそれらを撃って破壊することを目的とする。画面には時折空飛ぶ円盤が飛来して自機を攻撃してくるが、これの回避および破壊も目的に含まれる。ゲームが進行するにつれ小惑星の数が増え、難度が上昇していく。

アステロイドはアーケードゲームの黄金時代における最初の大ヒット作である。アステロイドのゲーム筐体は7万台以上売れた人気作となり、またゲーム開発者にも多大な影響を与えた。1980年代にはアタリ社の家庭用ゲーム機器に移植された。中でも Atari VCS (Atari 2600) 向けの移植作は300万個以上を売り抜いた。本作を模倣した作品が多数作られ、また『ディフェンダー[2]Gravitar』など多くのゲームが本作の影響下で開発された。

アステロイドは Lyle Rains と Ed Logg との間で着想され、Howard Delman が以前に開発した『ルナーランダー』のハードウェアを元に開発することとなった。本作は開発中止になった『Cosmos』というゲームを元にしている。同作の物理モデルや操作方法、ゲームプレイの要素は、『スペースウォー!』『コンピュータースペース』『スペースインベーダー』に由来したもので、そこから試行錯誤を経て現在知られる形になった。ゲーム画面はベクタースキャンディスプレイを用いて表示される。ゲーム空間は二次元平面であり、その上下端および左右端はそれぞれつながっている。

ゲームプレイ[編集]

プレイヤーは三角形をした自機を操作し、小惑星と円盤(UFO)を破壊することを目標とする。自機は左右への回転と噴射による前進ができ、また前方に弾を撃つことができる[3]。一度自機が進み始めると、別の方向へ向けて噴射しない限り、同じ方向への運動が継続するが、噴射をしないでいると最終的に自機は停止する。プレイヤーはボタン操作で自機を超空間へと送り込むことができる。これにより、自機は画面上から消えた後に、ランダムな場所へ再出現するが、その際に小惑星に重なって出現してしまい自滅するリスクがある。[4]

各レベル(ステージ)の開始時は大きな小惑星が複数個、様々な方向へと漂っている。小惑星・自機などのゲームオブジェクトはいずれも画面の端をワープする。例えば小惑星が画面上端に来ると小惑星は消失し、運動方向および速度を保持したまま画面下端から再出現する[5]。プレイヤーが小惑星を撃つと、小惑星は複数個のより小さな小惑星へと分裂する。分裂後の小惑星は動きがやや速くなるため、破壊するのが難しくなっていく。小さな小惑星ほど点数が高い。空飛ぶ円盤は2種類あり、周期的に出現する。大きな円盤はランダムだが低頻度で弾を撃ち、小さな円盤は自機を狙って高頻度で弾を撃つ。点数が4万点以上になると小さな円盤しか出現しなくなる。点数が高くなるにつれ、小さな円盤の撃つ弾の制度が上がり、最終的には正確に自機を狙ってくるようになる[6]。すべての小惑星と円盤が画面上から消えると新たに大きな小惑星が配置され、新しいレベルの開始となる。レベル開始時の小惑星の数はゲームが進行するにつれ増えていくが、点数が4万点から6万点の間に到達するとそれ以上は増えなくなる。ゲーム開始時の自機の数は3から5機で、1万点獲得するごとに1機増える[7]。最後の自機が失われるとゲームは終了する。点数が99,990点を超えると点数カウンターが1周するため、ゲーム機が記録できる最高点はこの点数となる。

潜伏技[編集]

ゲーム開発時、円盤は出現直後に弾を撃つようになっていたが、ゲームを難しくし過ぎることを懸念し、出現直後は弾を撃たないように修正された[6]。この修正に加えて、円盤は画面上の自機をゲーム画面上の位置関係に基いて狙い撃ちするため、画面の端をまたいでの射撃ができないという仕様があり、これらが潜伏 (lurking) と呼ばれる戦略を許す要因となった。これは数個の小さな小惑星をわざと残した状態で、自機を画面端近くに位置させ、円盤が出現したらその反対側の画面端に移動し、端をまたいで円盤を撃って破壊するというものである。この戦略はプレイヤーにとっては比較的安全に点数を稼げるものであり[7][8]、ゲームセンターの経営者にとっては売上の低下に繋がるものであった。そのため、アタリ社はこの問題を修正した EPROM を製造し、また同種の戦略を将来に渡って防ぐために開発やテストプレイの方針を変更することとなった。[6]

開発[編集]

ポート[編集]

1979年のゲームリリース後、それはAtari 2600、Atari 7800、AtariコンピューターなどのAtariシステムで登場した。 7800ポートには、同時にプレイする2人が含まれる。コンピューターポートも同じように動作しましたが、対抗するか、チームワークを行うという選択肢があった。また、同時に2-4人のプレーヤーが含まれてた。その後、アタリによるアーケードと2600ゲームを収録したコンピレーションタイトル、アタリアンソロジーでリリースされた[9]

受信[編集]

レガシー[編集]

小惑星が続編になった2年後の1981年に、背景、青いベクトル色、新しい悪者が登場した。アステロイドズデラックスタイトルである。それはまた、アタリによって作られたLynxハンドヘルドのようなコンパイルとリメイクで出た、エックスボックスなどなど[10]。コンピュータのようなクローンがありますが、Atariとの訴訟を避けるために異なるタイトルが付いている[11]。 計画され、コンピューターポートからコピーされたが、プロトタイプであったAtari 5200ポート。

世界記録[編集]

アメリカでは、世界ランキングがある。 1982年、レオダニエルズという名前の1人の男は40,101,910ポイントを獲得した。その後、スコットサフランという名前の男がレオを倒し、41,336,440ポイントを獲得した。ツインギャラクシーズはスコットがゲームの世界記録プレーヤーであることを祝福し、2002年まで4年間彼を捜索した。そこでスコットが事故で亡くなったことがわかった。ツインギャラクシースタッフの1人であるウォルターデイは、スコットを称えることを家族に祝福し、彼の家族に賞を与えた。次の10年間で、ジョンマカリスターと呼ばれる2010年の1人の男がスコットのハイスコアを破った。ライブストリームが存在するため、彼はインターネット上で58時間の動画をホストし、41,838,740ポイントを獲得した。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Production Numbers”. Atari (1999年). 2013年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月19日閲覧。
  2. ^ “The Making of Defender”. Retro Gamer (Imagine Publishing) (55): 34–39. (October 2008). 
  3. ^ Chris Kohler (November 17, 2011). “Asteroids Designer Ed Logg Honored With Pioneer Award”. Wired (Condé Nast Publications). オリジナルのDecember 8, 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131208141237/http://www.wired.com/gamelife/2011/11/ed-logg-pioneer-award/ 2013年12月28日閲覧。. 
  4. ^ “The Making of Asteroids”. Retro Gamer (Imagine Publishing) (68). (2009). オリジナルのDecember 19, 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131219041721/http://www.rawbw.com/~delman/pdf/making_of_Asteroids.pdf 2013年12月18日閲覧。. 
  5. ^ Salen, Katie & Zimmerman, Eric (2004). Rules of Play: Game Design Fundamentals. MIT Press. ISBN 0-262-24045-9 
  6. ^ a b c Edge Staff. “The Making of Asteroids”. Edge (Future plc) (117). オリジナルのJanuary 4, 2014時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140104211104/http://www.edge-online.com/features/making-asteroids/ 2014年1月4日閲覧。. 
  7. ^ a b David Owen. “Invasion of the Asteroids”. Esquire (Hearst Corporation) 2 (81). オリジナルのJune 22, 2008時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080622053948/http://www.gamearchive.com/General/Articles/ClassicNews/1981/Esquire2-81-pg62.htm. 
  8. ^ Michael Blanchet (1982年3月19日). “Beating the Video Games: Lurking on an Asteroid”. The Miami News. https://news.google.com/newspapers?nid=2206&dat=19820319&id=0IEmAAAAIBAJ&pg=2751,2833371 2014年1月4日閲覧。 
  9. ^ Reichert. “Asteroids”. AtariProtos.com. 2014年9月19日閲覧。
  10. ^ “The Making of Asteroids”. Retro Gamer (Imagine Publishing) (68). (2009). オリジナルのDecember 19, 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131219041721/http://www.rawbw.com/~delman/pdf/making_of_Asteroids.pdf 2013年12月18日閲覧。. 
  11. ^ Kohler, Chris (2005). “Chapter 3, Playing Arcade Games on Your Computer”. Retro Gaming Hacks (1st ed.). O'Reilly Media. ISBN 0-596-00917-8 

外部リンク[編集]