ラム酒
ラム酒(ラムしゅ rum)とは、サトウキビを原料として作られる、西インド諸島原産の蒸留酒。サトウキビに含まれる糖を醗酵・蒸留して作られる。スペイン語ではロン ( ron ) と呼ぶ。また、ブラジルのピンガ、日本の黒糖焼酎など、同じサトウキビを原料とする同類系統の蒸留酒が他にも存在することでも知られる。なお、ラム酒は単にラムと呼ばれることもある。本稿では以降、ラム酒をラムと表記する。
歴史
発祥はバルバドス島とされる。島の住民たちがこの酒を飲んで騒いでいる様子を、イギリス人が rumbullion (デボンシャー方言で「興奮」の意)と表現したのが名の由来だとされる。発祥はプエルトリコ島とする説もあるが、いずれにしても、カリブ海の島が原産ではあるようだ(カリブ海の海賊たちの物語の中に登場するお酒と言えば、ラムである)。その後、サトウキビ栽培地域の拡大に伴いラムも広まっていき、南北アメリカやアフリカでも作られるようになった。また、他の地域でも、ラムの原酒を輸入して熟成を行った上で出荷するということも行われるようになった。
ラムは、比較的イギリスと関係の深い酒である。かつてイギリス人は、ラムのことを「憩いの水」とも呼んでいた。これは、1609年にジョージ・サマーという者の船がバミューダ島に向かっていた折、ハリケーンに遭い難破しそうになるということがあり、この時、船の乗組員は死の恐怖に直面したが、ラムを飲んで心の平穏を保ったことに由来するという[1]。
18世紀になるとラムはイギリス海軍の支給品となった。当時の軍艦の動力である、蒸気機関のボイラー室のような火を扱う場所で働く者が、高い室温に負けないようにするためにラムを飲ませていたと言われる[2][3]。したがって、イギリス海軍の全ての軍艦に、ラムを入れた樽が積載されていた。当初はラムをストレートで与えていたが、ラムは強い酒だったため、1742年にエドワード・バーノンという提督が、ラムと水を等量ずつ混合して作った水割りのラムを支給するように命令した。当初、この薄いラムは部下達に不評であった[4]。部下たちは、この薄いラムのことを、グログラム(グロッグラム)という生地で出来たコートを着ていたバーノン提督のあだ名から、ある種の恨みを込めて「グロッグ」と呼ぶようになった。しかし、18世紀末ころまでには、むしろグロッグの方が好まれるようになったと言われている[4]。なお、2010年現在でも水割りラムはグロッグと呼ばれる。また、泥酔することをグロッギーと言うが、日本で使われるグロッキーという言葉は、このグロッギーが訛化したものである。
1805年のトラファルガー海戦で戦死したホレーショ・ネルソン提督の遺体は、腐敗を防ぐためラムの樽に漬けてイギリスに運ばれた(と伝承されている)。このラムは、ダーク・ラムであったため、以降ダーク・ラムのことを「ネルソンの血」と呼ぶようにもなった[5]。しかし異説もあり、それによると、ネルソン提督の遺体の保存のために使用されたのは、ラムではなくブランデーであったとも言われるが[6]、ブランデーは「ネルソンの血」と呼ばれることはない。
ちなみに、そのネルソンを漬けたラムを水兵たちが盗み飲みしてしまったため、帰国の際には樽は空っぽになっていたという逸話もある。しかし、実際にそのラムを飲んだのはイギリスに到着してからであった、つまりネルソンの遺体を保存するという役目を果たした後のラムであったとも言われる[7][3]。
それから、アメリカがキューバを侵略した時に、アメリカ兵がラムをコーラで割るという飲み方をした。このラムをコーラで割ったものは、キューバ・リブレ(Cuba libre, 英語ではキューバ・リバー、スペイン語ではクーバ・リブレ)と呼ばれるカクテルの1つである[注釈 1]。コーラ割りというラム飲み方は、ラムの水割りであるグロッグと共に、ラムの主要な飲み方1つとなった。
その他の利用としてケーキ、タルトなど焼き菓子の風味づけに多用され、レーズンをラムに漬け込んだラムレーズンの形で用いられることも多い。紅茶の香り付けに少量加えることもある。また、アンゴスチュラ・ビターズのように、ラムをベースとするリキュールも複数存在する。
日本では明治頃から小笠原で飲まれており、1992年に東京都小笠原村の役場・農協・商工会が小笠原ラム・リキュールという会社を設立し母島でラムが生産されている。
英サンデー・ミラー紙によると、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの大ブームのおかげで、英国ではラムが飛ぶように売れ、バーでもモヒート、ピニャ・コラーダ、マイタイ、キューバ・リブレといったラムベースのカクテルが好んで飲まれ、ダーク・ラムの消費量は前年比31%増という数字を叩き出したという。
分類
ラムには色による分類と、香りの強さによる分類と、原料による分類が有る。
- 色による分類
- ホワイト・ラム(無色)、ゴールド・ラム(薄い褐色)、ダーク・ラム(濃い褐色)
- 風味による分類
- ライト・ラム(軽い芳香)、ミディアム・ラム(中間的な香)、ヘビー・ラム(強い芳香)
- 原料による分類
なお、香辛料などで香り付けを行った、スパイスド・ラムと言うものもある。
製法
原料別の製法の違い
「インダストリアル・ラム」(工業ラム) は、サトウキビの搾り汁から砂糖をとった後に残る廃糖蜜を醗酵させてできた醸造酒を蒸留し、エタノールの濃度を高めてから熟成させることによって作られるもので、こちらの製法が一般的である。なお、廃糖蜜のことをモラセズ(Molasses)と呼ぶため、モラセズ・スピリットとも呼ばれる。
対して「アグリコール・ラム」(農業ラム) は、サトウキビの搾り汁を、そのまま醗酵させてできた醸造酒を蒸留し、エタノールの濃度を高めてから熟成させることによって作られるものである。
なお、サトウキビから精製された糖蜜を原料とすることもある。
いずれの方法においても、エタノールの濃度を、製造段階で一旦80%程度に濃縮することが多い。ただし最高でもエタノールは95%未満にまでしか濃縮しない。(もしここで95%以上にまでエタノールを濃縮してしまうと、中性スピリッツになってしまう。)蒸留による濃縮後、熟成させる前に加水することもある。
熟成後は通常加水され、だいたいアルコール度数が40〜50%くらいの酒になるように調整して出荷される。しかし、中にはアルコール度数75.5%で出荷されるものも存在する。なお、酒のエタノールの濃度を表すアルコール度数75.5%と同じ意味で、151プルーフという表記がなされることもあるわけだが、この151プルーフのラムとして出荷されるものであることから、そのようなラムの名称には「151」が付けられるものもある。例えば、ロンリコ151などがそれである。
風味別の製法の違い
「ライト・ラム」と「ミディアム・ラム」と「ヘビー・ラム」では、製法が異なる。
「ライト・ラム」は、糖蜜と水を混ぜ純粋酵母醗酵させて醸造酒を作り、それを連続式蒸留器で蒸留したもので、比較的高濃度にまでエタノールを濃縮することで雑味を減らしてゆく。その後、内側を焦がしていないオークの樽で短期間熟成される。樽熟成のままだとゴールドラムに、熟成後に活性炭で濾過するとホワイト・ラムになる。
「ヘビー・ラム」は、糖蜜や廃糖蜜などを自然発酵させ、その後サトウキビの搾りかすや前回の蒸留後に残った蒸留残液などを加えてさらに醗酵させて醸造酒を作り、それを単式蒸留器を使い蒸留したもので、内側を焦がしたオークの樽 (バーボン・ウイスキーを熟成させた樽を用いる事も有る) などで熟成させる。3年以上熟成されダーク・ラムになる。
「ミディアム・ラム」は、糖蜜を自然発酵させて醸造酒を作った後に、場合によってはサトウキビの搾りかすなども加え、それを連続式蒸留器か単式蒸留器で蒸留した後に熟成させるという中間的な製法と、ヘビー・ラムとライト・ラムをブレンドする方法がある。したがって色は様々である。
なお、ヘビー・ラムやミディアム・ラムでは、琥珀色を出す為に着色料(カラメル)を添加して作られる製品もある。特にヘビー・ラムでは色が濃い方が質が良いと誤解されている地域もあるため、過度の着色をされる場合がある。
エタノール濃度に関しては、『原料別の製法の違い』の項と同様である。
その他の製法
「スパイスド・ラム」と言って、バニラなどの香辛料で香り付けを行ったものもある。スパイスド・ラムは、一般的なラムと比較すると出荷時のアルコール度数が低い製品もあり、アルコール度数30%台の製品も存在する。なお、スパイスド・ラムはフレーバード・ラム(フレイバード・ラム、フレーバー・ラム)とも呼ばれる。
また、他のタイプのラムにも何らかの香りを付けることもある。
主なブランド
- アプルトン (Appleton)(ジャマイカ)
- エル・ドラド (El Dorado)(ガイアナ)
- オールド・オーク (Old Oak)(トリニダード・トバゴ)
- キャプテン・モルガン (Captain Morgan) (スパイスド・ラムなどは、プエルトリコ。ただし、ダーク・ラムはジャマイカ。)
- クルーザン (Cruzan)(アメリカ領ヴァージン諸島)
- クレマン (Clement)(フランス海外県マルティニク島)
- コイーバ (Cohiba)(キューバ)
- コックスパー (Cockspur)(バルバドス)
- サンタ・テレサ (Santa Teresa)(ベネズエラ)
- ジェー・エム・ラム(Rhum J.M) (フランス海外県マルティニク島)
- タンドゥアイ (Tanduay)(フィリピン)
- サングソム (Sangsom) (タイ)
- デメララ (Demerara)(主なブランドに、Van DijkやLemon Hart等)(ガイアナ)
- トロワ・リヴィエール (Trois Rivieres)(フランス海外県マルティニク島)
- ネグリタ (Negrita)(フランス)
- バカルディ (Bacardi)(1862年キューバで創業、現在はプエルトリコ、他。)
- ハバナ・クラブ (Havana Club)(キューバ)
- バルバンクール (Barbancourt)(ハイチ)
- バローズ (Barrow's)(トリニダード・トバゴ)
- バンダバーグ (Bundaberg)(オーストラリア)
- パンペロ (Pampero)(ベネズエラ)
- マイヤーズ (Myers's)(ジャマイカ)
- マンダレー (Mandalay)(ミャンマー)
- レモンハート (Lemon Hart)(ガイアナ)
- ロン・サカパ (Ron Zacapa) (グアテマラ)
- ロンリコ (Ronrico)(プエルトリコ)
日本でのラム生産
小笠原諸島では、開拓初期(1830年頃)の欧米系定住者が捕鯨船とラムの取引を行っていた。1876年に日本領土に確定してからは、亜熱帯の気候を生かし、サトウキビの栽培が行われた。このサトウキビを使った製糖業が盛んになり、製糖の過程で粗糖を取り出した際に生ずる副産物、つまり廃糖蜜(モラセズ)を醗酵させ、そうしてできた醸造酒を蒸留することで作った蒸留酒を、島民は「泡酒」や「蜜酒」などと呼び、飲むようになった。すなわち、工業ラム(インダストリアル・ラム)の製造が行われたのである。以後、太平洋戦争中に島民が強制的に本州などへ疎開させられるまで、永く愛飲されることになる。
なお、奄美地方では似た酒として黒糖焼酎が作られているが、ラムと黒糖焼酎の違いは、ラムには使用されない米麹が、黒糖焼酎には使用されている点である [8] 。 ただし、伝統的な黒糖焼酎には米麹など使用されておらず、事実上ラムと同一であった [9] 。 (奄美群島におけるラム製造については焼酎も参照。)
太平洋戦争中に小笠原諸島はアメリカが占領し、そのまま戦後もアメリカが統治していたが、1968年に日本に返還された。返還後、疎開先から徐々に小笠原に戻ってきた旧島民にとって、疎開前に愛飲していた地酒のラムの味は忘れがたいものであったらしい。こうした独自の歴史背景から、日本に返還後、ラムの製造も行われるようになる。戦後のラム製造としては、徳之島にある高岡醸造が1979年から作っている、ルリカケスが国産ラムの第一号である。さらに、バブル期の空前の地ビールブームの中、村おこしの一環として小笠原ラム・リキュール株式会社が設立され、小笠原の地酒としてのラムが復活し、1992年に製品化された。また、沖縄県の南大東島で生産を行っているグレイスラムは、元々酒造業とは無関係な沖縄電力のベンチャーという異色の存在である。同社の社内ベンチャーに応募した現社長・金城祐子の案が事業化され、2004年に設立。南大東村の協力を得て旧南大東空港のターミナル施設を工場として借り受けて生産を行っている。グレイスラムはサトウキビの栽培が盛んな南大東島の利点を活かし、日本では唯一、農業ラム(アグリコール・ラム)の生産を行っている。
- 小笠原ラム・リキュール(東京都小笠原村 小笠原ラム・リキュール株式会社)
- ルリカケス(鹿児島県徳之島町 高岡醸造株式会社)
- コルコル(沖縄県島尻郡南大東村 株式会社グレイスラム)
- ヘリオスラム(沖縄県名護市 ヘリオス酒造)
その他
- ベイラム - ラムにベイツリーをはじめとする各種薬草・香草・香油・等を配合したローション(主にアフターシェーブローション)。飲用ではないが、カートゥーンでは、これを飲んで酔っ払う場面が登場するものがある。
主な参考文献
- 橋口 孝司『スピリッツ銘酒事典』 新星出版社 2003年5月15日発行 ISBN 4-405-09064-5
- 間庭 辰蔵 『日本の味物語シリーズ 洋酒物語』 井上書房 1962年10月20日発行
脚注
- ^ 間庭 辰蔵 『日本の味物語シリーズ 洋酒物語』 p.95 井上書房 1962年10月20日発行
- ^ 間庭 辰蔵 『日本の味物語シリーズ 洋酒物語』 p.93、p.97 井上書房 1962年10月20日発行
- ^ a b 片方 善治 『洋酒入門』 p.30 社会思想社 1959年12月15日発行
- ^ a b 間庭 辰蔵 『日本の味物語シリーズ 洋酒物語』 p.98 井上書房 1962年10月20日発行
- ^ 間庭 辰蔵 『日本の味物語シリーズ 洋酒物語』 p.93、94 井上書房 1962年10月20日発行
- ^ ロイ・アドキンズ『トラファルガル海戦物語』下 原書房 2005年10月発行 ISBN-10: 4562039620 ISBN-13: 978-4562039623
- ^ 間庭 辰蔵 『日本の味物語シリーズ 洋酒物語』 p.93 井上書房 1962年10月20日発行
- ^ 橋口 孝司 『本格焼酎銘酒事典』 p.49、p.186 新星出版 2004年10月15日発行 ISBN 4-405-09113-7
- ^ 橋口 孝司 『本格焼酎銘酒事典』 p.49 新星出版 2004年10月15日発行 ISBN 4-405-09113-7
注釈
- ^ キューバ・リバーは、単なるラムのコーラ割り以外に、ライム・ジュースも加える場合もある。どちらでも、キューバ・リバー(クーバ・リブレ)と呼ばれる。ただし、バーなどでカクテルとして作られる場合は、ラム、コーラ、ライム・ジュースで作られるのが一般的である。なお、日本では、英語読みとスペイン語読みが混じってキューバ・リブレと呼ばれることもあるし、英語風にキューバ・リバーとも、スペイン語風にクーバ・リブレとも、あるいは単純に原料名を繋げてラムコークとも呼ばれることがある。
関連項目
外部リンク
- ディロン トレ ヴュー ラム/バーディネー社 名酒紀行 ドーバー洋酒貿易
- オールド・ジャマイカ・ラム/J.レイ&ネフュー社 名酒紀行 ドーバー洋酒貿易
- ネグリタ ラム/バーディネー社 名酒紀行 ドーバー洋酒貿易